~お披露目 6~
一人、夜空を楽しむ。
少し淡い紺色の壁に、黄色い丸。
それが理乃にとっての夜空。
感じされるのは風だけ。
それで充分。
後ろでは、他のみんなが話ているけど、自分がいなくても問題ない。
少しずつ身体を楽にする。
雪に教わった事。
教えて貰った事。
身体に纏まり付き、重かったモノから解放される。
本当は人前でしたらダメなんだろうが。
いつもなら、これくらいは問題ないはず。
一体何が原因なのか。
ま、いいか。
どうでもいい。
疲れた。
みんなの話し声が、言葉ではなく音の羅列になり、音の奔流になる。
それも最初の内だけ。
次第に何も聞こえなくなる。
自分の口から零れる音が何を言ってるかも分からない。
手を伸ばせば、自分の手は夜空に埋もれる。
黄色い丸は触れない。
原寸大は地球の四分の一だったか?
それが手のひらよりも小さいのなら、物凄く遠くにあるということ。
数値を見たけど、よく分からない。
自分の世界は壁と音と風だけ。
壁も厳密には壁じゃない。
壁の圧迫感もない。
ただ目の前にある平面な絵柄。
場所が悪いのか、星も見えない。
つまらないから、パチパチと星座図鑑で見た絵柄を書き足す。
手持ち花火で描いた様に、光の残影だけが残る。
すぐに消える星座の名残り。
それも珍しい事じゃない。
ねぇ、雪。
あんなに一緒にいたのに。
あんなに話をしたのに。
あんなに泣いてる雪の頭を撫でたのに。
顔も声も感触も覚えてないと言ったら怒るだろうか。
今の自分に分かるのは、座っている椅子と寄り掛かってる窓枠の感触だけ。
人に触れても分からない。
触っているのは分かるけれど、よく分からない。
本当にソコに在ると認識出来ない。
人間も木や地面みたいに、ソコに在ると分かればいいのに。
トントンと肩に軽い衝撃。
何だ?
振り返っても誰もいない。
さっきと絵柄が変わっているだけ。
けれど、絵柄が変わるのは良くある事。
同じ絵柄でいる事なんて滅多にない。
絵柄の中で、一番大きな人型が何だか動いている。
けれど、自分には何か分からない。
そういえば、子供の頃に行った水族館。
そこで子供のラッコが伝えて来た。
”遊んで”と。
水槽越しにも関わらず、異種族の自分に意思伝達が出来るのが、不思議とは思わなかった。
その後は暫く子供の男の子のラッコと遊んだ。
自分の手の動きに合わせてクルクル動くラッコ。
目の前の人型は、ラッコに似ているのか、その時の自分に似ているのか。
あはは。マヌケだな。
ラッコから見た自分もコウだったのか。
けれど、絶対的に違うのは、互いの意思が伝わらない所。
ラッコはちゃんと分かったし、分かってくれた。
音もないのに。
途中で”息、待ってて”と伝わったから、頷いて、上を指した。
頷き返したラッコが”絶対だよ”って念を押して。
上に行ったラッコが、慌てて戻って来て”良かった、居た”と喜んでいた。
それから再び遊び出した。
途中で親に呼ばれて仕方なくバイバイするまで、ずっと。
今まで人間と遊んだ事よりずっと楽しかった。
楽だった。
”行かないで。もっと遊ぼ”と伝えてくるラッコに謝りながら、ポッカリと空いた人の輪を抜ける。
自分の動きに併せて、人の輪も広がる。
まるで、自分と人間を現したよう。
手の届かない所にいる人間。
いくら近付こうとも、自分の動きに併せて届かなくなる。
人間のなり損ないの自分。
いつになったら届くのか。
それとも、黄色い丸みたいに、届かないまま、見てるだけで終わるのか。
ねぇ、雪、夜子、花音。
ここは何もなくて、自分には分からない。
みんななら、ちゃんと楽しく生きれた筈なのに。
何で分からない自分が残ったのだろう。
みんななら、有意義に感じて生きれたのに…。
自分は人間に近付くので精一杯。
でも、大変なのは自分だけじゃないと、ちゃんと知ってるから。
人間も生きるのに精一杯。
人間も精一杯なんだから、なり損ないの自分が大変なのは当たり前。
だから、誰にも迷惑掛けないようにしないといけない。
自分なんかに関わってる余裕があるなら、少しでも自身の為に使った方が有意義。
自分は一人で頑張らないといけない。
それでも。
たまになら。
少しだけなら。
弱音を吐いても良いだろうか。
「…はぁ……窮屈…重い……」
疲れた。
地球の重力は何故、こんなに重いのだろうか。
周りの人間はそんなもの気にもしていない。
耐えられない自分はどれだけポンコツなのか。
時々、嫌になってくる。
一人耐えている事に。
昔は、仲間がいた。
いたのに。
なんでみんないないんだろう。
「……俺だけ…か…」
みんなと居たかった。
目の前の人型が触れてくるけど、分からない。
感じない。
認識出来ない。
誰も居ない。
ムシャクシャする気分を紛らわす。
向き直った夜空に、爆ぜる閃光だけが眩しく見えた。




