抱擁
旧校舎の饐えた空気。
吸えばそれだけ歳をとる。
窓の埃。
剥がれたリノリウムの痕。
見えないものはここにある。
知らない景色はここにある。
「相変わらずねぇ、えーこ」
「え? …何がですか?」
何のためにあるのか判らない、小さな中庭を過ぎる。
いつも草が生い茂るだけの、長方形の隙間。デタラメに射す日光のなせる業。
「白のシャツとジーンズ」
「あの…、あちこち出歩くんじゃないかと思って」
「へぇ」
先を急ぐ祐子さんは、フリフリのスカートではないが今すぐスポーツという感じでもない。上は白いシャツだから、隣を歩くえーことは結構似ている。注意しなければ見間違う可能性が……、あったらきっと血を見るだろう。
二人が並ぶと、ちょっとだけえーこの方が細く見える。ほんのわずかの身長差が理由ってわけでもなさそうな……って、俺はスケベだ。
「そこのスケベな彼氏も?」
「…………」
「聞いてる?」
「スケベな彼氏って誰でしょうか?」
「寝癖だらけで鼻の下伸ばしたバカ」
「………………」
いつものように繰り返される誹謗中傷に、必死に耐える姿は美しい。実をいえば、既に耐えても無意味ではないかと思われるが、そんな細かいことはこの際どうでもいい。俺は今、言われなき攻撃であることを示すべく、まずは基本のしかめっ面を決めた。ふっ。
「ヒロくんは出掛けない派でした」
「その格好で?」
「…俺はこれしか着るものないんです」
しかし耐えるにも限界というものはある。それも、遠回しにペアルックをからかわれていることに、今頃ようやく気づいたから余計に腹が立つ。その半分以上は自分に対してというのが問題なのは言うまでもない。
………。
本当にペアルックに見えるんだろうか。だとしたらちょっと鬱だ。変な名前の食器用洗剤でも買ってこなきゃいけない。いや、あれはまだ数十年先だ。
「それじゃ、今日はここで一日ですか?」
「ごはんぐらい食べるわよー」
「こんなとこでカップラーメン食ったら地獄だぜっ!」
「バカは黙ってろ!」
確かにカップラーメンだけは勘弁してほしい。我慢比べじゃあるまいし…と、今はバカな弟に同意すべき局面ではない。
祐子さんといえば、いつも我々に食べ物を恵んでくれる人である。おごりという崇高な言葉が似合うお方である。なぜそこでカップラーメンなんだ。最悪でもハンバーガー、出来ればファミレスでハンバーグステーキぐらい期待すべきではないか。
……どうも勝ピーは、姉がみんなにおごるのを喜ばない傾向があるんだよな。清川家の家計を考えての行動なら涙ぐましいが、たぶん違うあたりが世の中難しいものだ。
ともかく、今日の活動はあくまで部室で地味に行われるようだ。隊列を組んでどこかへ出掛けて調査したりはしない。俺の読みが当たってしまったぜ。ふっ。
危うくポーズをとりそうになって、格好悪いのでやめる。冷やかな視線ぐらいならともかく、必要以上に追及されては困る。判断した理由が特にあるわけでもなく、それどころか何も考えてなかっただけの結果オーライなのは内緒だ。
「姉貴、せっけんが割れてる!」
「いちいち報告するなバカ」
「なんでだ! 黙ってると怒るじゃねーか」
要するに、だ。弟は姉と一緒だとはしゃぎ過ぎで迷惑だってことだ。うむ。俺もちょっと姉がほしくなる。だからって突然増えても困る。祐子さんが増えたら……、俺は勝ピーの兄だ。悪夢だ。
久々に登る階段。世の中は広いから、再会出来たものは何でも懐かしくて嬉しい人だっているに違いない。にこやかに呼びかけたり、あるいは階段の悲鳴を聞く者すらいるだろう。
俺は残念ながらそういう人種には含まれないし、階段を擬人化する発想も持ち合わせていない。それどころか、むがぁーすむがすの大昔、ここで足を挫いた生徒がいたかも知れない。そうだ、階段は悪だ。いつか学校にエスカレーターを!
「ハックン、一段抜かしたぞ!」
「いつから競争になったんだ」
無駄に盛り上がっていく頭を無視するかのように、俺の肉体は通称バカピーの片割れと化し、歩幅を広げかけ登っていく。それはそれで盛り上がっているには違いないが、なぜだろうか、エスカレーターじゃダメなんだ。エスカレーターは老人の乗り物だ、俺たちの世代…じゃなく俺たちは階段だっ。階段があれば競ってしまうのは男の性というものではあるまいかっ!
「よっしゃあ!」
「やかましい!」
思わずガッツポーズの勝ピーに、鋭い姉の一撃。俺が勝ってたら当然俺に向けられていただろう。それでもやっぱり悔しいけどな。
息を切らして膝に手を当てる。隣で勝者も同じポーズ。両者の差は一秒もないから、次は俺が勝つかもしれないが、それは両者とも体がなまってるということだ。やはり毎日道場で激しいスパーリングが必要だ。
「ちょっとアンタ!」
「なんだ姉貴、うるせーなー」
と、いきなり勝ピーの頭を触りだす祐子さん。
ちょうど目の前に頭を突き出した弟のポーズにも問題があるとはいえ、とにかく無造作だ。ぐちゃぐちゃになるぞ。
「…ヤバいわ」
「何がヤバいんですかぁ?、祐子さーん」
「決まってんじゃ…」
「やかましい! 触るな、あっち行け!」
考えてみれば、ヤツは俺と同じでナチュラル派。崩すも何も、最初からセットしてないんだからどうでもいいんだよな、うむ。今日は天気がいい。今年のはえぬきは豊作間違いなしだ。他人事なのに一瞬記憶が飛んだふりをしたくなった。
はぁ…。
祐子さんは残酷だ。
今さら気づいたフリして弟をいじめる姉。祐子さんは残酷だ。同じ言葉を繰り返したくなるほど残酷だ。
しかもいつの間にか千聡が混じっていた。さっきは勝ピーのジョークにころっと騙されたくせに、今は何食わぬ顔で傷口に塩を塗る。絶対わざとやってるだろ。女子はハゲないから気楽だ。これは差別だ。
「ゆ、祐子さん、おはようございます」
「あら、随分礼儀正しいじゃない」
そんな空気を乱す男、それは良。
奴の余裕のなさが、今はむしろ救いだったかも知れない。俺はこいつこそ将来ハゲると信じて疑わない。いや、いい加減その話題から離れるべきだ。
「お茶菓子ぐらい用意してる?」
「え? あ、その…」
「ま、あんたには期待してないって」
祐子さんの荷物に、スーパーの袋が混じっていたことに、今ごろになって気づく。相変わらず用意周到だ。
これまでのことを考えると、地研の活動には茶菓子が当たり前だったのでは、という疑惑も浮上する。疑惑というか、確実にそうだ。ぺこぺこ頭を下げながらその袋を受け取った良は、慌てて部室へ走っていった。その後を追う千聡は、頼りない彼氏にきっと呆れているに違いない。いや、大いに呆れるべきである。
ともかく、残りのメンバーもすぐに部室へ到着。目と鼻の先なのだから当たり前だ。今さら走って何が出来るのかと思ったが、相変わらず薄汚れた部室を覗いてみれば、紙コップを並べてお茶を注ぐ良がいた。そんなことで走るのか。
後を追ったちさりんは、お菓子の箱や袋を取り出して、テーブルの中央に並べるだけ。うーむ、無意味。
「お、チョイスだ!」
その瞬間、いやしい声が響く。冷ややかな視線が一斉に注がれた先は、言うまでもなく提供者の弟である。
………危うく俺も声に出しそうだった。
チョイスは一箱だけ。あとはブルボン勢が並んでいる。なんというか、伝統的なラインナップだ。ポテトチップスがないのは残念だが、要するにちさりんの仕事には意味があった。
「姉貴、かっぱえびせんはねーのか」
「アンタね、そんな油っぽいものばっかりだからハゲんの、分かる?」
「まだハゲてねぇ!」
ふと、笑いをこらえるえーこと目が合った。それと気づいた彼女は急に目をそらし、無理矢理真面目な顔を作っている。もしかして俺に気をつかっているのではなかろうか。だとしたら悲しい。自分の彼氏ぐらい信じてほしいものだ。
ま、そうは言っても保証は出来ない。どっかのシャイニングなレスラーのように、粘れるだけ粘った挙げ句に、ある日突然スキンヘッドかも知れない。あー嫌だ嫌だ…じゃねぇ、忘れろ。
部屋の隅で窮屈そうに肩を回してから、いつもの並びで背もたれもない椅子に座る。古くさい電車のモーターみたいな音を立てて、年代物の扇風機ばかりが自己主張する真夏の地研部室は、とりあえず狭苦しい上に暑い。まるでいつもと同じ感想だ。
自分が一脇役でしかないという、重大な相違点もあるわけだが、今までだってあんまり当事者意識はなかったからこれも同じ。ダメじゃん。
「それにしてもねー」
「え?」
「まさか自分が新生地研の誕生に立ち会うとは」
…………。
祐子さんの感慨は、判ると言えば判るし、判らないと言えば判らない。とりあえず、何か返そうにも言葉は思い浮かばない。
いや。
とりあえず、その新生地研という部分には大いに引っ掛かるわけだ。なんたって、絶対に部員ではない俺たちも含まれているのが明白なのだ。どうも俺たちは、良と祐子さんの壮大な策略にはまっているような気がする。
「集まったと思います」
「じゃ、始めましょうか」
まぁ少なくとも俺は、みんなをゴロウで振り回したのだから、文句は言えない。それに、人数は大幅に増えたけれど、去年まで良やちさりんとやっていたこととあまり変わらないのも確か。その辺は、もしかしたら今日一日で変わってしまう印象かも知れない。まーどーなることやら。
全員――瀬場さんは仕事で欠席――がいつもの位置に着く。静まりかえった部室で、カラカラと扇風機が回転する音。まるで何十年も続いているように、この古ぼけた景色に溶け込むのはなぜだろう。たかが十数年生きただけの俺たちなのに。
「まず、今日の予定について」
「はい、よろしくお願いします」
「あんたねー、研究会でそんな態度はダメ」
「は、はい…」
いきなり叱られる良。毎度のお約束って感じもするのは、良の学習能力に問題があるのか、それとも祐子さんがきっちりツッコミどころを探せるからなのか。
丁寧な言葉を使うのはいいが自分を先生と見るな、とにっこり笑う祐子さん。なんだか以前にも聞いた気がする。じゃあやっぱり良がダメなのか……とも言えない。それは単純に、俺たちにとってはものすごく難しいことなのだ。返事に詰まった良を見て、祐子さんはさらに語る。たぶん俺たちの戸惑いは織り込み済みだったのだろう。
なぜ、こうやってみんなが集まって一つのことを調べるのか。ただ何かを調べたいだけなら、一人で図書館に行けばいいと、祐子さんは良に向かって言う。良は少しの間をおいて、わずかにうなずいた。隣でちさりんは首を傾げてるし、えーこは無表情。俺もよく判らないから黙って見てるだけ。
「ツルとゴロウで何度集まっても、それだけじゃ研究会にはならないの」
「……どうしてですか?」
「二人のことが分かってしまったらおしまいでしょ?」
「は……、はい」
要するに研究会というのは、一つの目的が終われば解散するものではない。祐子さんの言いたいのはどうもそういうことらしい。
言われてみればそんな気もするし、でもまだよく判らない。学校の部活なんだから、今の地研みたいに実質は活動してなくとも解散にはならないわけだし、でも祐子さんのいう新生地研はそういうのじゃないし。
俺には地研として活動する自発的意志がないのだから当たり前だ。そういうことにしよう。
「良」
「は、はい」
そんな空気を感じただろう祐子さんが、良を呼ぶ。その声だけで、次の質問が難しいものになると予想出来てしまう。授業中の先生の声でいつも鍛えられてる俺たちは、たぶん漏れなく易者になれる。
定期的に生暖かい風。波打った本、いつのものか判らないカレンダー、錆びた扇風機のカバー。停滞とか沈滞とか、そういう言葉をイメージにしたらこんな景色に違いない。俺の頭の中も、そんな感じ。
「地域文化を知って何をしたい?」
「何を……ですか」
「ヒロピー、後ろの棚のノート取って」
「えっ、…はい」
いきなり名前を呼ばれるとびっくりするぞ。この時間は数学の授業並みに目をつけられたくないのだ。
一度大きく息を吐いて、立ち上がる瞬間に彼女と目があったが、何の反応もない。さっきまでのえーことは別人のように、話題に集中しているらしい。なんとなく一旦視線を落として、それから後ろの棚を漁る。
木製の棚は下半分が閉まったままだ。別に鍵はかかってなさそうだが、埃まみれなので出来れば触れたくない。良も部員を自称するなら掃除ぐらいしろと、アリバイ程度の立腹の後、避けるように上方のガラス戸を見る。そこには数冊ノートらしきものがあった。
「あ、それそれ」
「はぁ」
開くだけでガリガリ音を立てるガラス戸の向こうから、分厚い表紙のついた手前の一冊を手にした瞬間、祐子さんが声を挙げたのでそのままさっと渡す。表紙に何か書いてあったように見えるけど、かすれてよく判らない。
俺が席に戻るよりも早く、ノートをめくり始める祐子さん。ぼんやりと眺める視界の端に、困惑した顔の良がいた。何が起こっているのか判らないのは仕方ないにしても、祐子さんは親切な人だからきっとどうにかしてくれるだろう。相変わらず背負い込む奴だ。
「あ、これだ」
「え?」
「しゃきっとしなさい!」
「は、はい」
祐子さんに思いっきり背中を引っぱたかれて、情けない声をあげる。それが唯一の部員だってのはギャグだ。
なんでここまでガチガチなんだ。結局、いつまでたっても叱られるのが怖い優等生なんだよな、良は。
「えー、我が地域文化研究会は、先人より伝えられた年中行事や伝承、昔話の意義を明らかにし、地域のさらなる健全な発展に寄与せんことを目的とする」
「…………」
「聞いた?、良」
「はい…」
この狭い部室で祐子先生…じゃなく祐子さんの声が聞こえないわけはない。
が、どう反応したらいいんだろう。真剣な表情だった隣の彼女すら、少し困った感じで首を傾げている。良は言うまでもなく硬直中。
「今のは後半が重要なの、わかってる?」
「地域の発展ですか?」
「そう。そういう大きな目的があるから共同で調べるってこと」
「はぁ」
相変わらず煮え切らない返事の良。ただしその態度は俺たちを代表しているのだが、やはりどこかで自分は傍観者になっている。あくまで良以外はおまけ、地研部員ではない。自分で結論を見出す必要はない。それももしかして、この場を逃れる言い訳?
「良」
「はい」
「たとえばあんたは転校生だったから、余所者だって負い目から地研に入ったかもしれないけど」
「え、それ…」
「話はまだ終わってない。そういう理由では誰も協力しないから、建前でももっと大きな目標を立てて、自分も騙されなきゃ地研は復活しないでしょ」
さすがに今度は返事もなかった。
良が地研に入った理由は、実際祐子さんのいう通りだろう。少なくとも、俺に近づいて一緒に自転車であちこちへ出掛けた理由は、確実にそうだった。良自身が口にしたことはなかったけれど。
カッコマンの良は、負い目を感じてることを隠しがっている。正直、とても隠してるとは思えないのに、指摘されるのを嫌がる図々しい奴だ。要するに、自分は負い目を感じてるというポーズが欲しかっただけだ。
「祐子さん」
「なぁに?、遠慮しないで」
そんな一瞬、沈黙を破るのは俺の彼女。
えーこが口を開くと緊張する。別に、彼女の声自体に緊張感はないのだが。
「目標は今から作ってもいいんですか?」
「もちろん」
「え?」
声を発したのは良だけだったが、えーこが積極的な発言をすることには俺も引っかかりがある。まるで部員のようだ。自分には目標があるみたいだ。
「復活ってのは昔と同じってことじゃないでしょ、良」
「は、はぁ」
「地研の存在意義は部員が作っていくしかない。私たちだって、あんなお題目で集まってたわけじゃないの」
祐子さんは立ち上がっていた。今に始まったことじゃないが、けっこう熱血な人だ。その辺は弟と似ている…って口にしたら各方面から非難の嵐だ。
それから祐子さんが話し始める、かつての地研の活動内容。青年団と協力して、昔の形を取り戻していく。誰にも意味が判らなくなっていたことを、古い資料を読み解いて発見し、伝えていく。そうして、地方の祭はその本来の意義を取り戻していく……。
以前にも聞いたはずだけど、さっきのお題目と合わせて聞くと、本気で「地域のさらなる健全な発展」を目標にしていたんだと判る。好きだから、興味があるから調べるのとは全然違う。自分がやりたいかはともかく、地研ってすごい部だったのかも知れない、と一瞬騙されてしまう。
「まぁそれは失敗したから、今さら同じことやってもらっちゃ困るわけ」
「で、でも地元の人たちは感謝してるんじゃ…」
「良」
「はい」
「なぜ失敗したのかわかってるでしょ?」
「え…」
「ツルとゴロウの時を思い出せば」
意地悪そうな目はなぜかこっちを見ていたので、俺はとりあえず困った顔でえーこの方を向く。すると彼女はくすっと笑いながら祐子さんの方に頭を向けた。これはもしかして三角関係では。
………バカな話はおいといて、だ。
「今は昔とは違うから…」
「………」
「ただ戻すんじゃなくて、ふさわしい形にするってことでしょうか」
「ま、それぐらい気づかないで地研部員はつとまらない」
それぐらい気づいてる人間がここに何人もいるのか疑問はある。俺自身も含めて。
まぁいいや。俺に地研部員がつとまらないなら、それは歓迎すべきことだ。
「姉貴!」
「何よ」
「瀬場もわかってたのか?」
「あれは肉体労働専門」
大袈裟に頷く勝ピーが馬鹿馬鹿しくて吹き出してしまう。俺一人ではなく、姉弟以外は全員笑っていた。よく考えたら非常に失礼だが、良の緊張感が少し解けたからオッケー……って、勝手に結論出していいのかよ。
一息ついたところで、祐子さんはカバンからプリントを取り出して配り、みんなは筆記具を並べる。みんな…と表現した以上、とりあえず俺も取り出して、ざらつく紙の歪みを気にしながら視線を落とす。左上には大きく「民俗学調査の方法」と手書きの文字があった。
「じゃあとりあえず読む」
「は、はい」
祐子さんは立ったまま叫び、隣で良が答える。なんか変だ。というか、祐子さんはやっぱり勝彦の姉だ。これ以上考えるのはよそう。
良は座ったまま、ゆっくりとプリントに目を落とし読み始める。B4の紙の左右には、横書きの文字がびっしり書かれている。誰の文字だろう。古くさそうなプリントだなぁ、とぼんやり眺める。
「昔話については、名彙や集成、大成などを元に一覧を作成する。過去の調査記録がある場合は……」
相変わらず抑揚のない良の声。眠気をこらえるためにチョイスに手をのばす。
親切なちさりんの手で開けられていたチョイスの箱には、まだ一枚分の隙間しか空いてない。その隙間を埋めていた一枚は、親切な女子生徒の左手に辛うじて存在するものの、既に大きくその形を変えている。なのに当人はそんな変化に全く関心がなさそうで、ひたすらプリントの文字を追うばかり。ちょっとだけチョイスに同情する。
「調査前日には、グループごとに調査先のデータを確認し…」
いかんな。チョイスに情けをかけても眠気はおさまらない。
一口さくっと囓って、再び自分のプリントを眺める。たちまち喉に乾きを覚え、紙コップのお茶に手がのびる。チョイスは粉っぽいのが玉に瑕だ。いや、俺たちはそんなことすらチョイスの魅力と信じて疑わない……のはこの際まったくどうでもいいぞ。
ふぅ。要するに良の声が悪い。すっきりと結論が出たので、黙ってプリントの文字列を追う。良が読んでいるのはまだ左半分だったが、実をいうとほとんどを俺は読み終えている。いや、詳細を問われれば困るけど、基本的には調査のパターンが書かれてあるだけだから、今はそこだけ確認すれば良さそうに思えた。
要するに、まずは調査済の報告書を探してそれらをまとめ、現地の役場や教育委員会に連絡をとる。そうやって調査の日時と対象者を決める、と。それはまぁ、当たり前なんだろうな、と思う。教育委員会なんてふだん何をしてるのかすら知らないし、連絡して役に立つかまでは想像つかないけど、飛び込みで調査するわけもない。知らない家にいきなり押し掛けるのは、やらせのテレビ番組だけの特権だ。
一覧表の細かい文字までクソ真面目に読む良に苛立ちながら、周囲を見回す。既に腐ったマグロのような瞳の勝ピーはおいといて、他は黙ってプリントを見ている。あのショーすらも、もぞもぞ手を動かしたり何か歌ったりもせず、大人しく眺めている。不思議な景色だ……っと。
「………」
「…………」
小突かれた。軽く頭を下げて、自分のプリントを見る。
ちょっと悲しい。
俺は不真面目だったのか? まぁよそ見をしてると言われればそうだが、良のスピードが遅すぎる。別に俺じゃなくとも、とっくに読み終ってるだろう。次から次へと言い訳が浮かぶけど、まさかこの場で主張するわけにもいかず、ただ悶々とプリントを見る。右側には過去の記録が書かれてあった。日付を見たら、五年前。祐子さんの現役時代だ。
「はーい、お疲れ良」
ようやく読み終わる。祐子さんの声とともに、ふっと部室の空気が変わった気がした。それは教室でいつも感じるもの。チャイムが鳴った途端に、どうしようもなく息苦しかった身体が突然開放されてしまう、あの感覚は単なる気のせいなんだろうか。
「ちょっと補足しとくと、名彙ってのは柳田国男がまとめたやつ。知ってる?」
「え? ……いえ」
良はかなりおどおどしていたが、知らなくて当然だと祐子さんは笑う。柳田国男の名前なら、いつも図書館で調べてるから俺やちさりんですら知っている。けど、名彙というのは読み物ではないから、そういう目的がない限りわざわざ目を通す人はいないらしい。
で、集成とか大成というのは、後の研究者がまとめた昔話のデータベース。大成は中央図書館にあって、集成はとある中学の図書室にしかないという。祐子さんたちは顧問を通して、わざわざその中学まで調べに行ってたそうだ。
というか、その中学はえーこの通ってたとこだった。もちろん、本の存在を彼女は知らない。一年ほどしかいなかったという言い訳も可能だが、たぶん何年いたって同じことだろう。
「あの中学で社会を教えてた人が、そういうの好きだったの。もうだーいぶ前に退職したから、えーこは知らないだろうけど」
「……名前だけは聞いたことあります」
「二度ぐらい会ったけど、典型的な郷土史家ねー。なんでもいいから自分の町が古けりゃいいって」
「自分の町?」
ぼそっと口にしたのは良。
相変わらずそういう言葉に反応するんだな。
「隣の市の生まれだから、だいたい五分に一度は自慢話。自分の家は武士だったとかいろいろね」
「はぁ」
「面白いこといろいろ知ってるのに、全部台無しなのよねー」
とめどなく続く昔話は、ことごとく否定的なものばかり。四、五年前に数回会っただけで、よくもこれだけ批判出来るものだと感心してしまう。この調子なら、俺たちのことなんて一人あたり数時間はかかるだろう。
忍耐の訓練にはいいかも知れない。ただし俺はお断りだ。
「良、あんたはどう?」
「……生まれた町が褒められたら嬉しいです」
「今住んでるとこと比べたら?」
「それは…」
黙り込む良。言われてみれば、奴にとってどちらが上位になるのかは聞いたことがなかった。
…もっとも、聞いたことがないのは当然だ。俺自身には比較する理由がないし、そこまで良にこだわる気もなかったからな。
「ショーは? 二百年前はここより村の都会の方が人口多かったりしたら」
「んだんが」
「まさか」
身を乗り出したまま固まるショー。祐子さんはいちいち罠にはめるから油断がならない。
ともかく、目の前のポーズはショーが何を思ってるのかを雄弁に物語っている。村の都会どころか、今なら村全体でもこの市の十分の一にすら届かないのに。
「誰だって自慢したいもんよ、ねぇ」
「んん…」
「伝説なんて、そうやって誰かがついた嘘かも知れないんだから」
「沓喰五郎がここに来た、みたいな話もですか?」
「実在した根拠はどこにもないし、これから探したって出ないでしょうね」
奥州に勢力を張った名門の一族が逃れ住んだなら、それはその村にとっての誇りだし、自慢の種になる。地研がそういう話を見つけて、村の誇りが増えるなら立派な地域貢献なんだ、と祐子さんは語る。
なるほど…と思えなくもないが、釈然としない。
「でもそれって、結局騙してるようなものでは」
「かもね、ショー」
「ん、んが…」
意地悪な祐子さんの視線に、顔を背けるショーは物珍しい。
けど、実際さっきの嘘となんら変わらないのは事実。
「問題はねぇ、嘘だって結論を出すしかない方法になってるってこと」
「はぁ…」
「実在したか、実際に起こったか、そういう発想で暮らしてたら伝説も昔話も生まれないでしょ」
「………」
だんだん話が難しくなってきた。時々、祐子さんの話す言葉が何語なのか疑問に思えてしまうのは、たぶん俺一人ではないはずだ。
それでもとりあえず、聞き漏らさないように気を付ける。そのうち突然判るかも知れない。祐子さんの話なら、いつか理解出来そうな気はする。数学の授業も、そんな感じで聞けりゃいいんだけどな。
「大切なことは、どうやったら騙されるのか。それとも、騙されたいのはなぜか」
「えーと…」
「たとえば弘法大師が杖で突いたら水が湧き出すでしょ」
「そ、それを信じるって」
「今も生きてるって信じるのとどっちが難しい?」
………。
宗教がらみという時点で、最初から受け入れる気のない自分がいる。
そういえば、良と一度そういう井戸を見に行った記憶はあった。こんな北の町に弘法大師が来たという記録すらないのだから、どうせなら弁慶にでもすればいい、と俺はその時口にしたかも知れない。弁慶が腰をかけた石は……、沓喰にあったんだよな。
「大師と一緒にいるって騙されたおかげで、出来そうもない修行が出来たとしたら?」
「そ、それなら…」
「ゴロウとツルだと思ったからラブラブになった人たちもいたっけ?」
ぐぇ。きつい一撃だ。
直接言われたえーこは例によって真っ赤な顔でうつむいてるが、たぶん俺も似たような色をしてるだろう。うーーーー。
…………。
「ツルとゴロウは宗教なんですか?」
「宗教っていうと話がずれるでしょうね」
俺たちの尊い犠牲の上に、祐子さんの話は続く。そうあってこそ、ツルとゴロウになった甲斐があるってもんだ。嘘だ。そんな甲斐はいらない。
仕方なく肩をぐるぐる回しながら話を聞く。教祖がいて信者がいるのとは違うけれど、ツルとゴロウの物語も、それを必要とした人たちがいたから騙されて伝えてきた。
ゴロウの話にも出てきたような胡散臭い人たちは、そういう話を広める役割を担っていた。一応は坊主みたいな格好をしてるけど、宗派なんてあってないようなものだ、と。
「ま、自分の町を自慢するだけだとしても、調査する目的にはなるってこと」
「はぁ」
「ショーが調べたら、邪馬台国の遺跡ぐらい出てくる?」
「ん、ん……」
「夜のうちに埋めといて、ギター鳴らしながら石器を掘り出すのはやめた方がいいかもねー」
「…そんだごどさねてば」
今日はすっかりいじられ役になったショー。真っ赤な顔で視線が定まらないのが面白い。実はこいつも良とあんまり変わらない性格なんじゃないか?
村の遺跡を一人でまわりながらギターを鳴らす男。なんか変だ。つーか、そこにギターが絡む必要は?
「祐子さん、質問していいですか」
「ヒロピーが?」
祐子さんの反応を見て、はじめて自分の質問に脈絡がないと気づいた。
まぁいいや。俺は祐子さんを慌てさせる男なのだ。はっはっは。
「えーと、……あの祭の時に、なんでギターが必要だったんですか?」
「さだまさし…じゃ納得いかない?」
うなづく自分。いや、納得いかないのは、そもそもさだまさしに反応した自分――じゃなくてゴロウ――でもあるけれど。
「どんどんプリントから離れていくわねー」
「…すみません」
「まぁいいでしょ。悪い質問じゃないし。良」
「は、はい」
うーむ。ここでも良に振るわけだ。もちろん答えられるはずもない。一応、奴が主役だってことを示しておきたいのかも知れない。
一呼吸おいて、それ以上の返答がないのを確認すると、祐子さんはまずチョイスを囓る。するとあちこちから手がのびて、一気にチョイスが減っていく。あーもったいない。
「たぶん、ツルって名前はギターの弦」
「え?」
「元は琵琶や三味線の弦。それを現代風にすればギターってこと」
「全然判らないです」
返答しながら隣の彼女を見る。かつてツルと呼ばれたえーこは、きょとんとしたまま祐子さんの方を見つめていたが、やがてふと顔をあげた。
「弦はツルって読みますけど…」
「ゴロウは変なフレーズを歌ってたでしょ。びえんびえんって」
「…………」
「ヒロピーは知らないか」
「さすがに」
その変な声はギターの真似だろう、と祐子さん。マヌケな話にしか思えないけれど、琵琶の口真似をする語りは実際にあるという。
元々、琵琶や三味線は魂を呼び出す道具だった。『古事記』にもそういう場面があるらしいが、俺は知らない。えーこは知ってるかと思ったけどダメ。彼女は神話の部分しか読んでなかった。それでも俺よりずっと博学だ。
で、さだまさしが選ばれた理由はともかく、ギターと歌で霊が現われるのは伝統的な方法。そして、音を出す弦は、そこを魂が通って現われるみたいなイメージだったりする。判りやすくいうと糸電話だそうだ。判りやすいのだろうか。
「祐子さんはそこまで判ってたんですか」
「そんな気がしたってだけ」
正解はないのだから、と笑う祐子さん。それはそうかも知れないけど、どうせなら頭に入れておきたかった。
―――――――なるほど。
頭に入れられたら困るってことか。なんたって実験材料だからな。やれやれ。
「さっきも言った通り。昔のままってことはないの」
「……はい」
「何が起こるか分かんないから面白いんじゃない?」
「当事者はちっとも面白くないんですが」
「いいじゃない。今は幸せなんでしょ?」
「え……いや、それは…」
「私なんてさー、わざわざ地元に帰って見れたのが勝手にラブラブな後輩なんてバカみたいだと思わない?」
……………けっこうしつこい人だよな、祐子さんは。俺だって見せたいわけじゃない…のか、最近ちょっと不安になってきた。
ともかくギターの話は、事前にショーにだけ伝えていたらしい。よりによって三味線とギターを一緒にされたことに、ショーは相当不満だったらしいが、最終的には自分しか呼び出せないというあたりで納得したそうな。何を納得したのだ。要するに自尊心を満たしたってだけじゃねーか。
「そんなところでいい?」
「あ、はい。……ありがとうございました」
ふっと息をついて、チョイスに手をのばそうとしたら隣の腕に邪魔された。その間に、反対側からも数本の腕がのびていく。
なんていやしい奴らなんだ。
義憤にかられながら、再びのばした先に残っていたのは空箱。正確には、一枚の四分の一ぐらいがその名残をとどめ、周囲にはビスケットの残骸が散乱する。酷い。こんな酷い光景があろうか。
「ヒロくん」
打ちひしがれた哀れな男にかけられた声は、親切にもさっきは妨害していただいた当事者のもの。そしてとっても親切なことにさっきは妨害しやがった彼女は、目の前に何かを差し出したのだ。
…ルマンド。その名はルマンド。しかもなぜか二本。
ますます悲しい気分になったが、かといってルマンドに罪はない。それどころか実はルマンドもかなり好きだったので、親切な彼女の彼は黙って手渡しのお菓子を受け取った。
…………。
こんな姿でも、第三者にはラブラブに映るのだろう。実際、ラブラブなんだけどさ。
「チョイスばっかり食うのはウチのバカぐらいだと思ってたわ」
「姉貴は味覚が狂ってんだ」
「いいから黙ってピラミッドパウチでも食ってな!」
聞いたこともない菓子の名前を出されて、ひきつった顔の弟が妙に面白いから、チョイスの悪夢は忘れてしまった。それに、ルマンドは油断するとバラバラに崩壊してしまうから、邪念を捨てて集中しなければならない。勝ピーはそれが面倒だからホワイトロリータ派に違いないのだ。
「プリントに戻って、………誰か言いたいことは?」
「…あの」
「積極的でいいわね、えーこ。彼氏の影響?」
「違います」
まるっきりの言いがかり。とはいえ、何もそんなにはっきり否定しなくてもいいじゃねーか、と思った。
もちろん、彼女が積極的なのは今に始まったことではないし、すっかり部員になりきってる雰囲気なのも判ってはいる。それは絶対に俺とは関係がない。
「えーと、……事前に打ち合わせして「この話が伝わってるそうですが」って聞いたら、「あります」って答えられるだけじゃないでしょうか?」
「あー、いきなり核心をつくわね」
「………」
「そこは良をいじめるネタだったのに」
名前を出されて顔がひきつる良。今さらそんなことでびびるなよ。
それはそうと、随分難しい質問をするもんだな。慌ててもう一度プリントを拾いあげる。ルマンドの破片を思わず口に運ぼうとするが、ここはそういう局面ではない気がしたから包みに払いのけ、真面目な顔を作って文字を追う。
祐子さんのことだ、えーこの質問を俺に振るぐらい予測の範囲だぜ。彼氏彼氏って言われるのは、そんなに嫌じゃないという噂もあるけどな。
「伝統的な方法だと作業化するのよ、どうしてもね」
「作業化?」
「実際、ほとんどの場合えーこの言う通りだし」
祐子さんはちらっとこちらを見たけれど、特に振りもせず自分で答えていく。ちょっと拍子抜けした。話を聞いてみればすぐに、俺たちに答えることなど土台不可能なものだと判ったけれど、いつもならそれを判って振る人だからな。
昔話なんかの調査マニュアルは、手っ取り早く全国で同じ調査が出来るように作られた。だから高校生みたいに専門知識がなくとも出来るのだが、その代わり、素直にやれば全国どこでも似たような結果になる。そしてそれは、似たような結果が出ることを研究者が望んだからだ、とも。
「なんで望むのか分かる?、ちさりん」
「わ、わたしに分かるわけないですっ」
「だからといってえーこが分かるってことは?」
「…ありません」
苦笑する彼女。
もちろん俺も判らん。判る方がおかしいだろ。
「要するにねー、同じ伝承が全国各地にあれば日本は一つの国だって言える、それだけ」
「はぁ」
「あらかじめ結論があるから、そのために調査する。まー学問とは言えないわね」
………これって、いきなり活動を否定されてしまったのでは?
うーむ。
行き場のない視線は良を探し、気がついた時には周囲もみんな奴を見ていた。
「もっともねー、早く調査しなければ忘れられてしまうっていう危機感もあったの」
「…はぁ」
「ま、マニュアルなんてただの取っかかりだから。聞く側の気構え次第でどうにでもなるでしょ」
すると今度は優しい言葉。集まった視線がばらばらに散っていく。祐子さんには翻弄されっぱなしだ。
どんな用意をして行こうが、相手はそんな目的なんてお構いなしにしゃべり始める。家の宝物の自慢話をひたすら聞かされることだってあるし、町長の悪口ばかりなんて時もある。その雑多な話題のどれが大切で、どれが貴重なものなのかは、後になってみないと判らない。勝手にその場で判断しないで、なんでも聞いてメモっておけ、と。
良はかなり目を輝かせて頷いていた。確かに、今までで一番地研っぽい話だったような気がする。
「ま、エロオヤジに何時間も絡まれると、さすがにいい加減にしろって思うけどねー」
「…………」
今度は一転して、困った顔できょろきょろする良。しっかり夢を壊してしまうのも優しさか? でもまぁ、祐子さんは美人だから、そうやって絡まれるのも判る気がする。白状すれば、とある人の顔が思い浮かんだ。忘れよう。
祐子さんは続いて、かなり大量のプリントを配った。さっき名前が挙がってた大成とかいう本のコピーで、「昔話の型」と書かれてある。他に一枚、清川という文字の見えるプリントも。これはどうやらその辺の資料らしい。
「ヒロピー」
「え?」
ぼんやり見ていたらあてられた。
別に今は叱られるようなことしてないぞ、うむ。
「昔話と伝説って、何が違う?」
「………」
「今思いついたこと言いなさい」
「おじいさんとおばあさんが出てきたら昔話……」
涼しくもない部室で冷や汗をかく。
というか、何も俺に聞かなくたっていいだろう。縋るように隣を見たら、にやけた顔に無理矢理皺を作っていた。これっぽっちも心配してくれない、優しい彼女だ。はぁ。
溜め息を確認したかのように、祐子さんの回答。と言ってもその区別は曖昧で、一般には固有の地名や人名があれば伝説、どこの話だか判らなければ昔話。おじいさんとおばあさんなら昔話というのは、一応は合ってるそうだ。
お墨付きをもらったのでもう一度彼女を見たら、今度はじっと祐子さんの方を向いているだけ。前略、最近はすれ違いが増えました。
「じゃあゴロウは伝説か」
「そうねぇ、この二人は今伝説を生きてるってとこ」
「ゴッチみてぇだな」
「ゴッチ?」
つぶやきながら首を傾げるのはえーこ。ぽかんとするのは良。無関心なショー。冷やかな視線を浴びせるのは祐子さんとちさりん。
プロレス者の常識を誰にでも求める困った男は、明らかに俺を見ている。そして確かに、俺はヤツの発言を理解出来ている。要するに、俺たちバカピーは世の中の鼻つまみ者だ。
「でもゴロウじゃ、生ける伝説ったって大したことねーな」
「勝彦」
「……なんだよ姉貴」
それなら俺にロングロングアゴーが取り憑いたらヤツは喜ぶのか?
いや、突然白いはちまきを…。
「あんたはツルもゴロウも笑えないでしょ」
「なんでだよ」
「妄想野郎だから」
聞き慣れた言葉に一瞬びくついた。俺に向けられたものではないことはもちろん判っているけれど、言い放つ祐子さんの目が笑っていないことにも気づかぬはずはない。俺のような不注意人間でも硬直するほどなのだから、当然のように場は凍り付いている。
姉弟は黙ったまま睨み合う。
妄想野郎なら俺のほうが本家ですよ、と適当におどけてもこの緊張は解けそうにない。
「あんたは要するに、テレビでニュースを見ただけで自分が体験した気になっちゃうのよね」
「………」
「ニュースは誰かが作った物語。それに自分の妄想が混じればその場にいた気分になれる。プロレス好きだってそうでしょ」
「プ、プロレスは関係ねぇ!」
「関係ないって、どうせ雑誌見ては妄想するだけだっていうのに? あんたがまともに見たのはみちプロだけじゃない」
姉弟ケンカは一気にヒートアップする。ほとんど一方的に弟がやられるだけで、まるでロード・ウォーリアーズみたいにハイスパートだ。観客は完全にひいている。これぞ恐怖感を植え付ける戦術…なわけあるかよ。やれやれ。
それでもたぶん、俺が一番落ち着いているだろう。馬鹿馬鹿しくともプロレスとして見れるからな。
「あんたのリアルは、東北の英雄とかいう人のつまんない試合見て動揺した。それだけ」
「う、うるせぇ! あれはケガしてたんだ!」
「ケガしたから取ってつけたように机壊すって?」
つーか、祐子さんってもしかして詳しいのでは? いや、単に観察力があるってことか? プロレス観戦だって、事前に情報を仕入れて見に行くんだから調査と大差ないような気もしてきた。もしかしたら新説かも。
冗談はともかく、さっきから祐子さんが苛立っていることにも、密かに同意する自分がいる。その辺が、他より俺が落ち着いている本当の理由だと思う。
勝彦のプロレス話はほとんどが週プロやゴングを読んだ上でのものだし、雑誌に書かれてある内容にヤツの想像を加えた物語は、あまりリアリティがない。最強の敵を倒したと思ったら、次の最強が現われるマンガのように。
もちろんプロレスには元々ストーリーがあるのだし、それを嘘だと思えばリアリティなんて初めから存在しない。――いや、リアリティがあるかどうかなんて、最初は判断しようもなかった。それほど熱心に見ていたわけでもないし。
「そういえば、全然声の出ない自称演歌歌手もいたっけ?」
「ぐっ、それは…」
「アンタ、演歌嫌いなのにねー」
深夜のテレビに映る試合は、どれも十分かそこら続いて勝敗が決まり、そのままCMだったり聞き辛いマイクだったりするけれど、次に見た時にはほとんど忘れている。中学の同級生に、勝彦と同じぐらい詳しい奴がいたから、誰と誰に因縁があって、何月何日の試合で決着がつくとしつこく聞かされたものだが、自分の見た試合がどれを指しているのか判らなかった。
ただ、ようやく選手の名前を覚えてみると、同級生に聞かされたイメージと実際の試合が全然違っているのでは、と疑問に感じはじめた。しょっぱいしょっぱいと繰り返し磨り込まれていた中西の試合がなぜか面白かった時は、俺の頭がおかしいのかと思った。
「じゃあどうしろってんだよ! 他に見に行けるわけねーだろ!」
「隣の市に来たって行かないのに?」
「あ、あれは天気が悪いって父ちゃんが言うから」
けど………。
それをここで指摘する意味はなんだろう。目の前で展開されているやり取りは、どんどん一家庭内の話題に変わっていく。一軒家プロレス? もうプロレスではない。ツッコミの入れようがないぞ。
「祐子さん」
「え? 何?」
「おなか……すきませんか?」
「…ま、叫んだってダイエットにはならないっと」
結局、収拾させたのはえーこ。実際、この状況で言葉を挟めそうなのは彼女ぐらいだからな。俺が声を出すと、プロレス者に巻き込まれる危険がある。
お約束のようにきょろきょろする俺の前には、さっとのびる腕。あー美しい腕だ。別にお世辞じゃなくて、細くて剛毛がないって素晴らしいと思う。口にしたら次は張り手かチョップだ。
「どこ行くんですかぁ?」
「ちさりん、あんたは川んとこで食ってくれば?」
時計は既に正午を大きくまわっていた。
いつの間にこんなに経っていたんだろう。ほとんど休憩らしい休憩もなかったのに、二時間もがんばれるなんて奇跡だ。急に肩が凝ってきた。
「で、全員自転車?」
「いえ…」
結局、行き先はファミレスになった。カップラーメンを指定されたはずのちさりんも、図々しくついていくらしい。
そして俺一人、慌てて家に戻ることになる。乗ってきたって誰にも叱られない日なのに、まったくその選択肢すら頭に浮かばなかった自分に呆れつつ、走って十分弱。汗ダラダラになって家の鍵を開けたら、そこは既に立派なサウナだった。
ん? 自転車は外の小屋にとめてあるから家に入る必要はないって?
その通りだが、もはや下着を替えずにはいられない状況なのだよ。
「うぐ…」
並木の歩道を急ぎ、ようやくたどり着いたいつものファミレス。ドアを開けた瞬間、その冷気にぞっとする。
ヤバい。
心臓発作を起こすのはこういう場所だよな。溜め息をついて、近寄る店員に声を掛けようとしたら、奥から手を振る祐子さんが見えた。
「すいません」
「わりと早かったわよー」
真夏の昼の一時。ふだんよりざわつく店内は、見るからに客が多い。それは外が暑いからであって、ここの味が劇的に改善されたわけではない…と、食べる前に結論を出すのはおかしい。肩を回しながら客席をすり抜けると、なんかBGMはサンライズって感じだ。
折れ曲った通路の一番奥に陣取る地研その他。また無茶苦茶な配置かと思ったら、空いていたのはえーこの隣である。ふと見回したら、良とちさりんも一緒に座っている。なんか怖い……と思いかけて気づく。単に部室と同じ並びだった。
そこに店員がメニューを持ってきて、全員で眺める。どうやら注文がまだだったらしい。本当に俺は早かったのか? どう考えてもおかしい。
「ヒロくんはラーメンですか?」
「ファミレスでラーメンなど自殺行為だ」
メニューを覗こうとする俺をふさぐようにのびてきた手には、タオルが握られていた。
そうか、俺は汗をかいていたのか。いや、そんなこと気づく前から知ってるけど、頼むから公衆の面前で汗は拭かないでください。お願いします。すんげー恥ずかしいって。
「胸焼けしそうだわ、ちさりん」
「えーこって、これでも我慢してるんですよー」
「…………」
メニューを検討する気分じゃなくなったので、結局勝ピーの選んだハンバーグ定食を一緒に頼む。残念なことに、勝ピーと俺の好みは似ている。単に肉が好きというだけの説もある。
お冷やを飲んでようやく一息つくと、祐子さんが話し始める。実はこれからここで第二部を始めるそうな。で、部室を片付けて少し遅れたらしい。うーむ。
別に、俺に不満などあるはずはない。なんと言っても、ここは涼しい。それにきっと、祐子さんのおごりである。ファンタスティック。
「まさか全額他人の金で食おうなんて奴はいないでしょうね」
「え?」
「ちさりーん」
危ない危ない。声が出なくて良かったぜ。
少しずつ身体を冷していくエアコンの風を感じながら、ぼんやりとさっきのプリントを眺める。他にやることもない。メニューはとっくに片付けられたから批評のしようがないし、そもそもするだけの価値もないし。
………。
なんか、どんどん部員化してるな。ヤバい。
「良はこの店が好きなんだっけ?」
「え? い、いえ、特に好きというわけでは…」
「じゃあ五郎兵衛行く?」
「………」
五郎兵衛という名前にえーこが反応してこちらを見る。反応というか、単に知らなかったようだ。なるべく冷やかされる心配のないポーズで、それが市役所近くの食堂だとささやいたら、一同の視線が集中していた。
うー。
これは必要な、やむを得ない作業ではないか。悲しくなってうつむいて、コップの周囲にたまった水をおしぼりで拭く。まったく無意味な作業だが、そのうちプリントを広げるのだと自分に言い聞かせつつ拭く。コップは既に、さっきの俺なんて目じゃないぐらいにダラダラ汗をかいていた。
「地元とか伝承って言葉に、ここは一番程遠い場所でしょ」
「は、………はい」
「町の昔を知ることと現在は別物?」
「………そうではないです」
「ダメねー、良は」
相変わらず祐子さんの攻撃は続いていた。
その雰囲気が、いかにも地研って感じに思えるのはたぶん正常ではない。かといって週に一度、部室でぼんやり座って居眠りするだけなら、我ら帰宅部と同じだが。
「そうやってすぐ他人に流される」
「………」
「というより、分かったふりしてその場しのぎの出任せでしょ。ちさりんも呆れて逃げるわよー」
「え?」
ちょうどその時、ハンバーグ定食――正確には倍ぐらい長い名前――が届く。他もすぐにやって来るかも知れないから、とりあえず俺は待つつもりだったが、向かいの席で勝ピーがさっそく箸を割っていた。
一年前は確かに、ちさりんがいつ愛想を尽かすだろうと、いつも俺はハラハラしていた。良がへまをやらかすたびに、これで終わりかなと思った。それは正直、千聡を甘く見ていたのかも知れない。もうどうでもいいや。
予想通り、間をおかずに他のメニューも届く。えーこの前に置かれた何とかスパゲッティをちらっと見て、ハンバーグを口に運ぶ。特に驚くような味ではない。そういえば、えーこの弁当はうまかったなぁ。また作ってほしいところだが、そこで早起きが出来ないのもまた可愛い……って、妄想はいかん。
「とにかく宿題ね」
「は、はい」
「ダメなら寿司屋でおごってもらうわよー」
「俺も行くぞ!」
「あんたは一人で回る店にでも行け!」
………回転しない寿司って、いくらおごらせるつもりなんだ? 地研は金のかかる部だなぁ、なんちて。
その後は黙々と飯を食べる。ちさりんは何とかスパ――えーことは別の何か――を少し残して、良が食うかと思ったらプロレス者の胃におさまった。頼まれれば俺も協力するつもりだったが、プロレス者はずっと占有権を主張し続けたので仕方ない。同レベルで争うのはさすがに俺のプライドが許さない、というのが正確な表現だ。
改めてコーヒーを頼んで活動再開。まず最初に、昼飯分は祐子さんのおごりという宣言があった。一同どよめいたのは言うまでもない。ただしどよめきの理由が全員同じかは不明である。
新しいプリントは特になし。あらためて、清川に伝わるという話が書かれた箇所を読んでいく。もちろん、ただ面白い話だから読むのではなく、どちらかといえば本の使い方を学ぶわけである。
部員ではない俺はそれも適当に……と言いたいところだが、実は結構真面目に聞いてしまう。思ったよりもこういうのが好きなのかも知れない。
「それでもクツバミゴロウはないんですね」
「川の対岸は別の村でしょ」
「あ……、そうですか」
同じ川沿いにあれば、当然交流があったはず。それでも現在の自治体が違えば無視されるから、目的地の地理関係や経済的なつながりを調べておくべきだ、と祐子さん。
この辺だったら、どんな道がどこへ通じているかもある程度は知ってるから、そんなに難しい話ではない―――とも限らないか。千聡があまりに地理に疎いので呆れたことを思い出す。
何度か通ったはずの道すら、まるで覚えていない。それどころか、自分の家から歩いて五分の近所すらろくに知らないって、どういう頭をしてるんだと思った。懐かしいと言えればいいが、たぶん今も変わらないはずだ。
「そのうち、調査の練習もしないとねー」
「練習?」
「ハゲんとこでも行ってみる?」
その瞬間、良がかなりの間をおいて頷いたのは、もしかしなくともハゲという言葉に躊躇しただけだろう。いやまぁ、ハゲってだけで誰なのか判ってしまうのも失礼だ。とはいえ、「ハゲって誰ですか」と聞くのはもっとヤバい。
地研の活動はこれで終わり、あとは雑談。雑談といっても、良はしばらく祐子さんに質問を繰り返していた。今頃になって緊張が解けはじめているようだ。
手持ちぶさたの俺は、アイスコーヒーのストローに口をつけて、解けた氷を吸う。当然のようにコーヒー本体はすでになく、今は無闇に放り込まれていた氷だけが、当初の半分以下に縮小しつつ生きながらえている。しかし、こんな空しい作業でも、わずかにコーヒーの面影を感じるからお冷やには手をのばさない。
「どうぞ」
「え?」
「それよりは残ってます」
自分のコップを差し出してくれる優しい彼女。はっきり言って、同じくコーヒーの面影はうっすらと残るのみで、ただ解けた水がたまっていた。どうしようかと俺は一瞬困り、しかし好意を無にしてはいけないと、マイストローを差し替えて吸う。
「ズルズル音立てるなって言われなかった?」
「…すまん」
もしかして俺は幼稚園児と変わらないのでは?
なんとなく悲しくなって、氷をストローでつつく。それからストローの紙袋をコップに貼り付け、ますます幼児化する自分に腹を立てた。
はぁ…。
「祐子さん、今日もすっぴんなんですか?」
「そうよー、どうせあんたら相手だし」
何をやっても叱られそうな状況で、今度は猛烈に眠気が襲ってくる。
周囲で交わされる話題が、まるで興味のないことだから余計に眠い。
「学校に行くときは?」
「ジジィ向けにちょっとだけね」
「化粧はブスがやるもんだろ」
……なんか男の声が混じったぞ。
いや、誰なのか考えるまでもない。あのタイミングでよく口を挟めるものだと感心する。
「ちさりん、このバカって女子に人気ないでしょ」
「全然ないです」
「やっぱりねー」
いつの間にか聞き耳を立ててしまった俺だが、勝彦の声は聞こえてこない。たぶんふてくされた顔で姉を睨んでいるのではないかと想像される。想像するほどの価値もない。
まぁ弟として、姉を最大限に褒めたい気持ちは判る。それに、本音をいえば俺も化粧は好きじゃない。しかしそれをああやって言い切ったらまずいことぐらい知っている。
…勝ピーだって知ってるんだろう。それでも主義を曲げないヤツは、俺のような日和見より立派なのかも知れない。うむ。やばいな、結局認めてしまったじゃねーか。
「バカでプロレス好きな奴に、他人をあれこれ言う権利はない!」
「その通りです!」
「ちさりんは黙ってろ、プロレスはキングオブスポーツなんだっ!」
えーこは化粧してねぇよな。
普段の学校にしてこないのはともかく、今日はもしかしたら…と急に不安になる。気づかないままだったら、きっと不機嫌な顔で教えられて、俺は何か罰を受けるだろう。
「………」
「してません」
「そんな気がした」
どうもさっきから刺々しい。やはり離れていると二人の心はすれ違って………、縁起の悪いことを自分で言ってるうちはまだ大丈夫。本当か?
店を出る時、時計は午後三時半を指していた。このファミレスだったら、俺は時計の位置まで知っているから安心だ。まったく自慢する価値はない。
行き交う車の音が、ここではアブラゼミの合唱をかき消していく。相変わらず陽射しは強く、冷え切った肌に突き刺さる。季節は夏。たとえ倒れ伏しても凍死はしない。
ある時は勇ましい娘。
ある時は道化師のよう。
僕はいつでも君の味方だ。
「今日はありがとうございました」
「いいの、好きでやってんだから」
駐輪場で祐子さんのカブを観察する。単に隣が俺の自転車なだけともいうが、やはり似合わない。下手すりゃフリフリのスカートでこのオンボロカブなのだ。悪い冗談――はそのまんまだけど。
「忙しいところをわざわざ…」
「別に忙しくないわよー。それに」
ありきたりな自転車が並ぶなかで、目立つのはちさりん号。黒い。ごつい。重厚。それを考えると、えーこは女子のくせに普通の自転車だ。うーむ。女子のくせにってどういう意味だよ。
「何しに戻ってきたか分かんないよりマシ」
「………」
「間違ってもハゲに会うためじゃないわよー」
「そんなこと言ってないです~」
各自が退散の体制を整えたところで、良がいかにも形式的な挨拶をして地研復活の儀式は終了となった。たった一人の現役部員は、また開きたいとの意志を明らかにしていたが、とりあえず聞かなかったことにしておく。ちさりんと二人、部員集めに精を出してくれ。つーか、ちさりんすら部員じゃないぞ。
「で、あんたたちはデート?」
「え? えーと…」
そして最後はお約束のツッコミ…のはずだったが、本気でうろたえる自分。
実際、この後のことなんて何も考えてなかったのだ。迂闊だった。慌てて彼女の姿を探したら、祐子さんの背後にちらっとそれらしく…。
「えーこ」
「はい」
小さな返事で位置だけは確認出来たけれど、それ以上動けない俺がいる。このまま二人っきりになっていいのか、よく判らなくなってる。おかしい。
「今からは遠慮しなくたっていいの」
「……はい」
「せっかくの機会なんだから」
……………。せっかくの機会、か。
当たり前のはずのことに、誰かのはげましが必要な俺たちってなんなんだろう。
ついさっきまではなかったはずの感情。もやもやの種はファミレスの効き過ぎた冷房で、それは陽射しという餌で大きくなっていく。そんなバカな。
「あんたどうすんの?」
「きょ、今日はこれから用事だ」
「また立ち読み? めげないわねぇ」
「うるせぇ!、プロレスはキングオブスポーツだっ!」
その瞬間の眩暈は、間違っても勝ピーの繰り返したフレーズへの反応ではなかったはずだ。あんな空虚な文句に反応する肉体なんて嫌すぎる。冗談じゃない!
「えーこ、時間は?」
「そのうち夕方になると思う」
一足早く去っていくカブを見送り、少し白けた視線にさらされながら俺は、その辺を流れていく雲を指差してみる。別に見たって楽しくもないし、行きたくはない方向。だって、キングオブスポーツなんて過去の話。理由のないネガティブ野郎にふさわしい終焉の地だ。




