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ぐうたら主の相談所  作者: 日下みる
8/63

~適材適所~

理乃を伴って事務所へ戻る。

部屋には不安そうな年配の女性が座っていた。

少し待たせすぎたかもしれない。

もう!理乃がダラダラするから!

「お待たせしました。所長の霞沢です」

出来るだけ優しく微笑みを浮かべて、不安を少しでも取り除けるよう理乃を紹介する。

「どうも」

無愛想なことこの上ない。

無表情で軽く会釈をするだけ。

そのままさっさと席に座ってしまう。

少しは愛想良くしなさい!

私の努力は何だったんだか…。

いや、少しでもフォローになっているはず!

二人して態度が悪かったら、それこそ大問題!

私も遅れて席に座る。

「あの…こちらの方が…?」

物凄く不安な表情で私に聞いてきた。

気持ちはわかります。

でも、本当なんです。

諦めてください。

というか、紹介される時に、理乃の人となりの話は聞かなかったのだろうか?

まぁ、聞いていても、まさか本当にこんなのだとは思わないかもしれないけど。

私も初めて見た時は驚きました。

とても社会人経験のある人間のする態度ではない。

いくら理乃の”素”がアレでも、多少は営業モードをしていると思っていたのだから。

…理乃の営業モード?

想像しただけで寒気がした私は悪くない!

そんな訳で、私も理乃の態度には強く説教が出来ない。

何せ私が見たくない。

怖い。

「ええ。若輩者ですが、よろしくお願いします」

理乃の代わりに謝罪するなんて今更。

慣れたモノなので気にもならない。

チラリと理乃が視線を向けてきて、そのままお客さんへと目配せした。

え?!私が対応するの!?

その通り。とでも言うように、理乃はソファに深く腰掛け、そのまま肘置きを使って頬杖をつき、足まで組んでしまった。

見ててやるから、まぁガンバレ。といったところ。

傍観体勢すぎる。

というか、偉そうにも程がある!

理乃は一言も話していない。

動作だけでの意思の伝達。

…言語が通じない外国でも平気で生活出来そう。

まさか初の同席で対応まで任されるとは思ってなかった。

見学気分だったけれど、気を引き締めないと!

「それで、お子さんの進路についてのご相談だとお聞きしましたが」

まずは話を聞いてみないことには始まらない。

…話してくれるかなぁ。

横にいる理乃の態度で不安は倍増。

それどころか、留まることを知らずうなぎ登り。

何せ、偉そうな態度と、瞳の色があいまって冷たく睥睨しているようにしか見えない。

目の前の斉藤さんは、私と理乃へ視線を行ったり来たり。

「そうなんですが…」

不安そうに理乃をチラリ。

うん。その不安は物凄くわかります。

「進路などについては、彼女は専門外なので、私がお聞きします」

「あ。そうなんですね」

納得していただけて何よりです。

心底ホッとしたような顔をして肩から力を抜いた斉藤さん。

話してくれそう…かな?

まぁ、多少は嘘を吐いたけれど、全てが嘘な訳ではないし。

理乃は大学に進んでいない。

大学受験についての悩みは専門外とも言える。

あ。だから私を同席させた上に対応も振ってきたのか。

「話していただけますか?少しならお役に立てるかもしれませんし…」

私自身、進路で親に迷惑をかけた身なので。

「はい…。実は、息子が突然、進学先を変える、と言い出しまして」

うっ。身に覚えがある。

やはり、親から見たらかなり困惑するものらしい。

「そうですか。それはさぞ驚いたでしょうね…」

私の両親もビックリしてたし。

「そうなんです。最初は一流大学を目指していたのですが、ここに来て唐突に…」

「新しい進路はどこなんですか?」

成りたい何かを見つけたのかもしれない。

それには、一流大学という看板だけでは足りない事もある。

専門分野によるし、教えを受けたい教授がいる大学を選ぶというのもある。

「それが、新しい進路先を頑として言わないんです」

はい?言わない?

「今は就職難ですし。氷河期とすら言われているでしょう?だから、一流大学に入って、一流企業に入社して欲しいと私達は思ってるんです」

斉藤さんの考えは、少し古いと思うのは私だけ?

昨今、分野や職種にもよるが、一流大学に入って卒業したとしても、就職先を見つけるのは至難の技だ。

一流大学というステータスが、今ではプライドが高く、頭が良過ぎて部下として扱い辛い。と敬遠されたりもする。

「夫は、家の恥だ!とかなり怒り出し、終いには勘当するとまで言い出して…私はどうしたらいいのか…」

斉藤さんは涙ぐんでしまった。

子供と夫の間に板挟み状態なのかな。

お父様は一流大学出身の一流企業勤めの方なんだろうか。

エリート意識というものは、自分だけではなく、自分の子供に押し付け、子供の出来を自分のステータスにする親も少なくない。

「今のところの模試の判定ではどうなんですか?」

今は秋。

現段階では何とも言えないけれど模試の判定結果によっては、進路を変えるにも頷ける。

一浪する、という手もあるけれど、プライドが高い父親ならば、一浪すら許してくれなさそう。

「合格圏内です」

先ほどの涙ぐんだ姿が嘘のように自慢気に断言。

けれど、今の時期にそれで気を緩めれば一気に置いていかれる。

頑張っているのは周りも同じ。

スロースタータータイプや直前に伸びるタイプもいる。

けれど合格圏内にも関わらず、進路を変更。

多分、やりたい事がその大学にはないんだと思う。

「現在、お子さんはどうなさっているんですか?」

私は、両親が理解してくれるまで何度も話し合い、ぶつかりながらも粘りに粘った。

「それが、部屋に引きこもってしまって…」

再び涙ぐんで俯いてしまった斉藤さんには悪いけれど、意味がわからない。

理由を説明して理解を得るとか、あるんじゃないの?

なぜ引きこもる。

無言の抵抗?

やってる事は中学生くらいと変わらない。

「どうやら、パソコンで遊んでいるようなんです…」

おーい。それってただの逃避でしょ?

プレッシャーに負けちゃったのかな?

確かに、受験のプレッシャーは凄く重い。

大学にやりたい事があるなら、頑張りやすいだろう。それでも押し潰されてしまう子は沢山いる。

けれど、とりあえず親が言うから一流大学に。

という理由では、簡単に負けてしまう。

簡単に合格出来るくらいの学力があるなら別だけど。

今のところ、進路希望がわからないので何とも言えないけれど、違う学校を希望しているならモチベーションを保つのはムリ。

「パソコンで勉強や情報収集をしている可能性はありませんか?」

パソコンは遊び道具ではない。

ワープロ程度の機能しかなかった昔とは違い、最近のパソコンは色んな事が出来る。

レポートだって教授にメール送信という場合もある。

パソコンがメインの職種が希望なら勉強にもなる。

「最初はそう思ったのですが…毎月、ゲームの課金代という請求書が何万円と届いているので…夫もカンカンで私の育て方が悪いせいだと…」

斉藤さんはとうとう泣き出してしまった。

それはそうだろう。

気持ちはわかる。

何せお子さんは現実逃避一直線だ。

私はオンラインゲームというのに手を出した事はない。

というか、ゲームをする暇もなかった。

それでも「ゲーム廃人」という言葉くらいは知っている。

恐らく、毎月請求書が届くというくらいなのだから、程度はわからないけれど、廃人か、一歩手前じゃないの?

ゲームを買うのにお金を払うのは分かるけど、課金うんたらについては、私は良くわからない。

後で理乃に聞こう。

チラリと理乃を見る。

冷たい視線で斉藤さんを眺めていた。

ここまで冷たい視線は、誰にでもする事じゃない。

大抵は冷たい視線を向ける事すらしない。

一体、何が理乃をここまで冷たくしたんだろう?

確かにお子さんの態度は問題だけれど、恐らくソコだけじゃない。

理乃の視線の意味は気になるけれど、さすがに泣いている人を放っておくことも出来ない。

「斉藤さん…泣かないでください。学校の先生方に相談している可能性もあるじゃないですか?先生方にも聞いてみたら如何です?まずはお子さんの気持ちを知らないと」

ここで泣いていても、何も解決しない。

課金については「進路について」ではないので、スルーさせてもらうしかない。

ゲームの課金であれば、キャンセルなどは出来ないように根回しされている。

ネット回線を有線にするか、解約してしまえば問題は一時的に解決するかもしれないけれど、その場合、パソコンゲームがスマホゲームに代わるだけで解決しない。

やっぱり、本人と話をするしかないと思う。

「そんな!親の私達にすら話さないんですよ?!それを先生だけには相談だなんて!!!」

涙を流しながらヒステリー気味に叫ぶ斉藤さん。

なにそれ?

先生にもよるけれど、頼りになる先生が世界に皆無。という訳ではない。

勘当するとまで言った両親に相談するより可能性は高い。

もしくは、ネットを通じて友人に相談している可能性も高い。

けれど、学費を自分で払うならともかく、親に払って貰うのであれば、理解を得るのは子供の義務でもある。

好きな学校を選ぶという権利を主張し、学費を払って貰うという恩恵を得るならば。

親が子供の学費を払うのは、産んだ親の責任。という考えもあるけれど、義務教育ではないし。

未だに泣いている斉藤さんに、私はどう声を掛けたらいいのか、わからない。

斉藤さんの気持ちもお子さんの気持ちもわかるような、わからないような。

情報が少なすぎて、どうしようもない。

助けを求めて理乃を見る。

溜め息吐かれた…。

その溜め息に、斉藤さんの泣き声が酷くなる。

ちょっと。余計泣かせてどうするのよ!

それに初対応するには案件が重い。

私の手には負えない。

「つまり、両親は進路変更に反対。進路変更の理由も不明。進路先も不明。ガキはストライキかまして引きこもった上にゲームに散財」

理乃が冷たい淡々とした声でまとめた。

まとめられると、かなり厳しい状態なのが実感させられる。

私相手だと、たまにからかい口調になるけれど、大抵は機械のように無感情に話す。

相談するには不向きでしかない。

責められたように聞こえたのか、斉藤さんは大泣き。

「……アンタ、誰の為に泣いてる?」

え?誰の為って…なに?

お子さんの事で悩んで泣いてるんじゃないの?

理乃がトドメ刺したんじゃないの?

斉藤さんの泣き声が、酷いと訴えるように大きくなる。

「さっきから聞いてれば、ガキを心配してるフリして自分に同情しろって発言ばかりでうんざりする」

え?え?どういうこと?

「ガキもガキだが、親も大概だな」

「ちょっと!!アナタみたいな子供を持ったこともない小娘に偉そうに言われる覚えはないわ!!」

鬼のような形相で泣きながら理乃を罵倒する斉藤さん。

確かに、子供もいない私達では、親の気持ちはわからないけれど…。

それは事前に知っている筈。

それを踏まえて相談に来ているのに、そこに文句を言うの?

それなら、子持ちの人に相談すればいいのに…。

「子供を”持つ”ね」

「そうよ!小娘に親の気持ちがわかるもんですか!!」

「わかりたくもねぇよ。ガキをダシに悲劇のヒロインぶったババアの気持ちなんざ」

「なっ!!」

斉藤さんは怒りのあまり、二の句が出ない。

口をパクパクとさせて、言葉を探しているようだけれど…

反論していない。

確かに。お子さんの進路についての相談な筈なのに、お子さんの気持ちや、心当たりなどについての相談は一切ない。

旦那さんやお子さんの自慢か態度への不満や愚痴で思いやる発言は皆無と言っていい。

情報が少ないのも、そのせいだ。

恐らく、お子さんが話してくれないんじゃない。

聞いてすらいない。

そして、お子さんも話を聞いてくれる気がないと気付いているんだろう。

だから引きこもるしかなかったんだ…。

子供は無力だ。

高校生にとって、親が自分の話すら聞いてくれないのは、ショックだろう。

それに、旦那さんは話を聞く限りでは高圧的なタイプ。

子供の頃から、反抗する気が起きないように、恐怖を植え付けている可能性が高い。

「勘当する」という発言が裏付けている。

親に捨てられて生きていける子供は一部。

アグレッシブな子なら、それでも何とかしてしまうけれど、そういったタイプの方が少ない。

日本ならば尚更。

「命令を聞かないお前なんていつでも捨てる」と言われながら育った子供は、親に強制的に依存するよう育つ。

存在意義を親が全て握っていると錯覚する。

そして、捕らえられているのだから、自分を養うのも当たり前だと思う場合もある。

「俺はアンタが望んでいる類いの事を言う気はない。好きなだけ浸かってろ。ガキの人生は犠牲になるが、アンタの”所有物”なら俺が関与する事じゃない」

あ!「子供を持ったことがない」って発言!

単純に「子持ち」って意味だと受け取ったけど、本来ならば「子供を育てたことがない」という言い方になる。

「……~~不愉快だわ!帰らせていただきます!!」

さっと荷物を持って出口へ。

後ろ姿はまるで逃げているようにも見える。


バタンッ


「理乃…?」

見送った斉藤さんの方向から目を離し、理乃へ視線を向けると、不愉快さは斉藤さんに負けず劣らずな雰囲気でタバコに火を着けていた。

「……だから嫌だったんだ」

それは依頼を受けた事、だよね。

そうじゃなきゃ、裏ルールで受ける訳がない。

それに、会う前から追い出す気満々だった。

でも、理乃が直接話をしたのは今日が初めて。

「なんでわかったの?」

チラリと冷たい流し目。

ご機嫌斜めな理乃の視線は痛い。

八つ当たりでコレなんだから、さぞや斉藤さんは痛かっただろう。

恐らく、理乃が予約の連絡を取っていたら、巧いこと誘導して断っていた。

「…進路相談を相談所に持ち掛けてくるマトモな奴なんかいるか」

それは…まぁ、言われてみれば確かに。

普通、家族や学校で済む。

同年代の友人でもよかったはず。

お子さん側が相談に来るならともかく、親がするには不適切。

煮詰まっているか、プライドが邪魔して身近な人には相談出来ない人も多いので、疑問に思わなかった。

「ごめん…。お茶、片付けてくるね」

怒られてはいない。

責められてもいないし、文句すら言われてない。

対応を私に任せたのも、嫌がらせじゃない。

私なら、気付かないで励ましたり労ってた可能性が高い。

恐らく、ソレが斉藤さんの望み。

だから、私が助けを求めるまで理乃は黙って見てた。

進路や現状ついての助言なんて、最初から求められてなかったのに、生真面目にそのまま受け取った私のミスだ。

理乃は、斉藤さんの自己満足に付き合うよりも、子供の事を優先しただけ。

私は、どちらも出来なかった…。

「余計な事考えてるとブスになるぞ」

?!

いつの間にか、背後に理乃がいた。

そのまま近付いて来て、コーヒーを淹れていく。

二つ淹れて、カップを一つだけ持ったら、さっさと戻ってしまった。

慰め方がわかりづらいにも程があるよ。バカ。

「誰がブスよ!理乃のバカ!!!」

大声出したら、スッキリした。

うん。コーヒーが美味しい。


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