舞い上がる時
あ…。
暖かいものを感じる。
なんだろう。不思議な気分で、ゆっくりと瞳を開いた。
…まぶしい。
私は煌々と照らされ、漂っていた。
いったい、いつから私は寝ていたの?
思わず触った、肌のざらつきが気にかかる。
暖かい陽射し。
今の私を生かしている光。
…だけど、私の体はしみだらけになっていく。
ゆらめくもの。
何も視界を遮りはしない。
暖かな陽射し。
包まれるように、どこかへ向かっている。
…きっと。
昨日の夜は早かった。
…いや、正確に言えばさっさと寝てしまった。晩飯の生姜焼きがうまかったのもあるが、何となく満たされた気分になった俺は、そのまま布団に潜りこみ、二度と目が覚めることはなかった…って、死んでるぞ。
ふぅ。
とにかく、冗談の一つも言えるくらい、俺はよく眠った。そして快眠の代償も、いつも通り支払った。
「はぁ…」
まだ息が切れている。
すっきり目が覚めた朝だ。颯爽と起きあがり、ゆったりと飯を食って出掛ける…のが理想だが、残念ながらそこはなかなか両立しないものだ。
いつも通りの朝には、いつも通りのおつとめが必要だ。
「死にそうだな」
「お前もな」
昨日はトイレで用を足したあの優雅な時間、いつものように走る俺がいた。
しかも途中で勝彦と遭遇してしまい、仲良く並んで走る羽目になった。残念なことに、これもいつも通りだった。
「…とりあえず今は黙っとけ」
「言われんでも黙る」
靴箱までの数十メートルは、勝彦すら無言を貫く地獄の直線なのだ…などと、くだらない解説してるうちに教師が入って来た。やれやれ。
退屈な一日。息苦しい朝の教室。すべてが元に戻りつつある。
見上げた天井に、蜘蛛の巣が見える。もしかしたらただの綿ゴミじゃないかと思う時もあるが、これもまたいつも通りだ。
まだしこりは残っているけれど。
気掛かりなこと――。千聡は俺と目が合うと、小さく腕を交差してみせた。まだ少し時間が必要なのかも知れない。そりゃそうだ。昨日の今日なのだから。
なら、俺はなんだ。まだ昨日の今日なのに。
生物の授業が始まる。別に嫌いではないが、さほど気乗りのしない時間。いつものように、だらだらと資料集をめくる。
見るのは授業とは関係ない箇所ばかり。時々、こちらを向いてないか前を確認して、たまに飽きて窓を眺める。そして、やがて眠くなるのだ。
黒板左の壁に、光が反射している。
なぜかそこにだけ集められ、揺らめくもの。いったいどうしてなのか判らないが、見ているうちに一瞬気を失う。
なぁ。
このまま目が覚めないなら、俺は寝ていたってことなのかなぁ。
………。
ため息。
動き回るチョークの粉は、きっと麻薬にはなれない。




