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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第六章:miss each other
97/166

―10―

 ***


 ―― ……ぱたんっ


 少し陽は傾いていたものの、碧音さんの退社時間まではまだある。だから、一人だと分かっているのに、部屋に戻ってやけに静かだと少しだけ虚しくなる。

 本当に、誰かが入り込んだのなんて一時前だというのにこんな風に感じるなんて、どこかくすぐったい。


 どさりと、ダイニングテーブルの上に買い物してきてものを載せて、仕分けを始める。


 とりあえず、あのあと俺はその足でマスターに昨日のことを侘びに行った。

 マスターはそんなに怒った風もなく「これからあんなことしないでくださいね」と一言笑顔で告げただけで他には、何も追求しなかった。


 他に客がいなかった。


 ということも功を奏したようだ。


 ―― ……透と……吉野さん……かぁ。


 何か不思議な組み合わせだな。

 でも、本当に一体いつからそんな関係? だったんだろう。何度考えても分からない。よく考えたら今までの俺は特に他人に興味を持っていなかったから、知るわけない。

 あいつらの情報で知っていることなんて、あいつらが話してくれたことくらいだし、それだって、大半は聞き流していた。

 同じように俺も聞かれたこと以上の話はしてこなかったし……なんて薄っぺらい人間関係しか築いていなかったんだろう。

 透から突然あんな情報を入れられてしまったから、気になってしょうがなかったのと同時に、これまで以下に他人に無関心だったかを知らされたような気がしていた。


 そしてほんの少し昨夜のことを反省した。

 結局、一人熱くなって、小西に怪我を負わせたうえに、碧音さんまで困らせてしまった。

 あの時、碧音さんをほったらかしにして……

 戻ってきたから良かったものの


 ……もしここへ戻ってこなかったら俺はどうするつもりだったんだろう。


 小西の言動には間違いなく腹はたったし、碧音さんのことも頭にはきていた。でも、どうしてかといったら……。

 少しだけ、思ったんだ……碧音さんが俺の話を聞いてくれなかったのは…… ――


 ―― ……相手が小西だったからじゃないか、って。


 あいつは俺より幾つも大人で、社会的地位もあって今の俺がどんなに頑張っても追いつくことの出来ないところで俺の大事なものに触れて、その上、平気で傷をつけて……

 だから、あんなふうに怒ったんじゃないか、って……何かそれって……格好悪いし情けない。

 それじゃ、結局のところただのやきもちじゃないか。

 怒るにしても訂正させるにしても、もっとスマートな対応の仕方があったかもしれない。せめてそれを思案する余裕くらいあったほうが良い。

 そうじゃなかった俺はタダの子どもだ。


 大きく溜息を吐いた。


 大体っ! よく考えたら……あの日、碧音さんは確かに俺に愛されたがっていた、わけだし……過去にこだわったのは俺の方だんだ。きっと、喧嘩の相手が小西じゃなくても碧音さんは怒っただろうし、同じように駄目だといっただろう。落ち着けば容易に想像がつく。


 碧音さんは俺を信じるといった。

 俺も信じたいと思った。


 そのことに違いはない。嘘もない。


「絶対、絵に描いたようにしょんぼりしてるだろうな」


 ほろっと零れた独り言。その碧音さんの姿は目に浮かぶようで、噴出しそうになるのをぐっと堪えた。

 自分から折れようかと、携帯を手にしたけれど“しょんぼり”を体現した姿も見てみたいような気がして、ぱたんっと閉じた。


 ―― ……今日は碧音さんの好きなものでも作るかな。


 ぱたんっと閉じた冷蔵庫の扉を押さえて、その中身と夕飯のメニューを模索する。

 ……俺、なんだか主夫みたいだな。そう思ったことはスルーした。



 ***



 今日は本当に一日チーフに振り回されてしまった。そのお陰で色々考え込まなくて良かったというのは助かったけど……大量のファイルと、データに囲まれてかなり疲れた。

 仕事始め早々するような量じゃないよね。


 それでも何とか、今日の区切りをつけて私は残業抜きで退社出来た。


 ―― ……克己くんまだ怒ってるかなぁ。


 そんな一抹の不安を取り除けないまま、私は重い足取りを進める。

 いつもなら、大した距離でない場所が物凄く遠い距離を行かなくてはいけないような気がした。


 マンションに到着してもエレベータの前で、私は小さく溜息を吐いた。

 暫し、ボタンを押すのを躊躇って立ち止まる。


「早く行けよ」


 その姿に遠慮なく声を掛けられて、私は誰の目にも明らかに肩を跳ね上げた。


「か、克己くん」


 びくびくとしていた私がゆっくりと首だけで振り仰ぐと、私の直ぐ後ろにいたのは克己くんだ。克己くんはすっと手を伸ばしてエレベータの昇降ボタンを押した。

 触れるか触れないかくらいの、とても近い位置に立つものだから、背中からふわりと克己くんの熱といつも使っている香りがしてどきりと胸が高鳴る。

 それを誤魔化すように


「えっと……おかえり?」


 と口にすれば、克己くんは苦笑して


「お互い様だろう。ほら、帰るぞ」


 開いたドアの先に私の背を押した。自分の足に足をとられよろめきながら、私はとりあえず乗り込んだ。


「あの、さぁ……」


 謝るなら今しかない。エレベータの扉が完全に閉じたのを見計らって切り出したら、克己くんの方が早かった。


「昨日は悪かったよ。俺が大人気なかった」


 ―― ……驚いた。


 克己くんから、謝罪してもらうなんて。

 本当は私のほうが悪かったのに、

 克己くんに謝らせてしまった。


 小さく頷いた私の頬は、申し訳なさと、嬉しさで自然と紅潮していた。


「泣くなよ。ほら、これ買ってきたから」

「別に、泣いてないよ」


 そう思ったけど、とりあえず、顔は拭っておいた。

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