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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第一章:Rendezvous after
9/166

―6―

「おい。克己」


 透が昼飯に向かう俺を呼び止めた。


「何?」


 ついそっけない返事をしてしまう、が、まぁそんなことはいつものことなのでお互いに気にしたりはしない。

 俺の返答は特に気にも留めていないように、透は自分の話を続け俺の隣に並んだ。


「この間。結局どうなったんだよ。やる気なさそうな顔してたくせにちゃっかり、一番おいしいとこもって帰るんだもんなぁ。」

「は? 何のことだよ。それに、一番おいしいとこって?」


 昨日の冷え込みが嘘みたいだ。今日はとても空が高い。中庭に出た俺は思わず目を細めた。


「瑠香ちゃんのことだよ」

「なんだお前知ってたのか? あの子がここの学生だって?」

「知ってたかだってぇ~?」


 透が何のことをいっているのか、ようやく合点のいった俺はそう問い返したが、透は素っ頓狂な声を上げた。いやいや、説明するよりも……と透は大げさな驚き方のあと


「ええっと。この時間は多分」

「お、おい?」


 自分の時計を確認しつつ透は俺の手を引いて中庭を進んだ。

 そして、大きな木の陰に隠れるとそっと真ん中を指差した。その先には、瑠香が本を読んでいた。


「瑠香だろ?」

「ああ。そうだよ。お前が見るのはそこじゃなくってな、ほら」


 そういって俺の頭を両手で固定すると殆ど無理矢理、視線を移させた。

 その先には、ちらり、ほらり、明らかに瑠香を見つめる視線を確認出来た。


「お前ぐらいだよ。知らなかったのは」

「なるほど。なんとなく、分かった」

「真も本当は堂々と、付き合いたかったんじゃねぇの。ほら、瑠香ちゃんてばあんな調子でお前と一緒、全然周りの視線なんて気になんねぇの。真、ああいうのすっげー気にするから」

「だから、一緒にいるのをやめたって?」

「まぁ、そんなとこ。高嶺の花ってやつだったんじゃねぇの。だから、こないだあんなとこで、あって、相当驚いてたみたいだぞ。まぁ、聞くとこによると他の子が無理に誘ったみたいだし。前の彼氏のことでへこんでたみたいだからっていってたし」


 なるほど。分かったような分からないような。


 ようするにまさかあんなところでその凹みの原因の男に出くわすとは……と、いったところか? まぁ、兎に角分かるのは俺には関係ないってことかな。


「で、やっちゃった?」


 にやにやと、俺の顔を覗き込んでくる透の視線が痛い。

 ったく、こいつはこんなんばっかりだ。俺は少々呆れ気味に言葉を返した。


「なんもしてねーよ。タクシー拾って帰らせただけだ」

「へぇ~。紳士だねぇ。克己くんは」


 年中発情期のお前と一緒にすんな。

 のど元まで出た言葉を飲み込んだ。

 それにしても、だからあいつの名前に聞き覚えがあったのか。本人は地味だと思ってるらしいが。


 なるほど。


 確かに木陰で本を読む姿も絵になっている。絵になる女は大抵良い女だと思うし、実際そうだったんだろう。俺は小さく納得すると、


「透。飯食い行こう」


 その場を後にした。



 ***



 ―― ……はぁ。


 出てくるのは、溜息ばかりだった。

 その理由ははっきりしている。今日私は、小西さんにどうしても会いたかった。数日前、食事に行ったきりだったし、何より今の私は迷っていたから。

 彼に相談する心つもりはなかったけど、顔をみて私の中で決着をつけようと思っていた。


 だから、今日はメールで一方的に呼び出したんだけど。結局、来る気配はない。分かってはいたんだけど。


 そう、自分にいい聞かせつつ確認をとらなかった自分に少々腹もたっていた。

 一人で飲むお酒はいまいち、美味しいとは思わない。


 家で飲むのともまた違う。


 この間来た時は小西さんと一緒だったワインバー。


 今年も絶妙な香りと舌触りで楽しませてくれる「レ・フォルト・ラトゥール1993」ちょっとお高いワインに手を出してみて。でも、一人ではその話すらできない。




 今日、私はチーフに呼ばれた。

 また、何か失敗でも見つかったのかと思って、ひやひやしたんだけど。


 ―― ……その内容は。


「え? 私がですかぁ?」

「ええ。そうよ。あなただったら向いてると思うのよ。チーフ補佐」

「でも、部署も変わるんですよね?」

「営業開発部へ、廻ってもらうつもりよ。今のここより、ずっと良い条件だと思うけど?」

「―― ……」


 私は、チーフの言葉に沈黙してしまった。

 言葉にならなかった。

 頭の中真っ白になって、何に的を絞って思考を回転させれば良いのか分からない。


「まぁ、突然じゃ、驚くわよね。泉さんはこの話が上がってること、知ってたと思うけど。聞いてない?」


 ―― ……そんなこと、聞いていない


「その気があるなら、言って頂戴。私が後押ししてあげるから」


 チーフはそういうとぽんぽんっと私の肩を叩いて、ミーティングルームを後にした。私は、一つ椅子を引くと。どさりっと座り込んだ。


 おいしい話なのはわかる。

 あやに相談したら帰ってくる返答は大体想像がつく。


 問題なのは、その部署だ。

「営業開発部」小西さんのいる部署だし、そんなとこのチーフ補佐なんてなってしまったら、彼の上に立つことになってしまう。

(ちょっと加えると、チーフが部長なら補佐は次長。ちなみに小西さんは課長なわけだ)


 何だか、肩の荷が重い。

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