~お披露目 7~
理乃を除いて、みんなで他愛ない話で盛り上がる。
否、地味に凹んでいるが、全員に無視されている男が一人いるが。
自分の世界に入り込んでいるのか、面倒だからとみんな放置している。
今の理乃に近付くのはご法度。
一人でいたい理乃に干渉すると、数日以内に何処かに消える。
数日経てば何事もなかったように戻って来るけれど、その間は心配で落ち着かない。
昌信が理乃周りの連絡先を把握しておきたがるのはその所為。
ただ単に面倒で返事がないのか。
それとも充電を忘れているのか。
何処かに消えたのか。
把握していなければ、その判断すら出来ない。
若い頃は誘拐の心配もした。
そうは見えないけれど、三十路を過ぎた今ではターゲットからは外れやすい。
それに、理乃の危険察知はオカルトじみている。
唐突に「この道はダメだ。他の道へ戻れ」と真剣な顔で言う。
何があるのかと調べると、その道の先で事故や事件が起きていたり。
もしくは、その日に事件があった事を後日知る。
今の理乃はそんな事を忘れるほど、無邪気に月夜を楽しんでいた。
「ふふふっ。理乃ったら、子供みたい」
「本当ね。赤ん坊みたいだわ」
女性二人が月を取ろうとするかのように手を伸ばす理乃を見てクスクスと笑う。
子供ならば、一度は月に手を伸ばした事くらいあるだろう。
普段の理乃からは想像も出来ない幼い仕草。
纏う雰囲気もいつになく無防備。
いつもはピリピリとした、けれど静かな雰囲気にも関わらず。
あんなに自然体な理乃を見るのは初めてかもしれない。
みんなが微笑ましく理乃を眺めて見守る中、昌信だけは怪訝な顔をした。
そんな中、唐突にパチパチと何かが弾ける音がした。
音は理乃の方からしてくる。
何事かと注意深く見てみると、理乃の指先から閃光が弾け、模様を描いていた。
「「「「?!」」」」
その様を見た人間の息が止まる。
それほど衝撃的な状況。
人間の指先から、閃光など出ない。
みんなが顔を見合わせ、今のは目の錯覚か?とオロオロと恐る恐る確認し合う。
みんなが軽いパニックの中、昌信だけが、冷静に、けれど真面目な顔で理乃に近付いて行く。
「お義兄さん!今はダメだってば!」
呼び止める結菜にも手を振り、進んで行く。
今の理乃に近付くのはご法度。
それも、不可解な現象が起きている差中なら尚更。
それでも昌信は止まらない。
軽く理乃の肩を叩く。
皆が固唾を飲んで見守る中、理乃はキョトンとした顔で振り返る。
アレは誰?
そこにいた誰もが、不意に浮かんだ疑問。
理乃のあんな顔は見た事がない。
幼い表情。
子供の頃から知っているが、子供の時ですら浮かべなかった無防備な表情。
いつもなら警戒するのに、それもしない。
気に掛ける必要すらない。
人間が地面を歩く蟻に気付かないように。
理乃は昌信に気付いていない。
それが有り有りと分かる仕草に、離れて見守っていた誰もが不安にざわめく。
理乃の目が悪い事は真知子以外の全員が聞かされている。
真知子は知らないながらも、何かがおかしいと不安を感じていた。
もしかして、見えなくなった?
今までは辛うじて、平面ではあるが見えていた。
だが、それは片目に過大な負荷が掛かる。
いつ失明してもおかしくないとも言われていた。
精神的負荷の処理が間に合わなくなれば、直ぐに身体の機能に異変が出ると。
晴信が余計な仕事を受けないように注意したのはそれも関係していた。
現状でギリギリだと。
これ以上の負荷は何が有ってもおかしくないと。
だからこそ、みんな真知子の参入は歓迎した。
理乃の負担が少しでも減り、誰かが傍にいる事を。
理乃に慣れた真知子ならば、過干渉はしないというのが直ぐに分かった。
理乃の扱いは細心の注意が必要だった。
親に売られた自覚のないトラウマ。
それ故、理乃は孤立しようとする。
常に何か出来る事を増やすのに余念が無い。
要らない子じゃないのだと。
一人じゃないのだと伝える為に傍に居く。
けれど、それが過干渉になれば理乃の負担になる。
絶妙な塩梅が出来る人間は少ない。
過干渉な人間はすぐに理乃によって無視され、排除され、過去の人間になり、記憶から消える。
いくつも設置された見えないハードルをクリアしなければ、理乃から友人認定はされない。
自分の家族すら”過去の人間”と捨てた理乃。
先程、つい放電するほど精神的負荷が掛かっていると気付いたのは昌信一人。
他の人間は何事かと見守る事しか出来ない。
理乃に最も詳しいのは、施設の管理者である昌信。
「理乃、ソレはダメだよ」
昌信が声を掛ける。
聞き取れなくても大丈夫な様に動作も着けて。
けれども理乃は気付かない。
理乃は意識しなければ、言葉を理解出来ない。
今の理乃が言葉を理解しようとしていないのは一目瞭然だった。
「理乃」
少し強めに呼んでも反応もない。
いつもなら「五月蝿い。聞こえている」と煩わしそうに返事をするのに。
耳が良い理乃は言葉は分からなくても、音で分かる。
音で分からなくとも、相手の動作で気付く。
見えていない。
聞こえていない。
店内には、緊張した空気が張り詰めて満ちる。
「あははは」
唐突に、笑い声が響いた。
明るく柔らかな聞き取りやすい、通りの良い響く声。
理乃の笑い声…?
そんなものは一度も聞いた事がない。
愕然とした昌信を含めた全員が見守る中、理乃の瞳からはポロポロと涙が零れていた。
流している本人は気付いていないと分かる仕草。
涙を拭う事もしない。
泣いているのを隠そうとも、誤魔化そうともしない。
ただ零れただけの涙。
理乃の口が小さく動く。
先程の笑い声とは違う。
こちらには届かない声。
誰かに聞かせる為ではない言葉。
思わず零れた笑い声や涙と違い、小さく呟かれた言葉。
一体何を言ったのか。
驚きの連続で誰もが固まった。
笑い声も、涙も。
初めて見た。
真知子ですら驚愕している。
昌信が思わず、と言う勢いで抱き締めるが、不思議な閃光が再び閃き、すぐに離れた。
理乃は気にせず夜空に向き直る。
気にしないのではない。
無視したのでもない。
認識出来ていない…?
みんながざわつく。
不安が心の奥から競り上がって来る。
今のは何?
アレは誰?
何があった?
何が起こった?
分からない事だらけの中、不安だけが募る。
そんな自分達など知らないと、目に入らないとばかりに、閃光の爆ぜる音だけが店内に響いた。
昌信が戻って来た。
先程のグッタリした姿がわざと演出したのだと分かるほど露骨な違い。
肩を落とし、蒼白な顔。
顰められた眉。
「お義兄さん…?」
結菜の声に返事もしない。
まるで、昌信も聞こえなくなったかのように。
「先輩、説明を」
自分達では分からない事だらけ。
目は?耳は?
あの閃光は?
「ん?そうだねぇ…ちょっと許容量をオーバーしちゃったみたい」
許容量を越えて閃光を出す人間が何処にいる。
「ま、暫くは急ぎの仕事もないし、理乃には休暇で良いんじゃないかな?思えば、理乃って一度も休日ってなかったしね」
「一度も?!」
真知子が驚きの声を上げる。
理乃の事情を知らなければ、ダラダラとしているようにしか見えない。
だが、ダラダラとしているのではなく、理乃が頑張って急いだ速度が平常より遅いだけ。
簡単な事務作業や仕事は平均より遥かに速い。
それ等は平面な書類やパソコン画面だからこそ出来る事。
立体の活動は理乃の情報処理速度を持ってしても”ゆっくり”としか他人は感じない。
常に他人が当たり前に出来る事を出来るよう訓練している。
知識を身に付け、観察し、分析し、実行する。
その情報を処理するには睡眠を多く必要とし、長時間眠る。
傍から見た理乃はモノグサで面倒を嫌い、寝てばかりと思うだろう。
実際は、余計な事をする余裕がない。
最低限必要な事をするのが限界。
その最低限すらも遅い。
理乃の部屋にはテレビがない。
近頃では珍しくないが、昔からない。
ゲームもしない。
パソコンも仕事で必要な時にしか使わない。
オーディオ類もない。
スマホには必要なアプリしか入っていない。
辞書や翻訳、メッセージ用のみ。
それでも日常にも生活にも困らない。
そんな余裕も暇もない。
そして、それ等を他人に悟らせる事もしない。
欠けているよりも、怠け者のレッテルの方がマシだと。
理乃にとっては当たり前。
当たり前な事をわざわざ言う性格ではない。
それでなくとも、理乃は理解される事を望んでいない。
期待しない。
自分が欠陥品だと思っているからこそ。
そして、それはただの言い訳だと甘える自分を見捨て、健常者以上の速度で仕事を熟す。
許容量などとうの昔に越えている。




