第二章
────【迷いの森】────
今夜は月がよく見える。
満月が綺麗に光って二人を照らしてくれているので、暗い森の中でも少しはマシだった。
なんとか逃げ延びた二人は、【迷いの森】を抜けようとしている所だった。
しかし霧が既に深く立ち込め、遠くの方は見えないぐらい視界が悪い。
こんな中ではぐれてしまったら、絶対に再会できないだろうと思わせる程霧が深い。
二人は手を繋ぎつつ、仕切りに視線を後方へ向け、追手が来ていないか確認していた。
「どうやらもう追手は大丈夫そうだな。問題はこの森を無事に抜けられるかだな」
「そうじゃな。この森は一度入ったら抜け出せないとも言われ、アクアホルンの人間は誰一人自分から近づこうとはせん」
「この森は、動物とか住んでいるのか?」
「私も話で聞いただけだが、狼や山賊風情がいるらしいぞ」
「狼はいいとして、山賊風情ってのはなんだ? こんな森の中で生活してるのか?」
「たまたま迷い込んだ人間を襲っているらしいのだ。被害にあった民から聞いた。恰好は正に山賊って感じで、いきなり襲ってきたらしい。人数は六人くらいだと言っていたぞ」
「そうか。こんな森の中でそんなことしても、大した得にはならない気がするが。変わった奴等もいるんだな」
気を紛らわせるために二人は会話を続けた。
同じ様な景色ばかりで、気が滅入ってしまいそうだからだ。
歩いているだけで、さほど進んでいる様には感じないほど景色が似ている。
樹の高さに差はなく、また道も今の所は一本道だ。
ふとアンナがシュンへ何かを聞きたそうな顔をして、視線を送っている。
シュンはさっき後で話すと言った、自分の過去のことを聞きたいのだろうと当たりを付けた。
「どうしたアンナ? 何か気になる事でもあるのか?」
あえてシュンは気付かないフリをすることで話題を避けようと思った。
後で話すとは言ったが、正直話しておもしろい話でもない。
こんな薄暗く不気味な場所では尚更だ。
しかしアンナは視線を逸らさず、ジッとこちらを見つめていた。
……仕方ない。どうせ森を抜けるにはまだ時間がかかるだろう。
アンナが聞きたいのであれば、別に隠すほどの事でもないので話してあげることにした。
「アンナは俺の過去が知りたいんだろう? 顔にそう書いてあるぞ」
「え!? なぜわかったのだ!? シュンはエスパーだったのか……」
「違う、アンナが分かりやすいんだ。気になるなら話すよ。どうする?」
「正直聞きたい……でも話してつらくなったりはしないか?」
先程自分の両親が殺されているのを目撃したのに、他人の心配ができるアンナがすごいとシュンは思った。
アンナだって、生まれた場所が違ければ普通の女の子みたいに育っていたかもしれない。
それが、一国の王と王妃の元へ生まれたがために、姫という重責を背負っているのだ。
あげく戦場に出て戦わなければならない。
このミッドガル大陸が出来たばかりの頃、それこそシュンやアンナが生まれるはるか以前、初めて国ができ最初の戦争が起こった。
それを歴史上、【大火の災厄】という。
国は蹂躙され、最後には火を放たれて燃え盛る国を見て誰かが言ったらしい。
【大火の災厄】だと……。
その時、国ごとの姫が戦場の前線に立ち、華麗に戦う様をみた兵士達は姫騎士という名前を付けた。
生まれながらに姫であり、尚且つ果敢にも前線で戦う騎士。
人々は敬意を持って姫騎士という呼び名を使っている。
そして各国に一人いる姫騎士を倒せば、兵士達の士気は落ち、国は傾き滅ぶ。
だから国家戦争は姫騎士を打てば勝利が確定すると言われているのだ。
それだけの責務を負いながら、ここまで気丈に振舞えるアンナを、シュンは尊敬する気持ちで見ていた。
「大丈夫さ。むしろ俺はアンナに聞いてもらいたいと思っている」
シュンは自分が口にした言葉に、驚いた。
まさか自分から過去の話をしたいと思っていたなんて、自分でも思わなかった。
それだけアンナに信頼を寄せているのかもしれない。
この少し強がりな姫騎士様に……。
「なら聞かせてもらってもよいか?」
二人はどれくらい歩いただろう……。
未だ晴れぬ霧の中、少し歩く速度を落としゆっくりと過去の記憶を呼び起こすのだった。
────五年前────
あれはシュンが十五歳の時である。
実はシュンはアクアホルンの名家グラッセン家の生まれであった。
グラッセン家は商業で成功した一家であり、何百年と続く名家である。
当時のシュンは両親と妹、四人で暮らしていた。
屋敷は広くて大きく、家族揃って幸せだった。
もちろん何不自由ない暮らしで、皆が幸せに暮らす理想の貴族だった。
しかしそんな幸せが突然終わりを告げることになる……。
あの日は冬の寒さが厳しい夜で、なかなか眠りにつくことができないでいた。
それでもシュンは何とか眠りにつき、静かな夜を過ごしていた。
するといきなり、ドアが派手に開く大きな音がした。
それだけ大きい音がなれば、家族全員飛び起きて何事かと思うのが普通である。
シュンの自室は二階の角部屋だったのだが、自室から飛び出しすぐに一階に確認をしに行った。
そこでシュンが目にしたのは、顔を布きれで隠し体にはボロボロの布きれを纏い、手には湾曲したタルワールという剣を持つ強盗だった。
シュンの目には夜闇に鈍く光るタルワールが、死神が持つ鎌のように見えた。
そこへ両親がやってきた。まず父親が果敢にも、近くにあった護身用の剣を手に持ち、強盗達の前に進み出た。
シュンは止めようと思った。しかし足は動かず、声は出ず、その光景をただ見ているしかできなかった。
剣を持った父親に警戒したか、強盗はまず先に父親に殺意を向けた。
強盗の内の一人が、タルワールを垂直に構え父親に肉薄した。
父親は条件反射か、肉薄する強盗に向かって剣を横薙ぎにした。
しかし強盗は寸前でバックスッテプを踏むと、あっさりと父親の攻撃をかわし、代わりにタルワールを上から下へ向かって振り下ろした。
父親は防御することもできずに、首の下辺りから胸の下までをバッサリと切られてしまった。
斬られた反動で父親は後ろに倒れ、父親の体からは大量の血が流れている。
目の前で起こった光景が信じられず、シュンは茫然としていた。
母親は父親が斬られたことにより、パニックを起こし泣いていた。
シュンが倒れた父親に視線を向けると、父親と目が合った。
父親は最後の力を振り絞りこう言った。
……逃げてくれ。
それを聞いたシュンは我に返り、まずは母親を連れて逃げようと思った。
二人が逃げれば強盗は追ってくるかもしれない。
そうすれば妹は助かるかもしれないと考えたのだ。
しかしシュンが行動を起こそうとした時、先程父親を斬った強盗が、今度は母親に近づいて行った。
母親は恐怖に駆られ、逃げようとした。
そこを背後からバッサリと斬られてしまった……。
シュンの目の前で母親までもが死んでしまう。
もう後は妹しか助けることができない。
なぜか強盗は三人いるのに、後ろの二人は何もしようとはしなかった。
両親を斬った強盗は、何も感じないのか今度はシュンの元へ歩いてきた。
強盗が目前に迫ったシュンは、怯える気持ちを奮起させ、外へと逃げようとした。
そこへタイミング悪く妹が起きてきてしまった。
まだ八歳と幼かった妹は両親と一緒に寝ていたのだが、異変を感じて起きてきてしまったのだろう。
最悪のタイミングだと思った。両親は殺され、今シュンも殺されそうになっている瞬間、こんな光景を妹が目撃したら、心に一生消えない傷を負ってしまう。
少しでも気を反らそうとシュンは、父親が持っていた剣を拾い上げ、両手を使い構えた。
手は恐怖で震え、その振動が剣にも伝わり左右に震えてしまっている。
それを見た強盗は何がおもしろいのか笑い始めた。
シュンは震える体を何とか動かし、目の前の強盗めがけ斬りかかった。
シュンの攻撃など意に介していないのか、強盗は簡単にシュンの剣を払い、剣は手から飛ばされて後ろの壁にあたり空しい音が響いた。
もう打つ手のなくなってしまったシュンは、殺される瞬間を待つだけだった。
せめて妹だけでも助けてあげたかったと思いながら、強盗が振りかぶるタルワールの軌跡をゆっくりと見つめていた。
シュンは強盗にあっさり斬られ、そのまま床に倒れて意識を失ってしまった……。
────ん…んぅ……
シュンは胸に痛みを覚え無理やり覚醒させられた。
気付くとシュンは起き上がり、痛む体を起こして周りを見た。
家の中は荒らされて、強盗は去って行った後のようだ。
クッ! 妹は無事だろうか?
シュンは自分が倒れてしまった後のことがわからないので、必死に妹を探した。
しかし……どこにも妹の姿はなく、妹はいなくなってしまっていた。
もしかしたら強盗達に連れて行かれたのかもしれない……。
最悪だ……自分が何もできなかったばっかりに、妹は連れて行かれてしまったかもしれない。
両親は殺されシュンだけが生き残ってしまった。
痛む胸を見てみれば、薄らと切り傷が残って痕になっていた。
これは自分への罰なのかもしれない……。
この傷を背負いこれから生きていけと……。
切り傷が浅かったからシュンは生き延びたのだろう。
逆に生き残ってしまったがばっかりに、シュンは打ちひしがれた。
これから一人で生きて行かなければならない。
その日は痛む体を引きずって、自室に入りベッドに倒れこむようにして眠った。
眠ると今日の事が夢に出てきそうだったが、シュンに今できる事は眠る事だけだった。
翌日、まだ体は痛んだが両親をそのままにしておく訳にはいかない。
シュンは屋敷の裏に、土を掘りそこへ両親を埋葬した。
簡単なお墓しか作れないが、せめて両親を埋葬してあげたかった。
夕暮れ時、シュンは作り終わった墓石へ両手を合わせ祈りを捧げた。
「お父さんお母さん、俺は必ず奴等に復讐してやる。俺はこれから強くなって、もう誰も死なせないようになるよ。目の前で無力に人が殺されるのはゴメンだ」
シュンは両親に誓い、屋敷へと戻りまた眠るのだった。
さらに翌日、途中で悪夢にうなされて起きてしまったが、何とか眠る事はできた。
今はまだ傷は癒えないが、必ず克服してみせる。
そして俺は何者には傷つけられない強さを手に入れるんだ。
お腹が空腹を訴えて音を鳴らした。
さすがに何日も飲まず食わずでいるわけにはいかないので、屋敷にあった物で簡単な食事を作って食べた。
空腹も満たしたシュンは、これからどうするべきか思案した。
この先一人で生きていくためには、金がいる。
後は強くなるために修行しなければならない。
そう考えると、騎士団に入るのが良いだろうと思ったが、騎士団に入るお金がない。
強盗に荒らされて金目の物は全部持っていかれてしまった。
となると、金も稼げて強くもなれる傭兵になるのが一番かもしれない。
そう思ったシュンは、さっそく準備を始めた。
途中で食べる簡易的な食事を作り、父親が使っていた護身用の剣を身に着け、屋敷を後にする。
振り返ったシュンは心の中で「さよなら」をした。
シュンはどこへ行けばいいかも分からず延々と続く道を歩いていた。
すると前方から人がやってきた。
身長は高く、体付きは逞しく見るからに強そうだった。
光よりも輝く金色の短い髪を立たせて、軽そうな皮鎧を身に着けたその男は、シュンを見て立ち止まった。
男が立ち止まったので、シュンも止まろうかと思ったが気にせず先を急ぐ事にした。
「おい坊主。こんな所で何してんだ? しかも剣なんて背負ってどこへ行くんだよ?」
ふいに話しかけれた。この状況でシュン以外の人間に話しかけているはずないので、シュンは振り返って答えた。
「どこだっていいだろ。あんたには関係ない」
冷たく接するシュンに気を悪くした様子もない男は、違えねえと言った。
シュンもそのまま行こうと思ったのだが、なぜか男は更に話しかけてきた。
「でもよ坊主。そんな死にそうな顔してどこ行くつもりだよ? お前さんからは死臭が漂ってるぜ」
「…………」
どうやら体を洗っていないから変な臭いでもしているのかもしれない。
男に言われて気付いたが、関係のないことだ。
シュンは更に足を進め先を急ごうとした。
すると後ろから同じテンポで足音が聞こえる。
シュンはそのまま無視して歩き続けた。
────百メートルぐらい歩いた所で、ついに折れたシュンは鬱陶しそうに後ろを振り返って言った。
「なんで付いてくるんだよ? あんた暇なのか?」
「暇じゃないぜ。ただお前さんが気になってな。どこに行くのかぐらい教えてくれてもいいだろ?」
「分からない。ただ歩いているだけだから」
「はあ? なんだそりゃ。お前さんはどこへ向かってるんだ?」
「場所は決めてない。ただ俺は傭兵になりたいんだ」
なんで初めて会った男にこんな話をしているのだろうかと思ったが、不思議とこの男は嫌な感じがしなかった。
だから不用意にシュンも話してしまったのだ。
「なんだ傭兵になりたいのか? それならアクアホルンの王都に行って登録しないとダメだぜ。道は分かるのか?」
「分からない……俺はここら辺から遠くまで行ったことがないんだ。ただいろいろあって傭兵になりたいんだよ」
「傭兵つったってなあ。お前さん剣は使えるか? ある程度の実力がなきゃ登録できないぞ。試験があるからな」
「そうなのか? 俺は今まで剣を握った事すらないぞ」
「偉そうに言うなっ! 話にならないぞ。何で傭兵何かになりたんだ?」
「それは言えない。ただ強くなりたいんだ。もう誰も失わないために……」
「そうか……分かった! 俺がお前さんを王都へ連れて行ってやろう! ただし俺の修行が終わったらな」
「はあ? なんであんたがそんな事してくれるんだよ? 暇なのか?」
「馬鹿言え! これでも忙しいんだ。ただお前さんが気に入ってな。少しの間稽古をつけてやるよ。どうだ?」
「少し考えさせてくれ」
シュンは男から距離を取ると思案した。
まずこいつは信用できるのか。
何でいきなり得にもならないことをしようと思ったか。
こいつは何の目的でシュンに近づいてきたか。
いろいろ考えたが、一人ではどうしていいかも分からず、行く当てもないシュンにはこの提案に乗るしかないように思えた。
「考えたんだが、あんたに何の得があるんだ?」
「俺はお前さんを気に入ったって言ったぜ。理由なんてタダそれだけさ。それじゃ不満かい?」
「いや……分かった。俺も正直行く当てもないしな。あんたに頼む事にするよ。あんた名前は?」
「おおそうだったな。俺の名前はマイクだ。これからはお前さんの剣の師匠になる。師匠と呼んでくれ」
「やだよ。何で呼ばなきゃいけないんだ。マイクでいいだろ」
「こらこら年上に向かって呼び捨てとはよくないな。師匠と呼ばないならこの話はなしだ。いいのか?」
「ちっ。わかったよ師匠。これから宜しく頼む」
「よしいいだろう。これからお前さんを強くしてやる。俺の修行は厳しいから覚悟しておけよ」
ひょんなことで出会った二人はこうして師弟関係になったのだった。
二人は近くにあった山小屋へ行き、そこで生活しながら修行することにした。
「よしシュンよ、まずは川へ行き魚を取って来い。じゃないと晩飯抜きになるぞ」
「なんで俺が……わかったよ師匠。行ってくる」
シュンはとりあえず川に行き魚を捕まえることにした。
どうやって捕まえていいかもわからなかったので、とりあえず素潜りで捕まえることにした。
しばらく奮闘していたシュンも疲れ果て、少し休憩することにした。
いちお魚は二匹捕まえた。これで晩飯抜きは免れるだろう。
シュンは川の岸辺で休憩してから、マイクの元へと戻ることに決めた。
一人になったシュンは、マイクに頼った事を後悔し始めていたが、行く宛もないためマイクを頼るしかない。
せいぜい利用させてもらって強くなろう。
もう二度とあんな思いはしたくない。
シュンは心に堅い決意をしてマイクの元へと戻った。
マイクはというと山小屋で寝ていた。
「ふざけんなよこいつ……人が一生懸命働いてたのに、自分は寝てやがる」
むかついたシュンはたたき起こしてやろうかと思ったが、やめた。
どうせこいつには勝てないだろうし、シュンも疲れていたので隣で眠ることにした。
数時間後、目が覚めたシュンはマイクがいないことに気づいた。
マイクを探して山小屋から出たシュンは、すぐ近くでマイクを発見した。
マイクは薪を使って、シュンが取った魚を焼いている所だった。
「おう起きたか。今魚焼いてるからちょっと待ってろ」
呑気なもんだとシュンは思った。
稽古をつけてくれるんじゃなかったのかよ……。
シュンには時間がないのだ。
早く強くなって傭兵に入り、必ず強盗達に復讐しなければならない。
それを考えると焦りだけが、シュンの心を埋め尽くす。
「できた。シュン食えよ。うまいぞ」
マイクは自分の魚を食べながら、差し出してきた。
受け取ったシュンも食べてみる。
「確かにうまいな。でも稽古はどうしたんだよ? いつ稽古してくれるんだ?」
「まあ焦るなって。今日は疲れただろう? 修行は明日からな」
そう言うとマイクは薪で起こした火の近くで、横になった。
なんて悠長な奴だと思ったが、シュンも仕方ないので横になって眠りについた。
翌日からは本当に修行が開始され、忙しい毎日が始まった。
朝は川に食糧調達に行き、昼から夕方にかけてはきつい修行をこなす。
夜になる前にまた川へ食糧調達をしに行き、夕飯を食べたら疲れ果ててそのまま寝る。
毎日がそれの繰り返しだった。
マイクの修行は、走り込みで体を鍛え、それが終われば剣を持って素振り。
その後は実践的な訓練と称したマイクとの疑似戦闘。
確かにマイクは強かった。
正直途中で死ぬんじゃないかと思うぐらいには強かった。
手も足も出ないシュンは、どうにかしてマイクに一撃でも入れようと、毎日寝る前にイメージトレーニングをかかさなかった。
しかしどれだけ修行しようとマイクに一撃入れられる事はなかった。
そしてそんな日々が二年立った頃、突然マイクが言った。
「今までよく耐えたな。お前さんは充分強くなったよ。俺を超えるまでは至ってないが、そこら辺の奴に負ける事はないだろう」
「突然どうしたんだよ師匠?」
「これで訓練終了ってやつだ。お前さんならもう一人で生きていけるだろう。後は傭兵になるなり、騎士団に入ってもいいかもしれないな」
「また急だな……今まで一緒に長い時間を過ごしたから少し寂しいよ。でも師匠が言うなら俺は強くなったんだろう。なら俺のやるべき事は決まってる。俺は王都に行って傭兵になるよ」
「そうか……頑張れよ。俺からお前さんに教える事はもうない。後は王都まで一緒に行って、そこで解散だ」
「なんだ師匠も王都に用事があるのか?」
「ああ、ちょっと野暮用がな……」
そんな師匠と一緒に王都まで行くことにした。
ここから王都までは歩いて行くには遠いため、途中で馬車を拾って馬車で行くことにする。
途中の道すがら、通り過ぎていく景色を眺めこれからの事について考えた。
これからシュンは王都へ行き、傭兵に志願する。
無事傭兵になれたらまずは強盗達について、情報収集するんだ。
もし見つからなかったら、傭兵として働いて食っていくしかない。
どのみちそんなに簡単に見つかるとは思っていない。
「怖い顔してどうした? やっとなりたがってた傭兵になれるんだ。もっと喜んだらどうだ?」
「目的が達成できたら喜ぶよ。その時は師匠にも話をする」
「そうかい。その時を楽しみに待ってるぜ」
二人はのんびり会話しながら、馬車の心地よい揺れを感じていた。
そしてついに王都へ着いた。
ここで二人は分かれる事になるが、きっといつか再会できる日が来るだろう。
そう信じてシュンは別れの言葉を口にした。
「今までありがとう。いつか必ず再会できると信じてるよ。じゃあ俺はもう行くよ」
「ああ。お前さんなら必ず傭兵になれる。訓練した俺が言うんだ、間違いねえよ」
師匠に見送られたシュンはそのまま傭兵の志願所まで行った。
志願所に着いたシュンは周りを見渡した。
周りにいる連中は皆強そうに見える。
シュンは緊張した面持ちで受付に行くと、傭兵になるためここまで来た事を話した。
「ああ志願者かい。じゃあこの書類にサインして。それからこの後すぐ試験があるから、準備しといてくれ」
受付のおじさんから書類を受け取ったシュンは、サインして提出した。
その後、言われた通り試験の準備をし、声をかけられたので試験所に行った。
試験所は訓練所の裏にある、更地だった。
広さは百メートルくらいで、戦うには十分な広さだった。
シュンの前に試験管がやってくる。
試験管はシュンと同じぐらいの身長で、偉丈夫なおっさんだった。
試験管が使う武器はシュンと同じオーソドックスな片手剣。
シュンは背中から片手剣を抜き、構えた。
シュンの使う剣は、実は師匠が選別だと言って、最後に師匠が使っていた剣をくれたのだ。
師匠の剣は長さ百三十センチの見た目は普通の剣だ。
しかし剣は紅い色をしており、師匠曰く相当な業物だそうだ。
なんでそんな大事な剣をくれたのかはわからないが、大切に使わせてもらうことにする。
試験管の開始の合図と共にシュンは走り出した。
先手必勝で一撃で決める!
シュンはスピードを落とさずそのまま試験管へと突っ込んで行った。
試験官は同時ずに待ち構えている。
ならばとシュンは上段からの気合いの入った斬りおろしを叩きこんだ。
試験官は剣を横にしてその一撃を防ぐと、鍔迫り合いになった。
さすがに簡単には行かないか。
シュンは一旦離れると、再度突撃する。
次はフェイントを入れて相手を誘うつもりだ。
シュンは剣を先程と同じ軌道で振り下ろす、フリをした。
すると試験官は先程と同じ攻撃だと思ったのか、剣を横にして防御の構えを取った。
「もらった!」
シュンは上段から振り下ろそうとしていた軌道を変え、下からすくいあげるように剣を振った。
すると待ち構えていた試験官の剣は、下からの攻撃に備えていなかったため簡単に弾き飛ばされてしまった。
シュンは剣を相手の首筋ギリギリで止め、言った。
「俺の勝ちでいいですよね?」
「ああ。君の勝ちだ。君はこれで合格だよ」
「ありがとうございました」
シュンは剣を引っ込めて、また背中の鞘に戻した。
これでやっと傭兵として働ける。
シュンはやっと嬉しさが込み上げてくるのを感じた。
「君は強いね。速さもあるし。でも君の剣は我流かい? 随分と変わった剣筋だったけど」
「ええ。俺は師匠に教わっていました。彼がどういった流派かは知りませんが、師匠は強かったですよ。俺なんかじゃ手も足もでないくらいに」
「そうか。いい師匠に教わったんだね。とりあえず受付に行って、傭兵として登録を済ましてくれ。それから仕事を紹介させてもらうよ」
シュンは受付へと戻り、無事に傭兵としての登録を終わらせた。
すぐに仕事を紹介してもらったが、まずは情報収集がしたかったので、仕事は後回しにさせてもらった。
それからシュンは酒場に行き、情報収集をしていた。
手当たり次第に聞き込みをしたが、肝心の情報は得られず収穫はないまま終わってしまった。
その後傭兵としていろいろな仕事をこなし、現在に至る。
結局当初の目的であった、復讐も果たせることなく終わってしまった……。
……全てを語り終えたシュンは、アンナの反応を窺がってみた。
するとアンナは、涙を堪えるように手をギュッと握り締め静かに俯いていた。
「どうしたんだよ? アンナが泣くような話じゃないだろ?」
「私は今まで、自分の事しか考えていなかった。シュンがそんな過去を持っているなんて、想像すらしていなかった。すまぬ……」
「なんでアンナが謝るんだよ。これは俺の問題だ。君は関係ないだろ?」
「それでもじゃ……私も両親を殺されたばかりだから、シュンの気持ちがわかる。私だって復讐してやりたい。でも復讐した所で、両親が帰ってくる訳ではないことぐらいわかっておるのじゃ」
「そうか……ならいいさ。俺だって今はもう復讐なんて考えてない。自分が生きていくので精一杯だからな。アンナも今を生きる事に希望を持った方がいいぞ」
「そうじゃな。私もこれからを生きる。話を聞かせてくれてありがとう」
二人を穏やかな時間が包み込んだ。
それぞれ抱えている事情が違くとも、二人は似たような境遇だった。
自然と二人はお互いを意識してしまい、少し気まずい雰囲気が流れたが、それは決して嫌な空気ではなかった……。
しばらくすると、二人は歩くのを再開し、森を抜け出すため前進するのだった。
これからはアクアホルンを取り戻す旅路になる。
シュンは穏やかな空を見ながら、今はまだ嵐の来る前なのかもしれないと思った。