プロローグ
ある日、一人の傭兵が自国の姫騎士が他国に進軍するため、その護衛を募集する、という噂を聞きつけ、やってきた。
彼はどうやら傭兵で生計を立てているらしく、着ている服は傷や返り血で汚れており、お世辞にも綺麗とは言い難かった。
彼は見た目が二十歳ぐらいで、髪は左がやや目にかかる感じで、アシメントリーになっており、襟足は肩にかかるくらいで、髪色は黒。目の色も黒く、この国では少しめずらしい見た目をしていた。
しかし、背中に吊るしている二本の剣は綺麗にされており、彼がその愛剣を大事にしていることがうかがえた。
その彼が向かう場所が、彼の住んでいる国、アクアホルンにある王様や王女、そして件の姫騎士などが住んでいる城だ。
彼は丁度通りかかった通行人に話しかけていた。
「ちょっと聞きたいんだけど、今姫騎士の護衛を決める試合がやってるはずなんだけど、どこにいけばいいのかな?」
「ああやってるね。こっから坂を上った先に城が見えるだろ? そこで騎士団が受付をしているはずさ」
「そっか。ありがとう。おじさんは商人か?」
「ああそうさ。今その話題の護衛を決める試合がやってるんだが、見物許可が下りてるみたいで、人がいっぱい会場にいるんだ。だから俺達商人は稼ぎ時だってんで、急いで向かってるのさ」
「そうだったのか。急いでいたなら呼び止めて悪いな。俺も急いで会場に行くよ。忙しいのに悪かったな」
「いいさ。それより兄ちゃんは見た感じ傭兵さんかい? 正直強そうには見えないんだが、やっぱり報酬欲しさでやってきた口かい?」
「ああ。だって報酬五千万ガルはでかいだろ? そんだけの金を貯めるのに、どれだけ労力と時間を使うか考えたら、挑戦してみる価値はあるだろ?」
「でもそう言って挑戦した奴が何人も返り討ちにあってるらしいぜ。なんたって相手をするのは国を守る騎士団だ。生半可な覚悟じゃ勝てる訳がない。悪いことは言わない、兄ちゃんも怪我したくなかったら諦めるのも勇気だと俺は思うぜ」
「忠告ありがとうよ。でもここまで来たんだ、タダでは帰れないさ」
「そうかい。せめて怪我しない程度でがんばんな」
そう言うと商人は急ぎ足で城へと向かって行った。
彼も少し急ぎ足で城へと続く坂道を登っていく。
坂の途中にある商店は、軒並み静かで、先程の商人が言っていた通り、みんな試合の見学やら商売をしに行っているみたいだ。
そんな静かな坂道を上った先に、大きな城が見えてきた。
彼はしっかりとした足取りで城の門をくぐると、試合が行われている広場へと歩いて行った。
そこでは既に何人かの試合が終わったらしく、そこかしこで座り込んでいる人間を目にすることができた。
一人は怪我をしたのか、手当をしてもらい、一人は疲れからかぐったりと下を向いて、座りながら寝ている。
どうやら騎士団は相当手強い相手らしい。
ここにいる奴等だって腕に自信があるから、来たんだろう。
それをことごとく返り討ちにしているのだ、正直戦意喪失して棄権する者も出てくるかもしれない。
そんな光景を尻目に彼は登録を済ませるために、受付をしている騎士団の元へと歩き出した。
「受付の方ですか? お名前と職業をお伺いしてもいいですか?」
「名前はシュンだ。職業は傭兵をやっている」
「わかりました。現在の時間が午後の二時なんですけど、これから十五分後の、二時十五分から試合を開始したいと思います。それで問題ないですか?」
「大丈夫だ。じゃあその時間まではフリーなのか?」
「ええそうですね。とりあえず城の中などは入れないですが、こちらの会場の近くにいてもらえれば何をしていてもかまいません」
まだ若い新人騎士といった風情の騎士に受付をしてもらい、シュンは会場近くで待機していることにした。
少し時間を持て余したシュンは、もう少し広場を見て回ることにした。
どうやら会場は長方形の舞台のようだ。石で造られたその舞台は今は静かなものだ。
今は試合は行われてないらしく、これから始まるシュンの試合までは休憩時間なのだろうか。
シュンが周りを見回していると、ふと一人の女の子が目に留まった。
その女の子は、武骨な騎士団に混じって尚、隠しきれない程の気品を放っていた。
どうやら彼女が姫騎士なのだろうか。
彼女は年齢はシュンより少し若く見え、髪をポニーテールにしており、長さは背中の中間辺りまで伸びていた。
髪の色は紺色で、瞳は綺麗な青い色をしている。
肌はとても白く、とてもじゃないが騎士には見えない。
正直騎士団の鎧で正装していなければ、ただの綺麗な町娘にしか見えない感じだ。
シュンが彼女のことを見ていると、ふと彼女と目が合った。
彼女は特に何の反応もなく、すぐ目を反らしてしまったが、シュンは大して気にも留めていないみたいだった。
そうこうしている内に時間は二時十五分になり、予定しているシュンの試合時間となった。
会場内にアナウンスが入り、これから試合が始まることが告げられる。
場内は見物人達の熱気に包まれ、先程まで静かだった会場内はお祭り騒ぎの様になっていた。
シュンはゆっくりと試合会場である舞台へと歩いて行き、対戦相手を静かに待つ。
すると意外なことに対戦者は、先程シュンが見ていた彼女だった。
驚いたシュンは何かの間違いかと思い、急いで受付をしていた騎士の元へと走って行った。
「対戦相手なんだが、彼女がそうなのか?」
「ええそうですよ。今回は姫騎士様を護衛する任務。そのため姫騎士様が自ら対戦して、相手の実力を図りたいと仰ったんです」
「そうだったのか。なんかやりづらいな……」
「心配しなくても大丈夫ですよ。姫騎士様はああみえて、騎士団の中で三本の指に入るぐらい強いですから。幼い時から、騎士団で訓練されてますからね。実力は折り紙付です」
「いや、そういう心配ではなく、怪我させたらまずいよなって感じの心配なんだが」
「……ははは。シュンさんは随分自信があるんですね。足元すくわれない様に気を付けた方がいいですよ」
シュンは仕方なく、会場の舞台へと急いで戻って行った。
会場に戻ったシュンを待っていたのは不機嫌そうな彼女の顔だった。
「どうやらあなたも皆さんと一緒で、対戦相手が私だったので確認をしに行ったのでしょう? 正直ウンザリです。私は護衛など必要ないと言ったのに、お父様である国王が心配性で……。しかしやるからには本気で行きますよ。あなたも女だと思って侮ると痛い目を見ますよ?」
どうやら彼女は本気でやるつもりらしいが、シュンとしては素直に受け取れない。
シュンは姫騎士様に怪我をさせて、万が一国王から叱られないか、それだけを心配しているのだ。
「私は護衛されるなら自分より強い人でないと嫌です。ですからあなたも本気でかかってきてください。でないと、怪我をしますよ?」
どうやら今まで会場内にいた男達は、全員この姫騎士様に負けてしまったらしい。
言うからには彼女は自信があるのだろう。自分が負けるとは露程にも思ってないみたいだ。
シュンはもう後戻りできないことを察知し、静かに背中の二本の剣を抜いた。
シュンが左手に持っている剣は綺麗に紅く輝いており、見る者を魅了する。
しかし近くで見ると綺麗な紅に混じって、くっきりと血の跡がついていることがわかる。
シュンが右手に持っている剣は対照的に、漆黒と言っていい程に黒かった。
その剣も黒いので気づきにくいが、しっかりと血の跡がついている。
近くでその剣を見た彼女は、少しびっくりしていたようだが、さすが騎士団に身を置く者、生娘の様に悲鳴をあげたり、逃げ出したりするようなことはなかった。
「あなたは人をたくさん殺めた事があるんですね……私はまだ人を殺めた事がありません。ですが別に怖いとは思いませんよ。傭兵というのも時代が必要とした職業だと思いますから。でもそんな事ぐらいで怯む程、私はやわではありませんよ」
シュンはびっくりして、しばし硬直していた。
そんな風に言われたのは初めてだったのだ。傭兵をしてもう五年になるが、大体女の子は怖がってシュンにむやみに近づこうとはしない。だから、シュンは少し暖かい気持ちになり、固まってしまった。
最初は報酬欲しさで挑戦しようと思っていたシュンだが、彼女の優しさに少し触れ、報酬は関係なく彼女自身を守ってあげたいと、思うようになっていた。
────シュンと姫騎士
二人が出会ったことにより、これから始まる物語が動こうとしていた。
そう、これは傭兵の双剣使いと、生まれながらの姫騎士が辿る物語のほんの出会いでしかなかった。