表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第六章:miss each other
91/166

―4―

 ***



 私から、視線をそらした克己くんは、私の声が聞こえているのか? 聞こえていないのか? 分からないくらい無反応だった。

 私は暫らく問い掛けたまま、克己くんの反応を待った。


 彼の左手は暗がりの中でも分かるくらい赤くなっていたし、少し擦り剥いているようにも見えた。

 きっと、小西さんの眼鏡にでも当たったんだろう。


 水仕事のあとだと思うから見た目以上にきっと痛みが伴っているはずだ。


「ねぇ、克己くん?」

「―― ……離せよ」


 傷の手当てをと思った私の声に、今まで耳にしたことのないような、感情の籠もっていない冷えた声で呟いて克己くんは私の両手を払いのけた。


 一瞬よろめいてしまった私は、隣の椅子に何とか支えられ持ちこたえた。

 よろめいた私に、克己くんは、はっ! とした様子で刹那後悔するように見たけれど、何もいわない。

 私が体勢を立て直すのを確認して、よろりと席を立ち、無言で上着を羽織ると店を出て行った。


 からんっと静かにベルが鳴って、その音で始めて私は我に返った。


「大丈夫ですか?」


 我に返ったものの身じろぎ一つ出来ないでいる私に、心配そうな優さんの声が聞こえた。


「えっと、はい。大丈夫です。その今日は迷惑かけちゃったみたいで、すみませんでした」

「良いですよ。何かあったんでしょう。普段そんなことをするような子じゃないですし。何より貴方のせいではないでしょう? それより、早く行ってあげてください」


 姿勢を正し頭を下げた私に、マスターはそう優しくいうと外へと促してくれた。


 その言葉に甘えた私は、エレベータが階下に下がっていくのを確認して慌てて隣の階段を駆け下りた。


「ちょっと! ちょっと待ってよ!!」


 私が追い掛けてるのも、

 声を掛けているのも、

 気がついていないわけはないのに、


 克己くんは振り返ることもなかった。


 克己くんの歩幅と私の足ではどう考えても分が悪い。

 到底、追いつかないことを確信した私は家に帰ってから話を聞こうと追いかけるのを途中で諦めた。


 ―― ……でも、どうして?


 明らかに、克己くんは怒っていた

 私、そんなに悪いことをいっただろうか?


 優さんの様子もおかしかったし、マスターだって『普段は……』っていってたし何よりも、小西さんの顔には傷がついていた。

 これは、私も確認した事実だし。

 私は、私自身動揺していて考えの纏まらない頭をフルに使いながら、足早に帰路を目指し、家路を急いだ。

 そしてその道のりで答えを得ることは出来ないまま、マンションまで辿り着いてしまった。


 克己くんは、ちゃんと帰ってきているだろうか?


 そのことに一抹の不安を感じながら。

 階上へと登っていった。


「あった……」


 玄関に靴は並んでいた。

 ちゃんと、帰ってはきたみたいだな。


 そのことに、ほっと胸を撫で下ろし、彼の部屋へと足を運んだ。

 克己くんはまだ、怒っているのだろうか? そんな緊張を抑えるため、一旦深く深呼吸して、部屋をノックした。


「克己くん」


 ―― ……コンコン。


「克己くん?」


 ―― コンコンコン…… 


 何度となく同じことを繰り返したが、返事はなかった。

 でも、人の居る気配は確かにあるわけだから……私は、無視されているだけだろう。


 ふむ……よっぽどだな……。


 ―― ……ガチャ。


「―― ……あ! っと」


 強行手段だとは思ったけれど返答を待たずに、ドアノブを下げた私は、一瞬、どきっとした。


 開かない…… ――


 そういえば、今まで使うことがなかったから忘れていたけど、各部屋にはきちんと中から鍵がかかるようになっていたんだった。

 初めて、開くことのないドアを前に私はいい知れない不安とショックを受けていた。かすかに指先が震える。


 まさか。


 こんな風に拒絶されてしまうことがあるとは思ってもいなかった。


「克己くん、話くらい聞いてよ……。ねぇ、克己くん?」


 返事の返ってくることもない、

 開くこともない、


 ドアの向こうに私はすでに泣き言のように呟いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ