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ぐうたら主の相談所  作者: 日下みる
31/63

~勉強編 1~

保育園では、一部が大騒ぎし、次第に消沈し、数日後には普通の生活に戻った。

商店街では、あの女の子は葛西の別れた女の子供で、一時だけ会いに来ていた説が流れた。

理乃はある日、忽然と町から姿を消した。

母親である彼女は相変わらず書店で働いていた。

暗い様子もない事から、誘拐や事故と言う説は浮かなかった。

彼女は今迄通り、愛想が良く、要領も良く、程よくサボりつつ仕事をしていた。

ただ、書店では以前と同じ様に無駄話は出なかった。


保育園のみんなは辞めてお家にいると思っていた。

同じ年の子で保育園を途中で辞めるのは数人いた。

特別珍しい事でもなく、子供は順応性に優れていた。


葛西は保育園と児童保育にいるのだと思っていた。

以前、彼女は仕事の邪魔になると心配している発言をしていたのもあった。

葛西は問題ないと答えたが、自重したのだろう、くらいにしか思っていない。

多少、彼女の視線が以前よりも粘り気を帯びていたので、距離を置く様にはなったが。

不倫する様な趣味もなく、話を聞く限り、そんな誤解をされようものなら彼女の夫は殴り込みに来そうなタイプである。

何となく、心に穴が空いた様に感じた葛西は新しくアルバイトの募集をした。

新しく入ったのは、近所に住む女子大生だった。

真面目で彼女とも気が合っているのか、本の話題や世間話で盛り上がっていた。

これで少しはまた店内が華やぐかな、と思いながら、人を増やしたおかげで彼女と二人きりの時間が減った事に一安心した。


そして彼女の家では、夕食の時も会話はなく、時折、空気の重さに耐えられず誰かが発言するのだが、何故か上手く会話が噛み合わず、イラつき、会話は次第に無くなっていった。


理乃はある施設へと預けられる事になった。

最初、妻が言い出した時に夫は反対した。

けれど、いつもなら怒鳴り声に負けて引き下がる妻は一歩も引かなかった。

「チビに問題はないだろう。保育園でも問題を起こしてはいない!」

託児所ではなく、完全に住居を変えての住み込みでの施設だった。

そこまでしなければならない程の障害を抱えてはいない。

娘を溺愛していた夫は大反対だった。

「それは貴方の気持ちでしょう?あの子の為には預ける方がいいの。それがあの子の為に一番良いのよ」

だからと言って、幼い子供を預けるのに。幼い子供と離れるのに納得出来る訳がなかった。

「この施設は、障害がある子を沢山預かっているそうよ。そこで障害に負けない対策や方法を覚えさせていくんだって。義務教育もきちんとしてくれて、勉強も教えてくれるって。いつでも面会出来るし、帰りたい時は帰ってこれるそうよ。ちゃんと連絡してくれるって言ってた」

確かに、今のままでは負担は全て娘に行っていた。

補う為に必要な事も自分で探し出し、思い付いた順から試していたのを知っている。

それに親は何も助けられなかった。

それどころか、危ないからダメだ。と言うばかりの自分達に対し、幼いあの子は「ママ達は知ってるから、何がダメかわかるかも知れない。でも、あたしは何がどうしてダメなのか。どうやったら大丈夫なのか経験してないからわからない。もどかしいかも知れないけど、見てて。やらせて。試してみなきゃわかんない。どうダメなのかわかんないと対策もわかんない」と、お願いしてきた。

「あたしの出来るかもしれない。を潰さないで」と。

大事に可愛がるだけが愛情ではないと。

「オトナになった時に恥ずかしい自分でいたくない」と躾が出来ない親の代わりにあの子は自分で周りを観察し、真似る事で礼儀作法を覚えていった。

犬食いが直った今では、家族の誰よりも食事マナーが良いのが娘だった。

その時の事を思い出した夫は言葉に詰まった。

必死な眼をしていた。

足りないモノだらけだと。

日々成長していた娘は、自分の成長速度に満足していなかった。

自分には教育係が教えてくれた。

でも、娘には教えてあげられる人間はいない。

娘の感覚は独特過ぎて誰もわからない。


自分達では、娘の役に立てない。


夫は涙ながらに承諾した。

そんな夫を妻は抱き締めて慰めた。

毎週会いに行こうと決めた。

さみしがらない様に。

一人じゃないんだと忘れない為に。

自分達は家族なんだと忘れない様に。

夏休みや冬休みには、何処かに旅行でも行って沢山甘やかしてやろうと話し合った。


全ては手遅れだった。


理乃は自分が売られた事を教えられた。

ここには親が手に負えず、売られた子供ばかりだと。

帰りたくても、帰ったら家族が困るだけだと。

身体に問題がない子供もいると。

金に困った親が売りに来るそうだ。

ココは良心的な研究所で、臓器売買、無茶な人体実験などは行なっておらず、純粋に研究、分析や対策をしているだけだと。

事実、ココはリハビリ施設も充実していた。

各分野の医者が常に施設内に在中しており、急な病気にも対応出来ると。

美容師も定期的に訪れ、髪の手入れまでしてくれるそうだ。

「・・・スポンサーがそんなに・・・?何の為に?」

彼女が不信に思うのも当然だった。

彼女の親にお金を渡していた。

他の子供の親も一緒だろう。

それに研究費や美容師まで呼ぶとなれば、いくら数十人しかいないとはいえ、三食も養えるとなるとかなりの額がかかる。

彼女は伊達に本ばかり読んでいた訳ではない。

父とも経済の話はよくしていた。

それに対し、研究員は彼女に告げた。

理乃の体質は非常に珍しく高価で研究価値が有ると。

もし、培養、増殖、移植が可能ならば今の数倍のスポンサーが付くのも夢ではないと。

そんなバカな話があるものかと思った。

自分はただの出来損ないだ。

価値なんて無い。

母親は自分を高く売る為にどれだけ話を盛ったのかと。

恐らく、きちんと分析やら研究とやらをすればハッキリするだろう。

今は話すだけ無駄だと判断した。

部屋に案内してくれるよう促した。

子供にこの研究の価値は分からないと思った研究員は気分を害する事もなく彼女を女子棟へ案内した。

どうやら、基本的に男女別での生活らしい。

学業や男女の組み合わせが必要な研究の時だけ一緒らしく、食堂すら別になっているとのことだ。

案内された部屋には数人の女の子達がいた。

見た目の年齢はわからないが、大きな子から小さな子供まで。

とはいえ、自分が一番年下だろう事はわかった。

研究員は一番年上であろう少女に理乃の世話をするよう言い渡し、帰って行った。

残された部屋では、歓迎されながらも、年上の少女に抱き締められた。

強く抱き締め、震えて泣いていた。

「あなたが泣くの?」

泣いている理由が理乃にはわからない。

精々この施設が自分に有益だといいな、くらいにしか思っていない。

理乃は既に、自分の為に泣く事は放棄し、その為の感情が動く事もない。

「こんなに小さいのに・・・!こんなに細くて・・・」

少女はまるで自分の事の様に泣いた。

少女もココにいるのだから、似た様な扱いだろうに。

「お姉さん、ありがと」

頬にキスを贈った。

チュッというリップ音付きで。

コレは霞沢家の兄妹が母親の趣味で躾られた事である。

「ただお礼を言われても嬉しくない!ホッペにチューして!音付きで!!」と。

兄は不器用なのか、素直に「ぶちゅ~」と音を立てるが、理乃はタイミングに合わせて舌打ちをする。

恐らく、理乃の音の出し方が正しいのだろう。

汚い音を立てるのが格好悪いと理乃が自ら考案した方法である。

母親の読んでいる漫画に書いてあった効果音と同じ音が出せる。

そんな日本人離れした対応にポカンとしか少女は、笑って歓迎してくれた。

理乃が傷付いていない事に安堵して。

まだ幼いからよく理解していないのだろうと思って。

それなら、泣いたら不信に思うと思って。

思考が既にある程度は見える理乃は、そんな自分の事ばかりを思ってくれた少女に好感を持ち、再びお礼のキスを贈り、施設のルールを教えて貰う事にした。

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