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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第六章:miss each other
88/166

―1―

 ***


 ―― ……やっぱり。あやには謝ったほうが良いかな。


 私は、携帯を片手に迷っていた。

 別に小西さんのことは私が勝手に知らなかったというだけで、あやには何の罪もないし。実際広報誌にはちゃんと記載されていたわけだから、それに目を通していなかった私のほうが今回は悪い。


 小さく溜息を吐くと覚悟を決めて。あやのアドレスを開き通話ボタンを押した。


 ―― ツー……ツー……ツー……


「話中か」


 謝ろうと決心したのに電話は話中で繋がらなかったことに、どこかほっと安堵している自分がいることが、ほんの少し情けなかった



 ***



「克己……。気持ち悪いから、一人で思い出し笑いするのやめてくれる?」

「っ!」


 てっきり、裏には俺しかいないと思っていたのに、予想外にそこには優が妙なものを見るように俺を見ながら立っていた。

 優と目が合って、急に頬が紅潮した。

 俺らしくもないようなことをしてしまったことが、かなり照れくさい。しかも優に見咎められるのは、ちょっとキツイ。

 そんな俺を確認して「まあ、どうでも良いけど」と小さく肩をすくめると、優は手に持っていた食器を流しに置き、洗い始めた。


「表の方は大丈夫なのか?」

「うん。今日はお客さん、比較的少ないみたい。もうすぐ、閉店だし、ぼちぼち、片付けとかないとさ」

「じゃあ、変わるか? 優、表片付けてこいよ」


 俺がフロアに出るのが嫌いなのを分かって、優は小さく笑うと、ちゃっちゃとかけてあるタオルで手をぬぐって、場所を俺に譲った。

 簡単に汚れを落として、食洗機に並べる。


「こっち、片付いたけど?」


 新しいオーダーもなく、片付けの済んでしまった俺は、カウンターの方へ顔を出した。


 優は残った数人の客の相手をしつつ、空いたテーブルを拭いていた。

 マスターは、といえば、静かに、ワイングラスを磨いて満足そうだ。いつもの、のんびりした店内の空気に、ふと安心し落ち着く。


 今日はこのまま、閉店まで行くんだろうか?


 カラン。


 俺がそんなことを考えていると、ドアが開いて一人の客を招き入れた。入ってきた客には見覚えがある。

 というか、忘れるはずも、間違えるはずもない、小西だ。


 あの日以来、こいつの顔を見たのは久しぶりだった。そんな俺に気がついたのか、いつもどおりの温和な顔を微笑ませて「もう、閉店?」と声を掛けてきた。


「いや……まだ、大丈夫。今日は一人?」


 俺の問いに顔色一つ変えることなく、小さく頷くとカウンターの奥へ進み、腰掛けた。

 間の悪さを感じた俺は裏へ引っ込もうと思ったのだけど、マスターがそうさせてはくれなかった。


「お知り合いなら、私が、何か作ってきますよ」


 ぽんぽん……


 と俺の肩を叩くとにっこり微笑んで俺の前を通り過ぎた。

 もちろんマスターが俺の諸事情なんて知るわけもなく、あくまで好意として気を遣ってくれたのだろうけど今の俺には少々重たい。


 しかし、放っておくわけにもいかず、俺は小さく息を吐くと、気を引き締めなおして小西の前に立った。


「久しぶりだね」

「―― ……ああ」


 俺の手の中からおしぼりを受け取りつつ、小西は前となんら変わりのない口調で話しかけてきた。

 それにしても、どこかの帰りなのか薄暗い店内でも小西の顔はほんのり赤らんで見えた。


「何か、振ろうか?」

「う~ん……そうだなぁ。何でも良いよ。君の好きなので」


 何でも良いといわれても、俺がこいつに何かって……。


 常連でもないのに特に思いつくはずもなく、とりあえず、俺はシェリーのコルクを抜くことにした。


「―― ……碧音ちゃん元気?」


 そっと、前にグラスを置くと同時ぐらいにその質問が飛んできた。


「―― ……」


 小西が一体どこまで知っているのかも分からないため、どう答えたものか思案してる間に、小西の方が話を繋いできた。


「いや、碧音ちゃんから、聞いたんじゃないよ」


 ―― ……ということは


「あや、か……」


 ぽつりと呟いた俺に、グラスの中のワインをゆっくりと揺らしながら小西はこくんと小さく頷いた。

 あいつ、口が軽いタイプではないのに、よっぽど嬉しかったんだな。


「まぁ、僕は振られちゃった身の上だから、何もいえた義理じゃないけどね」


 ―― ……本当にな。


 正直、こいつの顔を見ると碧音さんの辛そうな顔しか思い出せないから物凄く不愉快だ。ふぅと隠すこともなく俺は溜息を吐いた。

 そんな俺に気分を害した風もなく、小西はグラスを見つめたままゆるりと口角を引き上げた。


「いや、別に今更どうのということもないから良いんだけどね」


 ―― ……何が、いいたい?


 俺は、小西の含みのある物言いをする心中を探ろうとしたが、まだつかめないでいた。

 ことりと隣から、静かに付出しを差し出しつつ、マスターは最後の客が店を出たのを確認して、俺に小西の隣を勧めた。


 もう、今日は閉店までの客は見込めないだろうと踏んだんだろう。


 その言葉に甘えて、俺はフロアに出てエプロンを外すと、小西の隣に座った。そして、そんな俺の前にマスターはグラスを置くと、ワインを注ぎいれてその場を後にした。


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