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川辺の祭  作者: nats_show
※未定稿、詫びなど
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未定稿1(仮題 勝彦大作戦)

 目覚めは最悪……を少しだけ期待した。しかし身体はよく動く。寝起きなのに頭も冴えている。もう眠ることに飽きたから、さっさと家を出ようとうながされるかのように起き上がる。

 窓を開ける。

 ほとんど雪の消えかかった山。心の字に見えると人は言うが、俺には見えた試しがない。やはり俺は汚れているのか。汚れっちまった悲しみなのか。

 ………。

 朝の妄想も軽く済ませて、顔を洗って飯を食う。そのついでに、次から連絡は学校に直接するよう伝えておく。どうもウチの親は勝ピーを気に入ってるらしい。家に来たのは一度で、あとは電話ぐらいしか知らないはずだ…と思った辺りで都合の悪い事実に気づき、黙って靴を履く。


「行ってきます」

「なんだもう行くのか」

「いつも出る時間だろ」


 親の疑問の意味が違うことぐらい判っているが、あえて答えたいとも思わないのでずれたままにしておく。可能な限り学校は休まない模範生。昨日休んだから皆勤賞はもらえない。考えてみれば、皆勤賞なんて一度ももらったことはない。

 どこまでも中途半端。

 別に俺が二三日学校を休んだって、何が変わるわけでもない。不良のレッテルを貼られるほど目立ってもいないし、でも勉強ばかりしてるクラスの奴とはあまりそりが合わない。

 どうしようもなく中途半端。

 だから俺は、自分より迷いがなくて、自分より徹底している勝彦と友だちであることを、どこかで誇ろうとしていた。夕食時に学校の話題を求められて困った俺は、たびたび勝ピー話を披露していた……って、そんな深刻な問題だったのか。

 ちょうどここは交差点。一度止まって深呼吸をする。お約束のように排ガス健康法を思い出して、次に停車中の車の数を数えた。その昔、沢山車の通る道は偉い道だと思っていた。まったくどうでもいい記憶である。

 ついでに一応断っておこう。

 勝ピーのことを、事実以上に脚色してしゃべったことはない。脚色なんてしたら現実離れし過ぎて誰も信じないだろう。教室で友情パワーで筋肉王子で毎日死人が出るぞ。

 …というか、俺の話にはほのかに悪意がこもっていたはずだ。それを聞いて気に入る方がどうかしている。普通は要注意指定されて終わりだ………よな?

 幼稚園の角を折れて、今度はブロック塀の隙間を数えてため息をつく。何でも数えてみるのが趣味だったが、もちろんため息の理由ではない。

 勝ピーは何をやらかすか判らないから飽きない。その辺は否定出来ない。いや、その辺を俺は無意識に脚色しているのかも知れない。勝彦がどうしようもなく魅力的であるかのように。


「ハックン、治ったのか?」

「うむ、昨日は大儀であった」

「昨日は大変だったぜ。他でもない俺様だから良かったものの…」

「へぇ」


 そんな絶望的な妄想の代償は、当人の出現であった。本来ならば妄想を盛り上げてくれるこれ以上ない状況なんだけども、逆にすべてが虚飾であったと熱を冷ましてくれる。これはこれで貴重な存在かも知れない…と、またループしかかってる。


「それはいいがハックン」

「いいのか」

「い、いや、良くはないがハックン」


 ともかく、早めに出た日に勝彦と遭遇するのは外れくじと決まっている。教室で投票があったら、満場一致に一票足らないだけだろう。もちろん一票の主は勝彦自身だ。

 まぁしかし、今日はどうしてもヤツにお礼を言わねばならない。どうせねぎらうなら早い方がいいのも事実だし、どこでねぎらおうが同じというのも事実。二人きりだろうが百人に囲まれようが、勝彦様の行動に揺らぎなど生じない。まさに不動心の男。

 む、なんだかかっこいい。

 こんなナイスガイなら彼女だって出来るかも知れない。


「もうすぐ席替えらしいぞ」

「もうすぐ?」

「テストの後だってよ」


 そんなナイスガイから新情報がもたらされる。割と重要な情報だ。

 一学期だけで替えるなんて早すぎる気もする。普通ならば、ようやく仲良くなった隣人ともう離ればなれだし、嘆き悲しむだろう。席替えを巡る悲劇は、古来伝えられるところである。


「来週ぐらいか?」

「…じゃねぇか」


 とはいえわずか三年の高校生活。二年になったらクラス替えが待ってる以上、今しか席替えのタイミングはない。それに、狭い教室で移動したぐらいではたいした悲劇でもない。

 クラス替えは……、ちょっと心配だ。そのまま残り二年間変わらないから、そこでは悲劇が起きないとも限らない。とりあえず、俺とえーこが文系と理系に別れるというのはなさそうだが。

 目の前のナイスガイは…、実は物理が得意だったらホラーだ。


「また近所だといいな」

「背後の危険がなくなるといいぞ」

「ダメだなハックン!」


 昇降口で靴を脱ごうとする瞬間に背中をたたかれ、若干よろめいた。

 俺は昨日学校を休んだばかりの病人だということを、ヤツはもう忘れやがった。いや、それでこそ勝ピーなんだろうが、とりあえず俺は腹を立てる。いつもよりきつい痺れに耐えながら。


「痛ぇぞバカヤロウ!」

「ハックン、痛みは生きてる証拠だぜ!」

「やかましい!」


 詰問を試みた結果は、何度も聞かされた決め台詞だった。

 それを言いたくて仕方ないバカに、わざわざ絶好の機会を与えてしまった。俺は自分の愚かさを呪い、嘆き悲しむ。

 簡単に術中にはまる俺は学習能力がないのか? いや違う。俺はもっと怒るべきだ!


「だからたたくなって言ってんだろ!」

「何言いやがる! レスラーはどこから襲われるか分かんねぇんだ!」

「だから背後だって判ってんじゃねーか」

「窓から石が飛んできたらどうするんだ!」


 しかし怒りを向ける先は俺以上に怒っていた。そもそも俺はレスラーではないというのに、世の中は不条理だ。それ以上怒りを持続させるほどの忍耐力もない俺は、多少の混乱を伴いつつ靴を履き替えた。これぐらいの動作なら、無意識のうちに出来る。それは偉いのだろうか。それとも俺はまだ風邪が治りきってないから、こんなバカを認めてしまうんだろうか。


「あ…」


 教室に一歩足を踏み入れた瞬間、どこからともなく漏れた声を聞く。

 どんなかすかな声でも、聞き分ける自信がある。最近の俺の特技だ。


「お…はよう」

「…うん」


 しかしいざ朝の挨拶と思ったら、急に緊張してどもってしまう自分。

 おかしい。どことなく、まだ身体の動きがずれているような感覚。スローモーションじゃなく、別々って感じ。まさかゴロウか!? ゴロウなのかっ!?


「治ったの?」

「まぁだいたい」


 …………。

 ………。我ながら痛々しいギャグだった。反省。

 昨日の今日なのだ。目の前の彼女の頬は相当に赤くて、自分の顔も火照っている。当然それぐらいの自覚はある。むしろ思ったより冷静なことに驚く。


「あっさり治ったわねー」

「ま、まぁな」


 とはいえ、二人のままでは抜け出せない泥沼。いつも鬱陶しいちさりんが救いの女神に思えてくる。女神というのは相当に無理だが。


「席替えするってよー」

「知ってる」

「なんでっ!」


 いつもの会話で気分も落ちついてくる。この席順が変わったら、都合良く周りをいじれるとは限らない。案外深刻な問題ではなかろうか。


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