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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第六章:miss each other
89/166

―2―

「あんなとこで、会うなんてね。悪いことは出来ないもんだ」


 ―― ……何?


「あの時、気付いていたのか?」

「あぁ~……まぁ、場所が場所だったし。君も一緒だっただろう? その場でどうのというのも存外無理な話だったし、あとで弁解すれば良いとも思ったんだ。碧音ちゃん優しいし、僕のいうことなら何でも頷いてくれるからさ」


 ―― ……でも、碧音さんは許さなかった。


 小西の愚痴のようなおしゃべりに付き合いつつ、グラスの中身を飲み干して継ぎ足した。


「それにしても、まさか、その弁解の余地ももらえないとは驚いたよ。君がいたからかな?」

「―― ……関係ないだろう」


 小西と別れ話をするまで、碧音さんの頭の中には、憎らしいことに今俺の隣に座ってるこいつしか居なかったんだから。


 俺の気持ちも分からなかったし、別段あらかじめ何かを吹き込んでいたわけでもない。

 決断は、碧音さん自身が考えて、きちんとけりをつけたんだ。俺にはそれに対する強い確信があった。碧音さんは見たほど他人に頼るのが上手くない。

 そんなことくらい、まだ付き合いの浅い俺だって分かる。小西だって分かっている筈なのに「関係ない?」と肩を揺らした。


「そうかな……。でもさぁ……あれって普通に考えたら、お互い様って感じじゃないのかなぁ? あんな時間に碧音ちゃんだって、君と一緒だったわけだから」

「あの日は、いろいろあって彼女が酔いつぶれてたから、仕方なかったんだ」


 今更、あのときのことをどうのこうの俺がいったって仕方ないから、特に触れるつもりもない。とりあえず碧音さんの名誉だけでも守れればそれで良い。


「丁度良かったんだけどなぁ」

「―― ……?」

「ん……? ああっと、知らないよね。僕、来期から、海外事業部への栄転もほぼ確定していたしそのために、英国支社行きも決まっていたんだ。でも、一つだけ条件を満たしていなかったからね」


 あーぁ、残念。とカウンターに両方の肘をつき、グラスを包みこんだ小西は、ふぅー……と溜息をグラスに注ぎ込んだ。



 ***



 RRR……RRR……RR……


 やっと、あやの携帯が繋がったのに胸を撫で下ろして、受話器があがるのを待った。


『はいはい? どしたのぉ?』

「あや、私だけど……その……」


 向こうにも分かってるってことは、私もわかってるんだけど、つい毎回、確認してしまう。そんな私を面白そうに笑いながら、あやはいつものように「分かってるわよ」といった。


『で、どうしたの? 何かあった?』

「いや、そういうわけじゃないんだけど。その今日なんか、私感じ悪かったなぁ……って思ってその」

『え~……? 何、それで、わざわざ電話してきたの』


 あやはますます楽しそうに笑った。


『でも、あんたが気がついてないって知ってて、あたしはいわなかったわ。だから、責められても無理もないでしょう』

「そんなこと」

『あたしはあんたが知らなくてほっとしたわ。知ってたら、あんたは犠牲になりかねない』

「―― ……犠牲?」

『そうよ。あんたなら、自分が我慢して、許すことが出来れば、あいつの望みが叶う。そう考えてきっと、首を縦に振ったでしょう? あたしが、何をいったって聞き入れたりはしなかったとも思うしね』

「―― ……」


 ―― ……あや


 あやは優しい。

 私には、到底見通すことも出来ない先にまで、気を配って、考えてくれて。


『あらら~? ちょっと感動させちゃったかしら~?』

「もうっ! そんなこと、ないよ……でも……」


『うん?』

「ありがとね」


『これで良かったとは、限らないかもしれないでしょう? だから、良いのよ』


 ちょっと、照れくさそうにそう付け加えてくれてたあやが妙に可愛らしかったけど『良かったとは限らない』そういったあやの言葉に暫し瞑目し、それでもやっぱり良かったのだろうと感謝した。



 ***



 ―― ……がしゃんっ!!


 静かに音楽が流れる店内に不釣合いで無機質な轟音が響き渡る。


「克己っ!!」


 俺にはマスターの止めに入った声は届かなかった。

 気がついたときには、利き手がやけに痛くて、唇の端から血を流した小西が、ふらりとよろめきながら立ちあがったところだった。


 そして、それを支えるように、マスターがあいつの眼鏡を拾い上げたあと、そっと肩を貸していた。


「克己、座って」


 ただ、呆然としてしまった俺の肩を、優に半ば押さえ込むように力を加えられ俺は力なく元の席に座らされていた。


「すみません。大丈夫ですか?」


 俺の後ろ手でマスターが小西におしぼりを渡していた。


「ほら、克己も。手赤くなってるよ」

「いいって、別に」


 優に冷たく冷やされたおしぼりで左手を包まれると、微かに拳に痛みを感じた。

 結構、加減なしにやってしまったことにそのとき初めて気がついた。


「病院。行かれますか?」

「―― ……いいえ。大丈夫です。少し座ってれば」


 二人のやり取りを盗み聞きしながら、小西が大したことなさそうで少し胸を撫で下ろしたのも本当だけれど、大したことなかったならもっと殴っておけば良かったとも思ったことも本当だ。


「克己、少し飲みすぎだよ。迎え呼ぶ?」


 そういって強引に人の顔を覗き込んできた優に驚いて反射的に「ああ」と頷いてしまった。

 そんなに、飲んだつもりはない。

 でも確かに、頭はぐるぐる……というか、ふつふつと煮えたぎっているようだ。

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