未定稿3(仮題 父との遭遇)
「ラーメンたーべたい」
「は?」
「うーまいのたーべたい」
「おやすみ」
「ぶー」
昼休みの教室に、矢野顕子には似ても似つかぬ歌声が響……くほどではない。だいいち、今時の高校生が歌う歌ではない。たぶん。
実力テスト後に行われた席替えで、俺の席は若干後ろに変わった。ただし窓際の列はそのままなので変化に乏しい。
さらに問題なのは、ちさりんが斜め後ろで勝ピー様は一人挟んだ前の席だという点。中途半端に近い。まぁ背後の危険がなくなったのは大きいが。
「で、何か用かね」
「うん」
「…………」
「何の用か聞いてください」
「そういうお約束は嫌だ」
「ぶー」
我が想い人であらせられる――何となく高尚な表現を使ってみた――えーこは、廊下側の中ほどに移った。横の列はなんとびっくり、俺と同じ。だけど残念ながら何のメリットもない。くじ引きに不正があったと疑われても仕方がない。
「で?」
「ラーメンたべたい」
「い、た、べ、た、ん」
「暗号にはなってません」
「それは失礼」
ともあれ離れてしまったのは事実。まぁ別に教室の中にいるからいいや…とあきらめたわけだが、ここでもう一ひねり。
俺と勝ピーの間に座った女子は、えーこと親しかった。つーか、俺をいつもからかう一人だった。密約が交わされるのは当然の成り行きだった。
そんなわけで俺は今、豪勢な弁当をぱくつく女と向かい合っているのである。
「で?」
「ラーメン…」
「で?」
「……もう言った」
取り決めによれば、週に二度ぐらいこの席はえーこに譲られるらしい。
ついでにその日だけは、勝彦様が遠慮なさるらしい。さすがにえーこを挟んで三人で食うのは無理がある。やめた方が無難だろう。幸か不幸か勝彦の隣にプロレス者がいるので、時々思い出したように奇声が響いている。
「………」
「……………」
「………」
「…………」
「……揚げあんパンは我が国が誇る文化だな」
「うん」
ちらっと真ん前の顔を覗いて、パンをかじる。
えーこが本気なことぐらい、最初から判っている。冗談なら歌うはずがないのだ。
「三人というのも検討中です」
「誰と…」
「………」
言い終えた時には三人目の見当もついた。
今さらこんな話を出してくる執念深さに戦慄しつつ、最後の一口。えーこの手作りお弁当を食す会なら何の迷いもないのだが、一度っきりで終わったままだ。
「一応尋ねておくが、行き先は?」
「学校から徒歩で行けます」
「…なんだ、えーこも食いたかっ…」
「今日のヒロちゃんはすべってる」
別にボケたつもりはないのだが、そこを主張する価値はなさそうなので、とりあえずティッシュで指先を拭く。
えーこの表情はすっかり二人っきりモードになっている。昼休みの教室であることに変わりはないのだし、あまりリラックスし過ぎないことを期待しておこう。




