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川辺の祭  作者: nats_show
胎動
7/84

澱み

 午後の授業は平穏に過ぎて行く。

 …というか、異様に眠い。

 なぜだろう?

 いや、眠いというだけならいつものことだが。


「唐の皇帝理念を持ち込んだ聖武天皇は…」


 うーむ、難しい話だ。

 ほとんど聞いてない俺には、別に難しかろうが関係ないけどな。


「かつての天武天皇の軌跡を辿り…」


 すぐ後ろでは、さっきから規則正しい音が鳴っている。

 隣の席は、盛んに上下運動を繰り返している。

 やれやれ。

 それが当然の権利とでも言わんばかりに、眠りこける連中に囲まれれば、誰だって眠くなるはずだ。


「恭仁京遷都には、皇帝としての…」


 教室を見渡す。けだるい空気があふれている。

 良なら喜んで聞きそうな話。俺もヤツの影響なのか、そんなに嫌いじゃない。

 ………と、後ろの方を向いた時、彼女も見えた。


「聖武は、恭仁京を新都と呼び、万代に伝えるようにと…」


 そして俺は愕然とした。

 教室の後ろで、幾分ぼんやりしながらも、前を向いて話を聞いている女子生徒は、決してツルではなかった。

 なんなんだ。

 昨日の朝、彼女は間違いなくツルだったはずだ――それなのに、今教室に座っているのは絶対に違う。別人だ。


「この遷都には橘諸兄が大きな役割を…」


 …いや、それだけではない。

 今現在の自分は、完全にツルを忘れてしまっていた。本当のことを言えば、小川悦子の姿を見ても、いったい何が違うのかすら判らなくなっているという事実。

 忘れること。

 それ自体は、俺が望んでいたこと…だろう。このまま、すべてが「なかったこと」になるのなら。


「近年の発掘によれば、恭仁京は予想よりも遙かに小さく…」


 違う。

 忘れることなんていつでも出来る。

 その気になれば、日曜の出来事なんてきれいさっぱり忘れてしまうだろう…が、自分が自分でなくなる感覚だけは、きっと消えはしない。

 あれ以来感じ続けている恐怖は―――。

 コリコリとチョークが響く教室。

 規則正しい音と静寂が交互に訪れ、俺の思考は深みに堕ちていく。

 やがて…。


「おはよう」

「あ…」


 寝ぼけた面に驚かされる。クソッタレ。


「今何時だ?」

「知るか。永遠に寝てろアホ」

「ヒロピー、お前はなんて冷たいヤツなんだ」


 芝居じみた台詞に、むらむらと怒りが込み上げた。

 だけど、その馬鹿げた言葉が教室をいつもの空間に引き戻す。

 もっとも、単に休み時間になっただけのこと。ヤツに感謝する理由はないだろ。

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