―5―
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いつもなら、隣には克己くんが眠っているのに、今日は真葛さんが横になっていた。
何だか、子供の頃のようで少し可笑しい。
「子供の頃みたいね」
どうやら、真葛さんも同じことを考えていたようだ。
「そうだね」
零れた笑いをそのままに頷くと真葛さんは不意に真剣な顔になった。
「どうして、碧音ちゃんは、うちを嫌うの?」
そして、かけられる問い。もう、何度目だろう。そして私の答えも代わらない。
「―― ……別に。別に嫌いなわけじゃないよ。嫌いなわけじゃないけど……。何だかいられなかったの。ごめんね」
うん。そうなんだよ。
別に自分の実家に恨みがあると息苦しいとか、そんなんじゃなくって、何でだかは分からないけど、いられなかった。田舎だったからとか、そういう理由ではなかったのだけど。
そんな私の気持ちを知ってか、知らずか、真葛さんは優しく私の頭を撫でた。
もう、子供じゃないんだけど。
そうぼやきたい気持ちもあったけれど、まあ、良いかと許せてしまうのは真葛さんの特権だと思う。そんな私に気を良くしたのか、真葛さんはぽつりぽつりと話を続ける。
「良い人たちね。あやちゃんも、克己くんも」
「うん」
いつだって、私は人に恵まれている。だからそれだけは自信を持って頷ける。
「あたし、思ったんだけど」
「うん?」
「別に本当のこと、いっても良かったんじゃないの? 怒ったりしないわよ。お母さんは」
―― ……どきっ。
真葛さんの一言に、私の心臓は止まりそうなくらい驚いてしまった。
私は驚きすぎて、次の言葉が出なかった。そのことを察してか、真葛さんは話を勝手に続けてくれる。
「見てれば、分かるわよ」
そういって余裕の笑みを浮かべた。
「最初は、碧音ちゃんにあんな格好良い彼氏が出来るとは思わなかったから。あやちゃんの彼で納得行ったんだけど、そうじゃなかったみたいね」
「いつ、分かったの?」
私の声は物凄く、細く、小さな声になってしまった。
顔は茹蛸のように真っ赤になってしまっているだろう。こんな時期なのに、エアコンも止めているのに、暑い。
それが、面白かったのか、真葛さんはくすくすと、笑っていた。
「食事をしてたときよ」
「え?」
食事のとき? 私にはそれがどうして、分かるきっかけになったのか想像つかなかった。
「ほら、あやちゃん。雑談以外に克己くんに、いろいろ注文してたじゃない?」
「何? 胡椒とってとか?」
「そうそう」
確かにいってたけど、それがどうして、分かるきっかけになったのかまだ私には分からない。食卓では普通の会話だと思う。
「碧音ちゃん気がついてなかったの?」
「何を?」
「どうして、碧音ちゃんがそれを口にしなくて良かったのかってことよ」
―― ……まだ、分からない。
私の頭に浮かぶのは疑問符ばかりなのだけれど、どうすれば良いのだろう?
「ったく。碧音ちゃん、鈍いわねぇ。それが当たり前になってたんじゃないの? だから、気がつかないのよ」
「え? え……何が?」
「克己くんが、戻してくれてたのよ。貴方が使う順番に……。何もいわなくても、食事が続けられるように、手の届く場所に」
―― ……あ
「これって、簡単なようだけど、複数で食事をする場合、結構大変なことだと思うわよ。それだけ、克己くんは碧音ちゃんのことを良く見てくれてたのよ」
「―― ……ああ、そうか……」
そっか。
だから、私は今日のあやのような会話したことがないなぁって思ったんだ。そんな簡単な答え、私は全く気がつかなかった。克己くんが、私を見て、ちゃんと気にかけてくれて……ああ、だから……そう合点がいくと、ちょっと嬉しくて胸がじわりと温かくなり、顔が綻んでしまう。
けれど、その暖かな気持ちは、やっぱり直ぐに萎んで……
―― ……たとえそれが本当だとしても。
「でも、それがばれてしまっても、私はいうわけにはいかなかったの」
私が、克己くんを“彼氏”だとか“恋人”だとか紹介するわけにはいかないの。もう、決めたことだから。
何度も何度も頭で理解してきたことだけれど、私はいつも苦しくなって、きゅっと下唇を噛むと双眸を伏せて首を振った。
真葛さんは、何かを察することが出来る人だから、私の触れて欲しくないことまでは探ってこない。だから、今も、どうして? とは決して聞き直さない。
「―― ……そう。いろいろ、あるのね」
「……うん。いろいろ」
それ以上は、話す気になれなくて、私は、チクチクと痛む胸を堪えて真葛さんに背を向けてしまった。
「疲れたら、帰って来なさいよ。その場所はいつでも、あるんだからね」
「―― ……」
優しく、そういってくれた真葛さんに、私は返す言葉も無く、
ただ、ただ
頷くだけだった……。