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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第七章:be found out
99/166

―1―

「―― ……ああ、そっちにつくのは明日の夜になるから」

『空港まで迎えに行こうか?』

「いや、必要ない」


 俺はホテルの一室から、帰国時間の報告をした。

 こちらに来てからは、忙しくて結局電話もろくろく出来ないでいたためか、受話器の向こうから聞こえる碧音さんの声が妙に懐かしく感じた。

 長いかと思われた二週間、過ぎてしまえば大した時間ではなかった。

 出かける前は、散々だったのにな。


 肩で形態を支えて室内のミニバーから、ブランデーを注いで、ぼんやりとそれを眺めながら、取り留めない話をしている間に、ふと、出発前のことが頭によぎった。


 ―― …… ――


 俺の周りは、透のこともあって、大学が始まってからも、落ち着くことはなかった。真と瑠香の方は問題ないようだし、季節の変わり目と同じ様に、桜咲く状況なのだろう。


 まぁ、俺には関係のないことだ。


 俺の方も、大した生活の変化もなく。

 日々平和に穏やかに過ごしている。


「克己くん。準備は出来てるの?」

「いや、まだだけど。来週なんだから、まだ良いと思って」


 ―― ……やれやれ。


 来週から、研修でアメリカの緊急救命医療センターに行かなくては行けなくなった。最前線の医療に触れるという名目だ。

 大きなスーツケースをがらがらと引っ張ってきた碧音さんに小さく溜息を吐いた。


「そんなに荷物ないぞ。自分が入るつもりかよ」

「ええ! このくらいはいるでしょう? 二週間も行ってるわけだし。それに、来週っていっても、明後日でしょう? 忘れ物があったらどうするの」

「―― ……向こうで買う」

「ああ。そっか。そりゃそうだね」


 ぽつりと呟いた俺の一言に妙に納得しながら、ソファに座っていた俺の隣に腰を下ろした。

 研修の期間は二週間。

 何が楽しいのか、春休みをつぶしての研修だった。戻ったらこっちは桜満開だろうな。


「克己くん」

「ん?」

「何か持っていっとかなくちゃいけないものない?」

「例えば?」

「えっと、そうだなぁ。歯ブラシとかシャンプーとか、味が恋しくなったらだめだからレトルト食品とかいろいろあるじゃない、あ、私、適当に買って来ようか?」


 必要なのか必要じゃないのかわからないようなものを羅列して、急に立ち上がろうとした碧音さんの腕をひっぱった。勢いよく立ち上がろうとしていた反動で、俺の上に倒れこむ。


 どんっと受け止めると、ふんわりと柔らかい甘い香りがした。


「何?」


 急に腕を引いた俺の顔を不思議そうに目を丸めて覗き込む。


「―― ……別に何でもない。とりあえず、大丈夫だから」

「うん?」

「頼むから落ち着いてくれ」


 その俺の一言に、急に我に返ったのか碧音さんは顔を真っ赤にして俺から視線をそらした。



 ***


 ―― ……克己くんのいう通りだ。


 私は一体何をそんなに焦っているのだろうか。

 分かっているのに、そのはずなのに、何だか、気持ちはそわそわして、落ち着くことが出来ないでいたことは確かだった。


 ここへ転がり込んで、三ヶ月くらいなものだ、けれどどちらかが長期間不在になるということは、これが初めてだったから。


 何だか、何かに不安だった。


 そんな、微妙な心境を私の視線の先で笑う克己くんに見透かされたような気がして、私は子どもっぽくて気恥ずかしかった。


「ごめん。私が行くんじゃないんだから、大丈夫だよね。私、留守番してるだけだし」

「寂しいのか?」

「―― ……分からない……」

「ふーん?」


 一体何がそんなにおもしろいのか、克己くんは声を殺して笑っていた。

 そしておもむろに私を抱きこむと腕にぎゅっと力を入れて呟いた。


「俺は、寂しい」

「え?」


 聞き取れないほどではないが、らしくない台詞に私が聞き返すと、克己くんは「聞き流しとけ」と尚笑ったあと潔く私を解放し


「じゃ、仕方ない。用意でもしとこうか」


 ひょいと、私を隣に移すと立ち上がり、寝室に入っていった。その後姿を見送っただけで胸が苦しい。嫌だな……とっても寂しいっていってる私が胸の中に居る。


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