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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第五章:live with -2-
85/166

―10―

 ***



 延々と社長他上層部の話は、半日近くに及んでいた。とりあえず、葉月チーフに頼まれていたので、メモを取ってはいるんだけど、これでもやってなかったら、きっと寝てただろうな。


「今年、一番のプロジェクト事業として、海外支店の拡大に力を注ぎたいと思っている。そこで、この統計から」


 壇上から、常務の今年の主要プロジェクトの内容が説明されていた。この説明が最後になりそうだ。


 ―― ……海外事業……か……。


 そういえば、英国支店の方には小西さんも行きたいっていってたな。

 プロジェクトメンバーに小西さんもはいってれば良いのに……。

 素直にそう思っていた矢先、メンバーの発表がなされていたが、残念ながら小西さんの名前は挙がっていなかった。


 結局、私たちが会場から解放されたのはお昼前だ。


 チーフの計らいで、ちょっと早い休憩に入ることが出来た私は、とりあえずあやのところへ足を運ぼうかと思ったが、今日は情報処理室は忙しいだろう。


 その中で、チーフが抜けるわけにもいかないだろうし。

 仕方なく、私は一人でランチを取りに出ることにした。


「白羽さん。一緒して良いですか?」


 ぼんやりと、エレベータに乗り込んだ私の後ろを追いかけてきたのは、弥生ちゃんだ。にこやかに乗り込んできた弥生ちゃんに、私は小さく頷くとドアは音もなく閉まった。


「小西さん。今年も残念でしたねぇ」

「―― ……え?」

「海外事業の話ですよー。どうして、一緒してあげなかったんですかぁ?」


 私は、弥生ちゃんのいってる意味が分からなかった。


 どうして、海外派遣の話で私の話まで出てくるんだろう? 思わず、そんな疑問に駆られて怪訝な顔をしてしまった。


「どうせ、このまま、付き合ってたら『結婚』とかも考えたんじゃないんですか?」

「―― ……」


 答えられなかった。


「どうしたんです?」


 言葉無く頷いた私の顔を覗き込むように、弥生ちゃんの言葉が降ってきた。


 ―― ……うん。


 私もそのつもりだったんだよ。本当に……。


 そう、声に出していいたかった。

 でも、いえなかった。


 私は「何でもないよ」と首を振って、静かに止まったエレベータから下りた。


「さて、何か、食べたいものある?」

「パエリアのおいしいお店見つけたんですよ。行きませんか?」

「ああ。駄目。パエリアはパス」

「どうしてですか?」

「夕飯の予定なの。だから」


 弥生ちゃんの残念そうな顔に僅かながらの罪悪感を感じながらも、結局近くのカフェに入ることにした。


「それで、さっきの話なんですけど。どうしたんですかぁ?」


 今年の冬はココアが身体に良いって話が伝わって、二人ともそれを飲んでいた。

 一口すすって、一息吐くと、弥生ちゃんはさっきの話を戻してきた。


 隠したって仕方のないことだし、きっとそのうち黙っていてもばれてしまうはずだ。


 私は小さく溜息を吐くと、そのあとひとつ深呼吸。かいつまんで小西さんとは別れてしまったことを告げた。

 最初その話を聞いた弥生ちゃんは、物凄く驚いた表情をみせたけど、それ以上の理由も何も聞かなかった。

 きっと、弥生ちゃんも気を遣ったのだろう。


「でも、一緒するってどういうことだったの?」


 こんな話になる発端を思い出して、今更とはいえつい訪ねてしまった。

 「別れた」ということを聞いたからかどうなのか、少し戸惑ったような仕草を見せたので、私は続けて話してくれるように促した。


「―― ……あの、ですね。白羽さん、知らなかったんですか?」

「何を?」

「ですから、あのプロジェクトの参加資格ですよ」


 小さく首を横に振った私をみて小声で「やっぱり」と呟くと、弥生ちゃんは話を続けた。


「派遣される本人のこと、対外的なことを考えて、妻子同伴だったんですよ」

「―― ……え?」

「だから、独身者ではその資格がなかったんです。それで、そういう話が出たんじゃないかなぁっと、思って聞いたんですよ」


 ―― ……知らなかった。


 私のカップを包み込む両手は微かに震えていた。



 ***



「古河くん」


 ぼんやりと、図書館でテキストをめくっていた俺に声を掛けたのは、行方知れずになっていた吉野さんだった。

 今日は休みが終わりに近いせいか、ここには人が少なくそのせいか、しんっと静まり返った室内に、静かに歩みを寄せる彼女のヒールの音が高く響いた。


「ありがとう。ちゃんと、もらってくれたのね」


 にっこりと微笑みつつそういって、俺の隣に腰を下ろした。そして吉野さんは、俺の手からひょいとテキストを抜き取った。


「―― ……用事は済んだだろう? 邪魔するなよ」


 子どものような行動をとった彼女に、ついそっけない言葉をかけてしまった。


「古河くんって、案外几帳面よね。それに、人が話してるのにこんなものから視線を外さないなんて失礼じゃない? 私に対して」

「―― ……そうか。悪かった……で、他に用事でもあるのか?」

「ああ! もうっ!! 感情薄いわねぇ」

「いや、俺の感情が薄いとかどうのこうのいう前に、あんたこそ、質問に答えろよ」


 一体何がいいたいのか、全く検討のつかない彼女に、少々苛立ちを覚えた俺はなるべく相手に飲まれないように言葉を返した。


「別に、何でもないわ。ちょっと、お礼をいいに声掛けただけよ。全く……そんな綺麗な顔して、淡々と話さないでよ」


 綺麗な瞳を柔らかく細めると、吉野さんは俺の顔に手を伸ばした。

 ふわりと、ふれた彼女の身体からは、柔らかいフローラル系の香りがした。


「―― ……で? 俺は誘われてるわけ?」


 軽く意地悪な質問をした俺に、くすくすと笑うと吉野さんは伸ばしていた手を引っ込めた。


「別に、そうとってもらってもかまわないけどね。丁度いろいろと、上手くいかなくて、気分良くないし。でも、やめとくわ。何だか、古河くんに染まっちゃったら痛そうだから」


 ―― ……痛そう?


 俺は聞き返したかったが、その時間を与えてはもらえなかった。

 そこまでいった吉野さんは、やんわりと微笑み俺の頭を撫でるとそのまま、立ち上がり部屋を出て行ってしまった。


 痛いってことは、傷付くってことだよな?

 傷つける?

 俺が?

 碧音さんを……?

 どうして?


 その答えは今の俺には到底得ることは適わなかった。

 俺には、その問いに答えるだけの経験がなかったし、何よりも、考える時間をそこで絶たれてしまったからだ。


「何だ。克己こんなとこに来てたのか?」

「ああ。それよりお前、よく俺のいるところがわかるな」


 いかにも、通りかかったようにひょっこり現れた透に、正直本気で驚いていた。


「ん? 大好きな克己くんのいるところくらい……って……ここ、吉野さん来てたか?」


 いつもの返答が帰ってきそうだったが、途中で、話が変わったようだ。

 俺にもたれかかりつつ、そう訪ねてきた透に嘘をつく理由もなかった俺は素直に頷いた。


「いたけど、どうしてわかったんだ?」

「―― ……ん? ああ。香水だよ。吉野さんの香水って自家製でな」

「自家製?」

「ああ。調香師だっけ? か、何かの資格みたいなのもってて、自分だけの香水を作ってるんだよ。で、ここにその匂いがしたからさ。克己くんの辺りからぁ~」


 そういって絡みつく透に感服しつつ、苦笑いを浮かべた。


「で、いつだ?」

「何が?」

「吉野さんがここ来たのいつ頃?」


 急にトーンの下がった透に驚きつつ、俺はついさっき、透と入れ違いぐらいだったのを伝えた。


「そ、か、じゃぁ、俺行くわ。今日は、お前の相手しに出てきたんじゃないし」


 俺の答えに、いくばくか肩を落とした透は、図書館を後にした。俺も廊下を走っていく透の影をガラス越しに見送って席を立った。

 透の様子が少しおかしかったのにも、気になったが何より吉野さんがいった言葉の方が俺にとっては引っかかっていた。


 ―― ……俺は何かを見落としているんだろうか?

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