第三章
────【フレアランド】────
入国を済ませた二人は町の活気に気圧された。
【フレアランド】は気温が高く、活気のある町だった。
道路には所狭しと露店が出ており、そのほとんどが武器を売っている。
軽く店内を覗いてみると、さすが武器で商業を成功させてるだけあって、一目見て業物だとわかる武器が置いてある。
まずシュンは失ったもう一本の剣の替わりを探すことにした。
良さそうな店を見つけては入ってみて、品定めするのだが、シュンの気に入る剣は見つからなかった。
もう諦めようと思ったその時、路地裏にひっそりと店を構える如何にもな雰囲気を放つ店を見つけた。
心惹かれたシュンは店内に入ってみた。
店内は薄暗く、鉄の匂いが充満し異様に暑かった。
店主は今丁度剣を打っているらしい。
来客に気付くことなく一心不乱にハンマーで剣を叩いている。
シュンはしばし剣を打つ音を聞きながら、店主の作る剣を眺めていた。
店主が何度目かわからないほど叩いた剣は、シュンの目の前で完成した。
刀身は綺麗な蒼い色をしており、剣の長さも申し分ない。
一目で相当な価値があるだろうと思った。
シュンはやっと店主に話しかけた。傍で見ていたアンナは退屈そうにしていたが、別行動をするわけにはいかず、付き添ってもらっていた。
「今打ち終わったその剣の銘は何ですか?」
普通剣を打ったら、鍛冶職人は自分が作った証として武器に名をつける。
だからシュンは店主に、今完成した剣の名を聞いたのだ。
すると店主はぶっきらぼうに言った。
「こいつの名は……《蒼氷剣》だ」
シュンは良い名だと思った。
この剣に相応しい。
蒼く輝く刀身を持ち、触れれば氷るとさえ思える程研ぎ澄まされた刀。
名前を付けられた剣も、嬉しそうに輝いていた。
シュンはすぐに決めた。
自分の相棒はこの剣しかない。
師匠からもらったあの剣と同格、もしくは超えているかもしれないこの剣こそ欲しい。
シュンははやる心を落ち着けて、店主に聞いてみた。
「この剣を売ってもらう事は可能ですか?」
店主は少し思案していたが、少しニヒルな顔をして言った。
「売るのはいいが、こいつをあんたは扱えるのかい? それだけの資質があるなら売ってやってもいいぜ」
シュンは試されていた。
しかしここで引いては二度とこんな業物とは出会えないだろう。
シュンは店主に笑顔で言った。
「俺は自信あるよ。ちょっとその剣を貸してもらえるか?」
「ああ。好きにしな。怪我しても知らないけどな……」
店主から《蒼氷剣》を受け取ったシュンは、二度三度と軽く振ってみた。
重さも丁度いいし、何より手に馴染む。
最初からシュンのために作られた物なのではと錯覚するぐらいに……。
シュンは背中から自分の剣を抜き、二つの剣を構えて軽く振ってみた。
自分の剣は名を《黒皇剣》と言う。
遥か昔、古の国で国王が使っていた剣だと言われている。
黒い刀身は血を吸って黒くなったのではないかとも言われている。
以外と曰く付きの剣だったりする。
《黒皇剣》を右に振り、それに合わせるように《蒼氷剣》も右に振る。
黒と蒼のコントラストが美しく、バランスも良さそうだった。
シュンはその後も剣を振り続け、しばらく剣の感触を堪能していた。
黒と蒼の軌跡を描き放たれるシュンの剣は、見る者を魅了するほど綺麗だった。
鍛え抜かれた剣技の中に美しさも内包し、気付けばその剣で殺されている事だろう。
じっと様子を見ていた店主は、満足そうな顔で言った。
「よし! その剣はあんたに託す。代金はいらないぞ」
びっくりしたシュンは店主が錯乱でもしたのかと思った。
しかし店主には店主なりの考えがあったようだ。
「その剣をそこまで扱える奴は、そういないだろう。それにあんたの剣技に俺が惚れたんだ。だから金はいらない。その《蒼氷剣》はもらってくれ」
「本当にいいのか? こんな業物をタダでもらうのは悪いんだが。でもそう言ってくれるならありがたく貰うよ」
「ああ。あんたがその剣を世に広めて、俺の売り上げに貢献してくれ」
そういうことか。
ただの照れ隠しだろうが、言葉通りに受け取っておこう。
店主に再度感謝を伝えると二人はメイン道路に戻った。
するとアンナは興奮した顔をして話しかけてきた。
「シュンよ! よかったな! あんなすばらしい剣をタダでもらうなんて、やっぱりシュンは只者ではないな!」
自分の事のように喜ぶアンナを見ていると、自然とシュンも笑顔になった。
本当アンナは感情に素直だなと思った。
「それは褒めすぎだ。ただいい剣が手に入ったのは確かだ。これで俺もやっと本気が出せる」
「ふふっ。楽しみにしておるぞ! シュンはしっかりと私を守ってくれよ」
何がそんなに嬉しいのかアンナは上機嫌だった。
二人はメイン道路を進み、いよいよ仲間を集めるために人の集まる酒場で情報収集しようと思った。
メイン道路を真っ直ぐ進み、右に折れて少し歩くと酒場が見えてきた。
傭兵風の男や訳ありそうな男、酒場にはいろんな人間が入って行く。
シュンはこれなら期待できるかもしれないと思った。
二人も店内へと入って行き、目立たないようにと奥の空いてる席に座る。
アンナは未成年のため、シュンはビールをアンナはジュースを注文する。
酒場にジュースは置いてないはずなのだが、この店は葡萄ジュースが置いてあった。
大方ワインを出すついでに、葡萄ジュースも提供しているのかもしれない。
二人は店内の会話に耳をそばだてて、何か有力な情報がないか探った。
すると一人の男が店内へと入ってきた。
身長は大柄で筋肉質のいかにも傭兵の出で立ちをしたその男は、カウンターに腰かけると店員に何かを注文した。
金髪の短い髪をたたせて、顔は精悍で頬に大きな傷があった。
その傷は斜めに入っており、たぶん剣で斬られたものだろう。
見る限り古傷に見えた。
背中には大きな斧を背負っており、パワータイプの人間なのだろう。
シュンではとてもじゃないが、あんな重そうな物持つことすらできない。
二人は聞こえないように会話した。
「アンナ。あいつなんてどうだ? たぶん雰囲気から察するに結構手練れだと思うぞ」
「そうだな。私もあいつは強いと思う。少し話かけて見るか?」
「ああ。話しかけるだけ話かけてみよう」
二人はカウンターに座った傭兵っぽい男に、話かけることにした。
同時に席を立つと、その男に向かって歩いて行く。
気配に気付いたのか、男が話しかけてきた。
「俺に何か用か? 見た感じこの国の者じゃないな?」
振り返り様に男が言ってきた。
改めて見ると、かなり年上に見えた。
顔には疲れの後が残っており、覇気が感じられない。
雰囲気は歴戦の傭兵という感じなのだが、今はその気配すら消えている。
シュンは早まったかと後悔した。
しかし話かけてしまったため、話をするしかない。
「何でわかった?」
「あんたらからはこの国特有の日焼けが見られない。この国出身ならそんなに肌が白いなんてありえないのさ」
男に言われてから二人が周りを見回すと、確かに男を含め皆肌が黒い。
何でこんな簡単な事に気付かなかったのだと、シュンは思った。
今はまだ気付かれていないが、目の前の男みたいにいつ気付かれてもおかしくない。
ある意味それが聞けただけでもよかったかもしれない。
「よく気付いたな。いい観察眼を持っている。あんたは傭兵か?」
「そうだ。俺に何か依頼したい事でもあるのか?」
「そうだな。まずは実力が知りたい。悪いが少し付き合ってくれないか?」
「めんどくさいな。俺には何のメリットもない」
男はめんどくさがって、席から離れようともしない。
普通傭兵なら仕事には食いつくだろとシュンは思ったが、この男は金に困ってないのかもしれないなと思い直した。
しかしここで引いたら意味がない。
強引にでも付き合ってもらわないと、こちらが困る。
シュンは傭兵には一番効くであろう、報酬の話を出した。
「実は俺達は隣国のアクアホルンから来た。そのアクアホルンを取り戻すのに力を貸して欲しい。報酬なら後で好きな額を支払うぞ」
「おいおい。そんなキナ臭い話に乗るわけないだろ? リスクが高すぎる。それに今、金を払えないのにどうやって払うつもりだよ?」
痛い所を突かれた。
今支払えるだけの金は正直言ってない。
しかし後で払えるのは、アンナが姫で国王に就任したら払えるからとは簡単に言えない。
この男が信用できるかはまだわからないし、こちらも簡単に話すつもりはない。
交渉決裂だなと思ったシュンは、アンナを促がして店を出ようと思った。
────するとさっきまで乗り気じゃなかった男が、急に態度を変えた。
「ちょっと待てよ。あんたらまさか……指名手配されてる二人じゃないか?」
男がこちらを覗きこむようにして見てきた。
二人は、男の言っている意味が理解できなかった。
指名手配?
何のことだ……?
二人はさっぱりわからなかったので、詳しい話を聞く事にした。
「ちょっと待ってくれ。指名手配とは何だ? アクアホルンで何か合ったのか?」
アンナが早口に聞くと、男は笑いながら答えた。
「知らないのか? 今こっちの国にも出回ってるが、アクアホルンの国王と王妃が殺されたらしい。それで犯人の男が指名手配されてるんだよ。こいつだ」
男が見せてくれた手配書には、シュンの顔写真が載っていた。
写真の下には、我が国アクアホルンの国王と王妃を殺害した罪により指名手配とする。と書かれていた。
しかも我が国から脱出した犯人は、他国に現れる可能性が高く、見つけた者はアクアホルンに引き渡して欲しいと書かれていた。
見つけて捕えた者には、報酬が百万ガルでるらしい。
シュンは頭を抱えたくなった。
まさか自分がこんな事になっているなんて思ってなかった。
アンナは隣で顔面蒼白になって震えていた。
手配書を見せてくれた男は、楽しそうに言った。
「もしあんたらが犯人なら、俺は仕事を引き受けなくてもあんたらを突きだせばより高い金がもらえる。さぁどうする?」
男は楽しいオモチャを見つけた子供の様な笑顔で見てきた。
クソッ! シュンは歯噛みした。
これじゃ仲間どころか、自分達の身さえ危ない。
この国にも長居はできないだろう。
シュンがアンナの手を引いて、店から去ろうとすると男から待ったの声がかかった。
「別に俺はあんたらを突きだす気はない。落ち着け。それよりちょっと外へ出て話の続きをしないか?」
二人は男の提案に逆らえず、言われるがままに店の外へと出て裏通りまで歩かされた。
立ち止まった男は振り返って言った。
「さっきの仲間の話だが、気が変わった。あんたらの仲間になってもいいだろう。但し後で報酬はちゃんと払えよ」
言われた意味が分からず二人はしばし硬直した。
静かな裏通りに更に冷たい静寂が訪れる。
静寂を破ったのはシュンの声だった。
「どういうことだ? なんでいきなり心変わりした? 何を考えている」
「別に何もないさ。ただおもしろそうだと思ってな。俺は金じゃなくて、その仕事が楽しめそうかで選ぶんだ。だから今回の仲間になるって依頼を受ける事にしたのさ」
いまいち信用できないが、今は一人でも多く仲間が欲しい。
この提案は受け入れるしかないだろう。
シュンはアンナへとアイコンタクトすると、男の提案を受け入れる事にした。
「理由はわかった。こっちも仲間は多く欲しい、だからあんたに頼む事にする。但し俺達の素性は絶対ばらすなよ?」
「わかってるさ。それじゃこれから宜しく頼むわ」
そう言った男は握手を求めてきた。
しぶしぶ握手したシュンは男の名前を、まだ聞いていない事に気付いた。
「あんた名前は?」
「俺はジンだ。歳は三十五歳。あんたらよりは年上だな」
ニヤニヤしながら言ったジンの顔が少しムカつく二人だった。
「俺はシュン。歳は二十歳。あっちがアンナで歳は十八歳だ」
「アンナじゃ。宜しく頼むぞジンよ。今日は疲れたから休んで、また明日話合わないか?」
アンナの言うとおり、今日はいろいろあって疲れたので、また明日計画を立てるのがいいだろう。
ジンもそれで問題ないらしく、一旦三人は別れる事にした。
ジンが明日指定した場所に来るか不安が残るが、連絡手段がないため信用するしかないだろう。
疲れた二人は近くの宿屋に行き、今日は寝る事にした。
ベッドに倒れるようにして横になったシュンは、すぐさま眠りについた。
一方アンナは疲れてはいるのだが、眠れずにいた。
先程ジンから見せてもらった手配書が、心にずっと残っていた。
もしシュンが私の護衛にならなければ、こんな事にはならなかったはずだ。
全て自分が悪いのだと思い泣きたくなってきた。
しかし泣いた所で何も変わらない。
アンナは強い気持ちを持って涙を堪えた。
今は協力してくれるシュンのためにも、弱さは見せてはいけない。
アンナは明日は笑顔でシュンに挨拶しようと心に決めた。
いろいろ考えて疲れたのか、アンナも睡魔に抗えずに眠りにつくのだった。