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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第一章:Rendezvous after
8/166

―5―

 ***


 翌朝、雨が降っていた。冬の寒空をますます曇らせて。暗雲立ち込める空は私の気持ちをそのまま反映させているようだった。

 でも、風邪は良くなったみたいだ。

 ぼぉっとする頭は単に目が冷め切っていないせいだろう。


 ―― あふぅ。


 私は大欠伸をしながらベッドから這い出した。


 会社へ向かう足取りは重かった。

 2駅ほどの近い距離なんだけど、私はこの地下鉄っていうのがどうも苦手だ。


 だから、仕方なくいつもは自転車または早く目が覚めたら徒歩で通うのだけど、生憎今日は雨だ。

 天気には敵わない。

 そんな気のすすまない時間を過ごしてからの、出社はいまいち乗り気がしない。


 天気の悪い日は、朝なぜかあやの顔を見ることはない。早いのか遅いのかよくわからないけど。


 とりあえず、私は社内メールを使って、あやへ昨日の謝りをいれておいた。怒ってるかなぁ。電話しようと思ったのにすっかり寝入ってしまっていた。

 あやから返信が届いたのは、昼休み前だった。


『おこりんぼの碧音ちゃんへ

 気にしなくていいよ。昨日は昨日で楽しかったし。

 あと克己も怒ってないからまた、いこうね。

 それから、今日のランチはお向かいのカフェに行こう。

  心優しいあやちゃんより』


 ――― ……やれやれ。


 ……ていうか、やっぱし昨日のことあやにもばれてるのね。はぁ。思わず溜息が漏れた時。


 「白羽さん」


 声をかけられて振り返ると、弥生ちゃんが資料片手に立っていた。


「どしたの?」

「あの~。これちょっとわかんないんですけど」

「ああ、良いよ。ちょっと待って」


 そういって、席を立とうとしたけどにこやかに私の両肩を掴んだ弥生ちゃんに再び座らされてしまった。


「―― ……。ったく、返事が返ってこないと思ったら。あんた何やってんのよ」

「んん~。弥生ちゃんが、わかんないっていうから」


 私は、ディスプレイに向かいつつ後ろで呆れ顔を見せるあやに返事をした。


「あんたまた貧乏くじひいたのよ。あの子がわかんないわけないでしょ。あんたより詳しいわよ」

「え? そうなの? まぁ、良いよ。夕方までっていってたし間に合わせれば良いんでしょ」


 あやの溜息が聞こえた。


 損をしているのは私なのに、怒っているのはいつもあやだ。あやが私の変わりに腹を立ててくれるから私は怒らなくてすむ。人間関係とは実に上手く出来ているものだ。


 そう思って満足気な顔をした私にあやは心底呆れたという風にオーバーに肩を竦めた。


「良いわ。何か買ってきてあげる。お腹空いたでしょう」

「うん。私トムヤンクン食べたいなぁ」

「ええ?! 今から行くのよ?」


 私のリクエストにぶつぶついいながらあやは部屋を出て行った。

 夕方までの書類も何とか片をつけることが出来た。なんだかんだといいながらもあやが資料集めを手伝ってくれたお陰だ。


 ―― ……良かった。


 朝から降っていた雨はやんでいた。

 路上から雨の冷気が上がってきて冷え込む。でも、これなら歩いて帰れそうだ。

 そしていつもより若干早く会社を出られたことに気分を良くした私は必要のなくなった傘を軽くふって会社を後にした。


 そうだ、そうだなぁ。 克己くんに謝罪にいかなくっちゃ。


 ああ、なんていって謝ろうか? あやは怒ってないっていってたけど、普通怒るよね。なんといっても私ってば手を上げちゃったし。


 そんなことを考えながら歩いていると、ふと足が止まった。


「これ、似合うかも」


 手ぶらっていうのも、何だし。



 ***



 今日は、何だか冷え込むな。

 まだ、そんな季節でもないはずなのに少し息が白いような気がする。


 ―― ……ふぅ、さむぅ。


 俺はビルの裏で瓶を片付けていた。細い路地を通っていく奴らの早い足音を聞きながら、よいしょとビールケースを積み上げた。


 ―― ……ごとっごとっ


「克己くん?」


 聞き覚えのある声。茶色とベージュのパンプスの先が視界に入って、しゃがんでいた俺は顔を上げた。

 声の主はあいつだった。


「あっと。昨日は、その、ごめん」


 そういったあいつの顔は真っ赤だった。

 会社帰りに立ち寄った。って感じか? あぁ、それはこういうとこでは基本? ていうか、何か謝られてるし。別に気にしてるつもりはないし、俺が怒ったりなんかする必要のないことだとも思うんだけど。


「いい。別に関係ないし」

「ああ、そうだよね。うん。でも、私が悪かったし。その、これ、お詫び」


 早口にそういうとずぃっと、俺の前に小さな箱を差し出した。


「いらなかったら、捨てちゃったら良いから。じゃあ、今日は帰るよ。ほんとごめんね」


 そこまでを一気にいい切ると、くるりと踵を返して来た道を戻り始めた。


「おい!」


 俺は思わず、呼び止めてしまった。

 あいつは、不思議そうに振り返ると俺の次の言葉を待っているようだった。


「また、来いよ」


 しまった! つい、心にもないことを口に出していた自分に驚いた。

 別に来ようが、来まいが俺には何にも関係ないのに。


「ありがと。またね」


 動揺した俺の心を知ってか知らずか、とびっきりの笑顔でそう答えると小走りに走っていった。

 どうしてだか、あいつが視界からいなくなるまで俺は見送っていた。


 ―― ……で、これは何だ?


 俺は手の中に残された小さな箱に視線を落とし、とりあえず開けるとそこからは、ブレスレット?――一周レザーでできていて、とめ具の部分だけがシルバー? いや、ホワイトゴールドか――が入っていた。


 とりあえず、俺はその箱をポリバケツに放り込んで、中身は右手にはめ店に戻った。



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