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「ていうか、最近。何やってたんだよ。」
五分ほどして、席に戻ってきた真の開口一番の台詞だった。真の問いに、いつもとより少しわざとらしい感じでへらへらと笑いながら、透はグラスの中の水を揺らしていた。
「おい? 透?」
「―― ……だ」
―― ……え? 今なんていったんだ?
聞きなおした真にポツリと答えた返答を、聞き間違えたのかどうなのか、俺はとんでもないような話に聞こえて目を丸めてしまった。
「悪い。透。ちょっと聞き取りにくかったんだけど……もう一度いってくれるか?」
どうやら真も同じことを感じたようだ。おそるおそる、透に聞きなおしていた。そんな俺たちの顔を見ることもなく、透はあっさり、そして、今度ははっきりと口にする。
「だから『結婚』するんだよ」
―― ……がつっ!
透の突拍子もない発言に組んでいた足が崩れて机の脚にぶつかってしまった。
「大丈夫かぁ? あーんま、長いからって持て余すなよ、克己」
「―― ……いった、え、は? ああ。いや、でも」
俺と同じように真も、文字通りぽかーんっとして、何をいわれたのか頭がついてきていないようだ。それなのに、透はそんな俺たちの様子を見て、さも可笑しげに笑っていた。
今の自分の発言がまるで他人事のように平然と変わりなく、だ。
「まあ、そのごたごたで、ちょっとばたついてて、なかなか連絡出来なかったんだ」
「……相手。誰なんだよ」
我に返った真は、真剣に透を見据えると低い声で訪ねた。
「それは……」
真の真剣な声に答えるように、透から第三者的な笑顔は消えていた。暫らくは遅疑逡巡していた透も、覚悟を決めたのか、ゆっくりと順を追って話を始めてくれた。
―― …… ――
俺の心境は、複雑だった。
にこやかに俺達に「結婚する」と告げた透は、腫れ物がとれたようにすがすがしい顔をしていた。
一通りの経過を俺達に話した透はまだやることがあるから、といってすぐに店を出てしまった。
残された俺達も、特にそのことを話すわけでもなく無言で数分過ごして、どちらともなく席を立ち店を出て別れた。
「あいつ、一体いつから、悩んでたんだろうな」
帰り際、真がポツリと呟いた一言が俺にも重くのしかかった。
もしかしたら、ふらりと店に来たあの日、本当はいいたかったのかも知れない。でも、いえなくてあいつは、支離滅裂なよくわからない話をして酒を飲んでいた。
『父親になるんだ』
さらりとそういってのけた透を、俺は凄いと思った。
相手は、驚くことにあの吉野さんだった。いつから二人がそういう関係だったのか、俺には全然わからなかった。
確かに、彼女の様子も変だった。今になって思えばということだけれど、ここ暫らくの二人の様子を振り返れば合点がいく。だからこそ、妙に納得したような感じがして頷けた。でも透たちが出した答えは本当に、それで良かったのか? という疑問が消えない。
透は市外にある個人病院の息子だ。
だから今後のことも考えて学校はもちろん続けるらしい。
吉野さんは暫らく自分の実家に帰って、その後は透の実家で透が卒業するのを待つらしいのだけど。
結婚?
子ども??
駄目だ、ぴんとこない。分からない。全く現実味がない…… ――
それが俺の正直な感想だった。
でも、俺達の知らない道に、あいつは自分から足を踏み入れた。その第一歩はどうあれ、大変なものだったんだろう。そのためか、ほんの少しあいつが大人に見えた。
それと同時に、自分の幼さも思い知らされた気分だった。