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第一章

 二人の勝負は誰も予想しない形で決着を迎えた。

 先に勝負を仕掛けたのは、姫騎士の方だった。


 まず先手を取ろうと開戦ダッシュで相手に肉薄。

 持っているレイピアを、目に見えないぐらいの速度で突いた。

 攻撃をくらえば、大怪我は免れないだろう一撃だった。

 しかしシュンは、レイピアの軌道を読み冷静に対処した。


 まず左手の剣でレイピアを下から上にすくいあげるように払い軌道をずらし、右手の剣を姫騎士の首筋ギリギリの所で止める。

 姫騎士は驚いた顔で、自分の首筋に突き付けられた剣を、マジマジと眺めていた。

 まさか自分が簡単に負けるとは思っていなかったのだろう。

 その表情は驚愕とも困惑とも取れる。

 シュンの剣捌きは速いわけではなかった。

 ただ一連の動作が流れるようにして行われたため、見る者を魅了する。

 その剣捌きからは、長い鍛錬の末に生まれた確かな実力があった。


「私の負けのようだ。君の剣術はすばらしいな。名前を聞いてもいいだろうか?」


 姫騎士は清々しい顔でそう言った。

 どうやらシュンのことを認めてくれたらしい。


「俺の名前はシュン。傭兵で生計を立てている。剣は師匠に教えてもらった」


「そうかシュンか。いい名前だ。剣の師匠もさぞ有名なお方なのだろうな。君を見ているとそう思うぞ」


「師匠か……今頃どこをほっつき歩いているんだか……」


「なんだ? 師匠とは会っていないのか? まあいつか会えるといいな。でわシュンには私の護衛をしてもらう。いいな?」


「ああ。そのために来たんだ。報酬は本当に五千万ガルなのか?」


「そうだ。やはり報酬が目当てか。傭兵なのだそれも仕方なかろう」


 姫騎士は少し寂しそうな顔をしていた。

 でもこれでシュンは報酬をもらえる権利を獲得した。

 姫騎士を護衛するという大変な任務だが、金には変えられない。

 彼は今までもそうやって危ない仕事をこなしてきているのだ。

 死なせてしまったら、報酬どころではないだろうが、戦場に出るのだ死なない約束はシュンにはできない。


「シュンよ。私が進軍するのは一週間後だ。それまでは君も城に一緒に住んでもらう。いちお護衛なのだ、私の近くに居て守ることに慣れてもらうためだ」


「俺は問題ない。これから俺はどうすればいい?」


「そうだな。まずは城の者にシュンを紹介する。だからこの大会の表彰式が終わったら城に来てくれ。いいな?」


「わかった」


 そう言うと姫騎士は踵を返し、騎士団の元へと戻って行った。

 シュンはというと、剣を背中の鞘にしまい、大会の表彰式をするため先程の受付の新人騎士の元へと向かって行った。

 場内は静まりかえっていたが、今更のように見物人は沸き立った。

 今まで姫騎士に勝った者がいなかったのに、あっさり勝利したシュンに皆興味津々のようだ。

 口々にあいつはきっと大物になるだの、アクアホルンの英雄の誕生だの、すごい盛り上がり方だった。

 そんな喧騒も気にした様子もなく、シュンは受付の元へと辿りつき、この後どうすればいいのかを聞いた。


「いやいや驚きましたよ。あなたはすごい強いんですね。今まで姫騎士様に勝てる人はいなかったんですから。なのにあんなに簡単に勝ってしまうなんて、あなたは何者なんですか?」


「俺はただの傭兵だよ。少し人より修羅場を潜ってるだけの。俺より強い奴なんてゴマンといるだろう。それよりこの後どうすればいいんだ?」


「ああ、すいません。つい興奮してしまって。この後は姫騎士様に勝利したあなたに、報酬の半分が支払われます。そして無事に任務を達成できればもう半分の報酬も支払われることになっているんです。報酬を受け取ったらその後は、姫騎士様も仰っていた通り、お城に行ってもらい皆さんへの挨拶があるでしょう。まあお城に行ったら詳しい話をそちらで聞いてください」


「わかった。いろいろ親切にありがとう。じゃあ俺は報酬をもらいに行ってくる」


「わかりました。これから姫騎士様を宜しくお願いしますね。必ず生きて帰ってきてくださいね」


「約束はできないが、努力はするさ」


 シュンは新人騎士に別れを告げると、報酬をもらうため大会主催の騎士団の元へと向かって行った。

 騎士団の元に行くと、髭がふさふさでおとぎ話に出てくる、ドワーフみたいな顔をした男に話かけられた。


「おお! やっと来たか! わしは騎士団団長のゴードンだ。お前さんの勝利は実に見事だった。姫様もあれで結構強いのだが、お前さんはまた一段と強いみたいだな。今度ぜひわしと手合せしてもらいたいのう」


「勘弁してくれよ。俺は報酬が欲しくてここに来たんだ。あんた達と馴れ合うつもりも、長居する気もないぜ」


「まあまあそう言うな。若い内はもっと楽しまないと損をするぞ。それと金目当てと言うが、実は姫様を守ってもらう役目は歳の近い人間にやってもらいたかったのだ。なぜなら場内には姫様と歳の近い人間は少ない。侍女のカリンが同い年だが、姫様もカリンもやはり気を使って接している気がするでな。その点お前さんなら歳も近いし、護衛するとなれば四六時中一緒にいるだろ? だから姫様の体も心も両方を守って欲しいのじゃ。姫様は本当は心優しい弱虫の女の子なんじゃ。普段はあれで立場上強く見えるように振舞ってるだけでな……。だからお前さんにはそういう意味でも期待しているぞ」


「まあ努力はするさ。でも命の保証も何もできないからな。戦場に行くんだ、必ず死なないとは言い切れない。俺はそんなに自信家でもなければ、自分が強いだなんて思ってないからな」


「今はそれでいいさ。ただわしが言った事は姫様には内緒じゃぞ? 後で怒られても嫌なのでな」


 そう言うとゴードンはウィンクをしてきた。

 男にウィンクされても気持ちが悪いだけなのだが、ゴードンは本当に姫騎士のことを心配しているのだろう。

 じゃないとあんな言葉は出てこない。悪い奴ではなさそうだ。

 シュンはゴードンのことを少し気に入ったようだった。

 そしてゴードンから報酬の半分、二千万ガルを受け取ったシュンは、その足で城への道を歩いて行くのだった。






 ────1時間後


 シュンは城へと到着していた。

 途中途中で試合を見ていた見物人に話かけれれて、思うように足が進まなかった。

 それでもなんとか到着したシュンは、とりあえず門にいた衛兵に話かけた。


「なあちょっと聞きたいんだが、姫騎士はどこにいるんだ?」


「なんだ貴様は? 姫騎士様に対して無礼な奴だな。貴様は何者だ?」


「俺はさっき姫騎士と試合をして、勝ったんだ。だからこの城に呼ばれた。そして彼女の護衛をすることになった。ただそれだけだ」


「ははは! 貴様冗談が上手いな! 貴様のような奴が姫騎士様に勝てる訳がなかろう! あまり無礼なことを言うと、騎士団に引き渡すぞ?」


 シュンが衛兵とそんなやりとりをしていると、ふと背後に誰かの気配を感じた。

 シュンが振り返ると、そこには先程の騎士の鎧から着替えた姫騎士の姿があった。


「これはアンナ様!! このような場所にどのようなご用件で?」


 衛兵はいきなりスッと背筋を伸ばし、仰々しく敬礼までしていた。

 先程のシュンへの態度とは大違いである。

 まあ身分も違うのだ、当たり前のことだろうとシュンは納得した。


「実はこの男を迎えに来てな。君にも紹介しておこう。彼はこれから私の護衛をしてくれるシュンという者だ。これから一週間程この城に滞在する。くれぐれも良くしてやってくれ」


「はい! もちろんです! 彼は精悍な顔つきをしていますし、オーラが違いますな。さぞ有名なお方なのでしょう」


 衛兵は先程とは打って変わってシュンを褒めた。調子のいいヤツめとシュンは思ったが、あえて何も言う事はなかった。

 姫騎士が来たことで、シュンは安堵の溜息をつき、城の中を案内してもらうことにした。


 姫騎士と並んで歩いていると、いろんな人から声をかけられる。

 姫様なんだから当然だろうが、皆からも慕われ好かれているのがわかる。


 城の内部は広く、一人じゃとてもじゃないが迷いそうだ。

 シュンは一人で遠出をするのは辞めておこうと思った。

 姫騎士に案内されてやってきたのは、これからシュンが使う部屋のようだ。

 その部屋はシュンが今まで見たどの部屋よりも広かった。

 家具は高そうな物ばかりで、ベッドは一人で寝るにはややでかい。

 こんな部屋で寝泊まりできるなんて、すごい待遇だなとシュンは思った。


「これがここから君が寝泊まりする部屋だ。ちょっと狭いかもしれないが勘弁してくれ。それと何かあれば侍女のカリンが対応してくれる。カリンは私と同い年の女の子なんだ。後でちゃんと紹介しよう。それと君の名前は聞いていたが、ちゃんと自己紹介していなかったよな? 私の名前は、アンナ・バシリス・ホルンだ。気軽にアンナと呼んでくれて構わない。年齢は十八歳だ。君はそういえばいくつだ?」


「俺は二十歳だ。俺のこともシュンと呼んでくれ。これからよろしく頼む」


 お互いに自己紹介を終えた二人は、次の場所へ向かうことにした。

 次に向かった場所が大浴場だ。

 ここは男子と女子で時間を変えて使うらしい。

 さすが城と言うべきか、風呂場も馬鹿みたいに広かった。

 これなら百人くらいは入れるんじゃないだろうかと思ったくらいだ。

 もちろん今は夜ではないので、誰もいなかったが。

 大浴場を後にした二人は、次の場所へ歩いていた。


「シュンよ。先程の大浴場だが、くれぐれも覗きなどはするなよ?」


 アンナはニヤニヤしながらシュンにいきなりそんなことを言った。


「あのな、俺はそんなことに興味ない。俺はアンナを護衛するために来てるんだ。そんな暇もないさ」


「なんだつまらん奴だな。たまには息抜きもしないと疲れてしまうぞ?」


 なんで息抜きが覗きなんだとシュンは思ったが、別段口にすることもなかった。

 二人が会話しながら歩いていると、前から一人の女性が歩いてきた。

 その女性を見たアンナは、嬉しそうに近づいて行き話かけた。


「カリンじゃないか! 今探していた所だったんだ。紹介しよう、この子がカリンだ。さっき言ったと思うが、私の侍女をしてくれている。年齢は私と同い年だ。これからは君の世話も彼女が一緒にやってくれる」


「こんにちわカリンです。あなたがこれから姫様を護衛する人ですか?」


「ああ。俺の名前はシュンだ。これからしばらくの間だが、よろしく頼む」


「わかりました。シュン様もくれぐれも姫様のこと、守ってくださいね。もし姫様に何かあったら私……」


「様はいらない。それと約束はできないが、努力はするさ」


「カリン……ありがとう」


 ちょっとしんみりした空気になってしまったが、三人は改めて握手し、しばらくの間だが共に暮らす仲間を歓迎し合うのだった……。


 仕事のあるカリンと別れた後、アンナがこれから最後に謁見の間へ行き、王様からこれからの事について話があると教えてくれた。

 なので今は、二人で謁見の間へ向かっている途中だ。

 王様ということはアンナの父である。

 シュンが王様に会うのは初めてのことである。

 緊張しているかと思ったアンナは、シュンの横顔を盗み見た。

 しかしシュンは動じず、いつもの無表情だった。

 そんなシュンをアンナは少しだけ、頼もしいと思うのだった。

 この人なら私を守ってくれるかもしれないと、何の根拠もないのだがそう思わせてくれる、何かがあった。

 二人はしばらくの間、無言で歩き続けようやく謁見の間へ到着した。


 謁見の間は王様がいるだけあって、他の場所とは異なる規模の広さだった。

 王様はシュンから見て、真っ直ぐ続く絨毯の先、一番高い場所に椅子に座って待っていた。

 その椅子も王が座る物なので、豪華絢爛に装飾されており、座っている王の威厳と合わさり、神々しささえ感じる程だった。

 王へと続く道の両脇には、騎士団が勢ぞろいしており、騎士剣を両手で上に掲げ、シュンへの歓迎の合図としていた。

 そんな厳かな雰囲気に圧倒されつつ、シュンとアンナはゆっくりと王への道を進んでいく。

 遠目から見ても王様は歳をとっている。しかし、歳を感じさせない程の覇気をシュンは感じた。


 やがて王様の前へと辿りついた二人は、王への挨拶として、片足をおりもう片足は膝立ての体制で、頭を垂れて挨拶をした。


「初めてお目にかかります王よ。私の名前はシュンといいます。この度はアンナ様の護衛を務めさせていただくことになりました。必ずお守りすると誓います」


「うむ。わしがこのアクアホルンの王、ガイナス・ホルンだ。二人共、姿勢を楽にしてよいぞ」


 二人は姿勢を正し、楽な体制になった。

 どうやら王は気さくな人柄らしい。


「シュンよ、この国のこれから進軍する敵国はわかっておるかね?」


「はい。アクアホルンの南、川を越えた先にある火の国フレアランドだと聞いております」


「うむそうだ。このミッドガル大陸アミュレーヌ地方にある我等が住んでいるのが水の国アクアホルン。そしてそなたが言った南のフレアランド。アクアホルンの東にあるのが、山の国サンドローム。アクアホルンの南東にあるのが、雪の国スノーゲーテじゃ。この四国が争っているのが現在の情勢じゃな。各国資源や物資が不足しており、少しでも蓄えを得ようと他国を侵略するしかないのが現状じゃ。遥か昔、何百年か前には停戦が調印された事もあるらしいが、それも昔の話。必ず約束を守らぬ国が出てくる。だから今も戦争状態が続いているんじゃ。そして今回、我がアクアホルンは南のフレアランドに進軍することを決めた。比較的近いのがフレアランドなのと、あの国は友好的ゆえ停戦が結べるかもしれないと考えておる。我が娘、姫騎士アンナも出陣するゆえ、どうかアンナのことを守ってやって欲しい」


「はい。この命に代えましても、必ずやお守り致します」


「よく言ってくれた! 護衛がそなたで本当によかったわい。歳も近いゆえ精神面でも支えてもらえると助かる。ただし! 娘に変な事はするでないぞ?」


「心得ております。私はそのような不届きな真似はしません。安心して頂けると思います」


「そうかそうか。それも娘に魅力がないと言われてるみたいじゃが、まあいいだろう。それではこれで解散とする! 一週間程時間があるゆえ、少しゆっくりしているといいじゃろう」


「はい。そうさせていただきます」


 挨拶を終えた二人は、謁見の間を後にした。

 シュンは少し歩き疲れてしまい、近くの椅子に腰を下ろした。

 アンナは隣の椅子に腰かけ、シュンを心配そうに見つめてきた。


「大丈夫か? さすがに君でも緊張したか?」


「いや、挨拶周りと歩き疲れただけだ、心配ない。悪いな少し休ませてくれ」


「かまわないさ。君が回復するまで私も休ませてもらおう」


 アンナは下を向いて目を閉じ、静かに座っていた。

 それを見たシュンは、素直に綺麗だと思った。

 日の光を反射して、髪は輝きその端正な横顔を照らしている。

 まるで女神か何かみたいだと、シュンは思った。

 しかし、シュンが見つめている事に気付いたアンナは、すぐに顔を上げてシュンの顔を覗きこむように近づいてきた。


「どうした? まだ体調が悪いのか? 今日はもう部屋に戻って休んだ方がいいかもしれないな」


「そうだな……悪いがそうさせてもらう」


 別に体調が悪化した訳ではないのだが、アンナに見惚れていたとは言えず、シュンは頷くだけに止めておいた。

 二人は歩き出し、またシュンの部屋へと来た道を戻り始める。

 程なくして、シュンの部屋へとついた二人は別れの挨拶を済ませ、シュンは自室へ。アンナは用があるとかで騎士団の宿舎がある場所へと向かって行った。


 部屋へと入ったシュンは、すぐさまベッドに入り重い頭のまま眠りにつこうとした。

 シュンの脳裏には先程見た、アンナの横顔が浮かんで離れなかった。

 儚げでどこか寂しそうな横顔。

 できれば守ってあげたいと思うが、ひとたび戦場に出れば何があるかわからない。

 本来姫騎士は前線に出ることはないのだろうが、今回は兵の士気を高めるため同行するみたいだ。

 ただ前線ではなく、後方に配置されるだろうから危険は幾らか減るはずだ。

 シュンはそんな事を考えながら眠りについた。


 まだこの時のシュンは知らなかった……。

 水面下でジワジワと進められるある計画があることを……。

 ここからシュンの人生が、思わぬ方向に転がって行くことになる。

 それは数々の出会いを経て、最後にはどこに行着くのか……結末を知る者はまだ誰もいなかった……。


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