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ぐうたら主の相談所  作者: 日下みる
3/63

~従業員を紹介します~

とりあえず紹介せねば。

今のご時世、浴衣で寝る人間は少ないだろう。彼女曰く「楽」なのだそうだ。

一度試してみたけれど、楽どころか落ち着かなくて、朝には寝た気がしなかった。

「ぅー…ねみぃ…」

普段の彼女はいつでもどこでも誰が相手でもマイペース。

読める空気もあえて読まない。

相談所を運営しているくらいなのだから、空気は読めるはずなのに彼女は無視をする。

あまりの扱いの差に文句を言ったら「金払えばやってやるが?」誰が払うか!

その他大勢の扱いなんてされたくない。


「あ?マチ、香水替えたか?」


あ。わかった?昨日、一目惚れしたローズ系の香水。

大人な女性が纏うような華やかだけどキツすぎない上品な香り。

ちょっと高かったけど偶には…と奮発したのだ。

その香水を早速、今日着けてきたの。世間で流行っている女子力向上。

私も年頃だし、大人な女の色気アップを狙ったのだ。

女子力とはほど遠い所の住民の彼女が気付くなんて。

…今日、雨降るかしら。傘持って来てないわよ。なんて思った私が馬鹿だった。


「似合ってねぇ。」


よし。一発殴らせろ!


いまだにベッドの上でダラダラしていた彼女の首を絞めるべく近付く。

大丈夫。本気で締めないから。軽くだから。私の怒りの捌け口くらいにはなりなさい。

あの香水高かったんだから!そんなこと言われたら、二度と着ける気なんか起きない。

彼女はどうやら本当にダラダラ起きていただけらしく、簡単に押し倒された。

「ぅげっ」潰れた声が聞こえたけれど、そんなの気にしない。

この憤りをどうしてくれよう。

似合わないなら買う前に言って欲しい。

その場にいなかったし、無理なのは承知だけれども。

今まで着けて来た香水にはそんなこと一度も言われた事がないから、興味がないのか気付いてないのかと思っていたのに、彼女は鼻が良いらしい。

煙草の臭いが染み付いた部屋にコーヒーの薫りが充満している状態で香水を嗅ぎ分けるんだから。

着けてる私には既に煙草とコーヒーの臭いしかしない。

ギシギシとベッドが二人分の重さに耐えかねたように鳴る。

上から下にいる彼女を見るのは少し新鮮な気がした。

身長は彼女の方が小さいけれど、この角度はそうそうない。

中学の頃は髪が短かったから、男の子っぽかったけれど、今は髪が長いせいか中性的。

私のように「キツイ」と言われるような吊り目ではなく、切れ長の目元。

冷ややかな瞳。

色素は日本人にしては薄く、太陽の光が何処からか洩れているのか、

普段よりも瞳の色が淡いオリーブ色。

思わずその瞳に引き込まれる。


お客さんの中で、彼女に真っ向から見つめられた人はこんな気分なのだろうか。

同じ人間とは思えない不思議な力強さを感じて目が離せない。

何だか瞳に吸い寄せられる…


「オイ。俺の上はそんなにイイか?真面目なマチコちゃんはどこに行った?」


はっ!?


慌てて離れる。気づかない内に顔を近付けていたらしく、少しでも動いたらくっついてしまいそうなほど至近距離に彼女の顔があった。


「ち、ちちち違っ!そんなんじゃないわよ!私はこらしめようとしただけでっ!」


ニヤニヤ見てこないで。

両手で頬を覆い、少しでも顔を隠す。顔が熱いのは怒りのせいよ。

意地が悪い顔とはこんな顔を言うのだろう。


「こらしめる…なぁ?随分と変わった方法だな。ツラ見てただけだろ」


う。うっかり魅入ってたのがバレてる。

私がこんなに慌てているのに、された側の彼女はいつもの気怠い雰囲気のままだ。

少しは慌てるなりビックリするなりしないの?!


「お気に入りだったの!初めて使ったの!怒ってたから夢中だっただけで、そ、そんな変な意味じゃないもの!」


確かに押し倒したけど。

ベッドの上だし痛くないだろうと加減なくのしかかりましたけど!


「やれやれ。真面目なマチコちゃんが朝っぱらから人を押し倒す様になるとは、

 月日は人を変えるな」


誤解よ!!結果的に客観視するとそうなってただけで、私はそんなつもりなかったもの!そりゃ、ちょっと脱線して観察しちゃったけど。そんな意味で押し倒したわけじゃないし。新鮮で楽しかったと言えば嘘になるけれど、それは偶然の産物というか狙ったわけじゃなくて。

慌てすぎて思考がまとまらない。え?私何した?あれ?起こしに来て、香水馬鹿にされて…

あ。思い出したら腹立ってきた。


「風呂」


私の怒りが再燃する前に先程のことなんて何でもなかったようにお風呂場へと消えた。

実際、彼女にとっては気にするほどのことではなかったのだろう。


途端に部屋の空気がガランとした。

怒りもすべて消えてなくなるほどの虚無感が部屋の空気とシンクロしたように押し寄せる。

押し倒してしまった。長い付き合いではあるけれど、こんなことは初めてだ。

小さくて細いのは見たらわかるけれど、思っていた以上に華奢だった。

肉付きもどう頑張ってお世辞を言っても良い方ではないスマートな身体。

顔も併せて中性的に拍車を掛けている。

女子力なんて頑張ってもニューハーフにしか見えない気がする。

けれど、寝起きの潤んだ瞳と薄っすらと赤らんだ頬に軽くよせられた眉、着崩れた浴衣。

細い首、浮き出た鎖骨は私よりも遥かに色気があった。

首を絞めた状態に何を言ってるんだ、という話だけれど。何だか顔が熱い。


そうだ。今の内に換気をしよう。

お風呂上がりに一服するから無駄と知っているけれど、風を浴びたら少しは今の混乱した頭は落ち着く気がする。

こんな状態で彼女に思考を読まれた日にはたまったものじゃない。

彼女は経験からか、元からなのか、ほんの少し人柄や性格さえ分かれば人の思考が読めるのだ。

ガラガラと少し重い窓を開ける。窓に付けられた鈴がチリンと軽やかな音を立てる。

青空がいっぱいに広がった空を見て、今日も一日晴れかな、なんて思ったら落ち着いてきた。

ついでにカーテンも開けてしまう。

いくら日が出てるとはいえ、締め切っておくよりは明るい方がいい。

コーヒーはもう淹れてしまおう。

猫舌な彼女には、お風呂から上がって来たくらいがちょうどいい温度になっているだろう。

当然、自分の分も淹れる。

テーブルは事務所区域にしかないので、事務所に移動。

十分ほどで上がったらしい。お湯に浸かるのも面倒だったのだろう。

私の入浴時間と比べると半分以下の時間しか経っていない。

今日日(きょうび)、男性の方が入浴時間が長いんじゃなかろうか。

ガシガシと乱暴にタオルで髪を拭きながら、細身のジーンズにタンクトップ姿。

裸足でペタペタと歩いてくる。居住区は事務所続きのため、土足OKだ。

慌ててスリッパを渡すと、少し嫌そうな顔をされた。

お風呂上がりに靴下を履くのも嫌なら、スリッパも嫌い。

知ってはいるけれど、掃除をしている私に言わせて貰えば、マメに掃除しているとはいえ、私が先ほどから土足で歩き回っているので汚いと思う。


「で?今日の依頼は?」


ベッド横のチェストからノートパソコンを出し、事務所のテーブルへ。

コーヒーを飲みながら電源を入れ、起動時間に煙草に火を着ける。

事務所は禁煙にしたいのだけれど、事務所を禁煙にしたところで煙草臭い本人がお客さんの目の前にいるのだから大差ない、と諦めた。

それでも換気扇は回す。空気清浄機には今日も頑張ってもらうしかない。

機嫌が良い時は換気扇の下とかベランダで吸ってくれるのだけど、今日は機嫌が悪いらしい。まぁ、今日の依頼を考えたら仕方がないのかもしれない。


「子供の進路についてが一件。夫婦の問題についてが一件。」

子供と言っても大学受験の進路なのでそこまで子供ではない。

後者については詳細は直に。と言われたため、詳しくは聞いていない。


「アホくさ」


それを言ったらお終いでしょう。

ウチの事務所は一人当たり三~四時間を配分している。

実際には長くても三時間で区切る様にしているが、話が長くなったり、間に食事を入れたり等の理由もあるけれど、お客さん同士が顔を合わせないようにする為というのが一番に置かれている。

その代わり少々お値段が高いのだけれども、じっくり話せること、ご近所さんに話をするのと違い情報が流れないこと、下手な病院に行って一時間待ちをしたにも関わらず、数分適当に話を聞かれた上に鬱病だのなんだのと言われ、高い診察料と薬代を取られた挙げ句に薬漬け、ということがないこと、占い師に話よりはということ、口コミがメインと言っても、ネット上でのソース不明な口コミではなく、経験者の身近な人から聞いて…というお客さんばかりなので問題になったことはない。

依頼を受ける際にきちんと説明するのも問題になっていない要因だろう。

実際、値段を聞いて断る人も多いが、彼女は気にしていないようだ。

この値段を払ってでも相談やら話がしたい人が来ればいい。という姿勢らしい。

「安い金で愚痴なんざ聞いてられるか。逆に高い金払ってまでつまらん世間話する馬鹿もいねぇだろ」というのが彼女にとっての高い相談料の二重構造。

完全予約制な上に一日に二、三件しか請け負えないので、繁盛して数ヶ月待ち。

なんてことにはしたくないそうだ。

たまに企業の新人研修を、という依頼が来るが全て断っている。

その代わり、人事部の会議やコンサルティング会社の新人研修内容の相談は割高で請け負っている。

その結果、新人教育について個人で相談してくる人もいるが、やはり割高にしている。

元々は彼女の知り合いからの紹介のみだったことを考えると人数はかなり増えた。必要なくなった人は来なくなるし、拒絶された人もいるので、そこまで増えていないのが救いだろうか。

心療系の人やカウンセラーの人への料金は別枠に設定してある。

勉強や情報交換なども兼ねるため、ケースバイケースになっている。

彼女に言わせると「そんなに働きたくねぇ面倒くさい」などと言うが、お客さんにはとても真摯だ。

褒めると苦虫を食べたような顔をする天邪鬼。

「頭湧いたか?」とまで言ってくるのだから筋金入りだろう。

この事務所を立ち上げる前は普通にOLをしていたらしいけれど、

どう考えても問題児一直線。

初歩の経済学の資格を持っているし、OL時代の仕事内容の結果、経営に詳しく、

人事や経理まで絡めて法律関係も把握、心理分析が得意な部下や同僚なんて扱い辛いことこの上ない。

実際に何度か奇妙な人間関係トラブルで辞めた事もあったらしい。

親に監禁される前に逃げて来た、と言っていたけれど詳しくは話してくれない。

彼女から家族と連絡を取っているという話も痕跡やその場に遭遇した事もない。

私がいなかったら、一人ぼっちだったんじゃないかな、というのは自惚れだろうか。

主人公、性格悪いですね。

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