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PPP……PP…P……
「ん、分かったよお……」
いつも通りに可愛らしく鳴る、目覚まし時計に手を伸ばし、私は何とか目を覚ました。
―― ……あれ?
私、ベッドで寝てたっけ?
確か、克己くんの部屋の前にいたと思うんだけど……克己くん、運んでくれたんだ。
まだ、覚めきらない頭を働かせて昨夜のことを思い出していた。
今ももちろん、隣に克己くんの姿はない。只でさえ広いベッドが、ますますだだっ広く感じて、何だか妙に寂しかった。
「仕事いかなくちゃ」
いないってことは、きっと、まだ怒ってるんだろうな。
普段、あんまり怒らない――いや、最近は怒らない――から、どう扱って良いか良くわかんないや。
小さく溜息を吐きながら私はベッドから這い出した。
いつもと同じように珈琲を淹れ、私は、出勤の準備を整える。その間にでも、ひょっこり出てこないものかと思ったけれど、甘かった。克己くんが出てくる気配は全くない。
う~ん。
ドアの前で踊りでも踊ったら出てくるのかなぁ?
って、そんなつまんないこと考えてたら、会社に遅れちゃう。
―― ……コンコン
「克己くん。私、仕事行ってくるね。昨日はごめんね。部屋にも運んでくれたんでしょう? ありがとう。じゃあ、帰ったらまた話、しよう?」
返事の返ってこないドアの向こうに、私はとりあえず、声を掛けたあと慌しく家を後にした。
一人のときは、返事があるはずない
「いってきます」
なんて当たり前だったけど、今は妙に冷たく、そして物悲しく玄関に響いた。
早く、克己くんにも許してもらわないと……私のほうが先に参っちゃうよ。
外気の冷え込みに、コートの襟をぐっと引き寄せると、私は足早に会社に急いだ。
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静かに、閉められた玄関の音を聞いて俺は部屋を出た。
結局、パソコンに向かいつつ妙な姿勢で眠っていたらしく体中が痛い。
寝なおそうかとも思ったけれど、珍しく真からメールが来ていて、呼び出しを食らっていたために、それは叶わないでいた。
―― ……それにしても、何かあったんだろうか?
真から、何かいってくるなんて。
また、瑠香のこととかだったら嫌だ。
透なら急に呼び出したりも、日常茶飯事なんだけど、な。
「おっ、と……」
―― ……珍しい。
ダイニングテーブルのランチョンマットの上に、サラダボールとハムエッグ……とバターロール。
サイフォンには、珈琲も点てられていた。
その隣りには、数枚の絆創膏と消毒薬が置いてあった。
それで思い出した昨夜の傷を見たが、もうすっかり乾いている。このままほっておいても別に問題ないだろう。
よっぽど、気を遣ったんだな。
伏せて置いてあったコーヒーカップをひっくり返し、珈琲を注ぎながらそう考えると可笑しくて仕方なかった。
いつまでも拗ねた子どものような自分も可笑しかったし、そのご機嫌を必死に伺おうとしている碧音さんの姿は目に浮かぶようだ。
それを思うと噛み殺しきれない笑いが零れる。
謝るだけなら、メールや書置きでも事足りる筈だ。絶対に顔を見てじゃないと駄目だと、思っているか……もしくは、天パってるからそんなこと思いつかないのかもしれない。
―― ……後者っぽい
もう笑いは我慢出来なかった。
***
「こ、これなんですか? チーフ」
机の前に立つなり、私は自分の机の上を指差しつつ、葉月チーフに訪ねた。
「ああ。ごめん。急にデータが必要になっちゃって、ちょっと、机借りてたのよ。暇が出来たら、資料室に返してきてくれると嬉しいかも……で、そのとき……」
―― ……はぁ。
他の人がやってたら、こんなの虐めだよ。
机の上に山積みになった書類とファイルの山に私は溜息を吐いた。
今どき、こんなに資料持ち出すの葉月チーフだけだよ。
チーフはどういうわけかデジタルな資料を嫌がり、基本的に紙媒体の資料を持ち出すのは常ではあるけど、今日のは酷い。
「あ、そうだ。その前に外で会議があるから、それに付き合って」
「……はい」
今日は一日自分のことをするようにはなりそうにないな。
再び私は溜息を漏らすと共に、やれやれという笑いまで零れてしまった。せめて残業がないと良いな。そう頭の片隅で願い一日の仕事を開始した。




