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川辺の祭  作者: nats_show
誕生
61/84

儀式

 新しい朝が来たっ!

 希望の朝だっ!!

 若人よ早く起きよっ!!!


 久々に襲撃された朝。

 シャカシャカと歯を磨きながら、笑いが込み上げる。

 そのまんまじゃねーか、とまず思って、それから希望はあるのだろうかと思い直して、最後に若人なんて呼ばれたくねーなー、とつぶやく。

 朝飯をいつものように食う。

 昨日は随分帰宅が遅くなってしまった。祐子さんが一緒にいてくれたから特に問題にはならなかった…どころか両親は妙に喜んでいたのだが。別に良からぬ想像をした感じでもなかったし――祐子さんの実物を見たら、俺とどうこうなんて考えられるわけがない――、いったい何を喜んでいたかは謎だ。まさか教師の家庭訪問だとでも思ったのか? 息子が俺という時点で、家庭訪問を喜ぶなんて無茶ってもんだ。フッ。

 …自慢してどうする。味噌汁がうまいな。やはり朝は味噌の味だ。

 ちなみに、祐子さんは全員に付き添って家に送り届けた。最初に千聡、次が良で三番目が俺。この後はたぶん川を渡ったんだろう。その辺はやっぱり先生って感じがする。実際に運転してたのは瀬場さんだけどな。

 助手席からひたすら罵声を浴びせられていた瀬場さんは、ちょっと不憫に思えた。ほとんど話す機会はなかったけど。相手が祐子さんだったら、やっぱり誰でもああなるんだろうか。少なくとも俺は同類なんじゃないかと思う。

 白い飯を食う。銀シャリ。シャリが骨のことだと聞いた時、気持ち悪いと思った。もう米の飯は食えないと思って、数時間後には平然と晩御飯をたいらげていた。今思い出しても何の意味もないけれど、食欲はいつも通りだ。ただそれだけだ。

 いつの間にか食べ終わった俺は、立ち上がって数回体を捻り、それから肩を回す。いつもの日課。朝からゴリゴリいい音がする。そしてすぐ近くでもゴリゴリ音がする。父親が真似をするのだ。正直言えばやめてほしいのだが、下手に「真似すんな」とか言うと騒動になるからやめておく。

 つーか、父親より後に生まれた俺は何をやっても親の真似なんだそうだ。アホくさ。さっさとカバンを取りに行こう。

 昨日のことは、正直ほとんど憶えていない。俺たちが川辺に座らされて、ちさりんと良が目の前でいちゃいちゃするのが鬱陶しくて、あとは不明。気がついたら祭は終わっていた。

 その時も全身がゴリゴリ鳴った。同じ姿勢で座っていたからだろう。ゴリゴリ鳴らしても、だるいまま。それと…、あの場では黙っていたが、ワゴンに乗せられた直後は吐きそうな予感もあった。まぁすぐにドライブインで降りたから、何とかごまかせたけどな。いくら気心が知れていようと、やはり人前で吐きたくはないものだ……と、なんで朝からしみじみ語らねばならんのだ。アホか。

 カバンの中身は土曜につめた。どうせ日曜夜は何も出来るわけがないと思って、土曜のうちに宿題も済ませたのだ。我ながら高校生の鏡だ。うっとり。もう二度とないかも知れないな。

 実際、昨夜は帰った後もまるで頭が回らなかった。川辺で確かに俺は目覚めたけれど、その後の記憶もつながってはいない。例のドライブインで祐子さんや良が話をしてた、なぜかソフトクリームを食ってた…、どれも曖昧に覚えている。

 それはぼんやりしていたというだけで、少なくともゴロウだったわけじゃない。だからこそ余計におかしな話。考えても判らないが、とにかくだるかった。ぼんやりしていた。そして最後に、えーこが泣いた。それだけはちゃんと記憶していた。

 ………。

 …………。

 ……………。

 さぁ!!!

 …………。

 一通り現実逃避を終えたところで、家を出る。

 月曜日とは日曜の翌日だが、同時に土曜の翌々日である。さぁ困った。逃げ出したくなる…けどそうも行かない。今さら逃げるなよ俺。余計なことを考えないように、黙々と足を前に動かす。

 けれど、やはりもやもやは残る。土曜日には何の迷いもなかったけれど、二人にとって大きな意味があったに違いない一日が間に挟まった。ツルとゴロウは流された。俺たちが知り合って、毎日のように会話を交わしていた理由が、その瞬間になくなってしまった気がした。

 どうしたらいい?

 …………。

 考えるだけ無駄なことを、何度も反芻する。どうしたらいい?


「おはようちさりん、昨日は御苦…」

「苦労したから宿題見せて」


 それでも、どんなにウジウジしていようが、身体を前に移動させている以上はいずれ学校に着いてしまうのだ。校舎の上にある時計で確認すると、いつもよりかなり早かった。絶対に遅刻の心配のない時間だから、フンフンフーンとスキップしながら教室に入るはずだ…って、さすがに嘘だろ。


「…朝から宿題なのか」

「あんたまだおかしいんじゃない?」


 恐る恐る教室に足を踏み入れて、息を止めながら後ろを見渡す。問題の席はまだ空いていた。珍しい…けれど、僅かな猶予をもらった気分。


「やっぱりおかしいのか、俺は」

「そんなこと私に聞かないでよバカ」


 注意深くカバンを置きながら千聡に話し掛けても、視線は入口の扉に向いたままだ。

 どうしたらいい?

 どうしたらいい? まだ落ち着かない。落ちつくはずがない。昨日という一日を俺は何一つ知らないから、今の自分がどこに立っているのか想像もつかない。

 高校に通うことは、たぶん間違っていないだろう。それはツルとゴロウに関係なく、受験して合格して赤点は回避していれば大丈夫なのだ。この席に座ることだって…。


「でもさぁ」

「え?」


 くだらないことばかり確認しようとする俺は、間近から呼び止められて一瞬よろめいた。すでに確認するまでもない、真横の声の主に向き直る僅かな間に、少し正気を取り戻した気がする。気分がすっきりしたなんて表現するほどの一撃じゃないけれど。

 つい今し方まで宿題をしていたはずだった――ちょっと記憶が曖昧だ――千聡は、両手をぶらぶらさせながらこっちを向いている。少しずつ覚めてきた頭でその表情を追えば、宿題に追われて不機嫌な時とは違っていた。もちろん、良を見つけた時の顔でもない…って、どうでもいいだろ今は。


「私だったら…、あれでけりが付いたなんて思わない」

「………」

「まだぼーっとしてるわけ?、ヒロピー」


 なじられても答えようがない。俺はゴロウとなって長い時間しゃべっていたらしいが、それ以上はまだ理解出来ないのだ。


「…じきに回復するはずだ」

「ヒロピーが黙ってると気味悪い」

「ちさりんにだけは言われたくない台詞だ」


 目の前の顔は、あっけなくいつもの不機嫌な表情に戻っている。だけどそんな千聡に見つめられながら、俺は懐かしい感覚にとらわれていた。

 いや、懐かしいなんて言うほどのことじゃないな。ここにいるのは川辺で呆けるゴロウなんて野郎じゃなく、金曜までと同じ学校に通う高校生だという、当たり前のことを思い出しただけの話。

 ……………。

 でも少し違うか。蹴りが飛んでこないからな。


「で?」

「…なんだよ」

「どうする気?」

「だから何をだ」


 俺の回復度合いを見極めたかのように、いつもの攻撃が始まる。頼むから朝はやめてくれ……っと、あれ?

 なんか大切なことを忘れたような気が。


「明日になったら判るんじゃなかった?」

「そうそう……って!」

「………」


 そこに突然降ってきた天の声。勢いで同意しかけた千聡は、途中で気づいて口をつぐんでしまう。

 千聡のそばには、いつの間にか一人の女子生徒が立っている。一瞬戸惑った千聡の表情が、何かを託すような顔に変わっていく。そんな様子を眺める俺は、馬鹿みたいに冷静だった。


「おはよう」


 聞き慣れた天の声。ゆっくり見上げると、黒い髪には真っ白なリボンが揺れる。

 その時がやって来ても、もう緊張はしていない。これも千聡のおかげだろうか。


「まだ気分悪いの?、ヒロくん」

「…いや大丈夫、その…」


 それでも目の前の笑顔がまぶしすぎて、俺は一度視線を落とし、息を吐いてから思い直す。

 どうしたらいい…じゃない。結論なんて聞くまでもない。そんな場所に迷いこんだのは自らの意志なのに、どうにかして責任から逃れようとしてばかりいた自分。もうそんな俺は土曜で終わっていたはずだ。いじけた自分とはさよならしたはずだ。


「えーこ」

「え?」

「おはよう。それから…、リボン似合ってる。それから……」


 つぶやきながら、自然に俺の体は立ち上がっていた。

 まっすぐ前に見据えた笑顔は、きっと誰かが見たかったもの。だけど誰かよりももっと、俺が見たかったものだ。だって俺は…。


「大好きだ、えーこ」

「私も…、ヒロくん大好き」


 教室は一瞬の静寂と、爆発するようなざわめきの中。俺たちはきっと、こんな舞台を経なければいけなかったんだと思う。

 ……それでも、さすがにちょっとやりすぎだったか?


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