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克己くんはどう思ってるんだろう? 私がこんな風に真葛さんに説明してしまったこと。
やっぱり、面白くはないだろうし怒ってるよね。
フツー気分悪いよね。やっぱり。
私でもそうだ。
でも、きっと私なら口に出来ない。一人で内に篭る嫌な女だ。
私は、みんなの前に置かれたグラスに静かにシャンパーニュを注いでいる克己くんの姿を、ぼんやり眺めながらそんなことに頭を巡らせていた。
―― ……ルイ・ロデレール社のシャンパーニュかぁ。何だか、豪勢だなぁ。
目の前で注がれてゆく、ほのかに黄金色に輝くそれは小さな細かい気泡によって混ぜられていって、そのまま、私まで混ざってしまえば良いようなそんな気にさえなっていた。
「あ、美味しい。克己くんって、料理お上手なのね」
「そうですか? 口にあって良かった」
真葛さんの言葉に、にっこり笑って答える克己くんは、私にとってちょっと怖かった。克己くんの愛想笑って、貴重だ。店に出ていても殆ど無表情で接客する子なのに。
でも、その日に用意された、チキンの香草焼きは確かに絶品だった。
おせちにあきた、私の胃にもすんなり入ってくれる。
「克己。コショウとって」
「ん」
「ああ、シャンパンももう少し欲しい」
「はいはい」
何だか、複雑。あやと、克己くんの間で交わされる言葉は、何となくカップルっぽい。
いや、違う。嫉妬とかじゃなくて、いや、その、そうじゃなくて、なんというか、私、そんな会話したことないなぁ……とちょっと思っただけだ。
自分でまいた種なので、そのことについてなにもいうことは出来ないんだけど。
そんな二人を微笑ましく眺めていた、真葛さんが口を開いた。
「あんたも、早く彼氏作ったら。二人に、悪いでしょう?」
「ああ。そうだねって、悪いって気持ちがあるなら、真葛さんこそ、ホテルにでも泊まってくれたら良かったのよ」
大体、娘に彼氏作れという前に普通なら、部屋を探せというだろう。真葛さんはちょっと普通の斜め四十五度くらい上を見ている。
「酷いわ。そんなこといわないでよ」
「あたしは結構好きよ。真葛さん。だって、あんたと同じじゃない」
さもおかしそうに、私たちを見比べてあやは笑っていた。
ちらりと克己くんのほうも盗み見れば口パクで「そっくり」と重ねられた。
む。面白くない。
親子なんだから、多少は似ていたとしても、そんな笑いをとるところまで面白いようなことはないと思うんだけど。
全く。
私は、グラスのシャンパーニュを飲み干しながら、座りなおし多少荒く息を吐いた。
***
真葛さんが風呂へ入っている間に、俺は手早くベッドメイキングをしていた。ていうか、つまんねぇ雑談してないで、お前らも手伝えよ。
俺は口に出すことのない愚痴を内心溢しつつ、ベッドを整えていく。
「碧音さんと、真葛さんは、寝室のベッド使ったら良いだろ。あやには、碧音さんの部屋に、簡易ベッド用意するから」
そう声を掛ければ、他愛もない話をしていた碧音さんが「克己くんは?」と首を傾げる。そんなの聞くまでもなく決まっているだろうけど、一応説明。
「俺? 俺は、リビングのソファででも寝るから良い」
「風邪ひいちゃうよ」
「別にあたしは良いわよ。一緒に寝る? 克己」
あやの台詞に、俺とあやは同時に碧音さんを見ていた。ぼふっと音が鳴りそうなほど瞬時に真っ赤になった碧音さんに思わず噴出す。
「あんま碧音さんからかうなよ」
「え? いや、今のは、克己くんが……」
わたわたした碧音さんにあやがあっさりと答える。
「ううん。碧音をからかったんだけどね?」
それ以外にないだろ。苦笑して、肩を竦めると最後に残していた枕のカバーを取り替える……というか俺相当マメじゃね……。いや、良いんだけど。
「でも、何で素直にいわないの? 真葛さんなら、そんなに、反対とか、しそうなタイプじゃないじゃない」
ベッドの脇に腰掛けて雑談を続けていた二人が、俺も気になっていた話題にいとも簡単に触れたので、つい聞き耳をたてる。これは仕方ない。当事者なんだから。
碧音さんはその質問に明らかに、動揺していた。
「いや、ほら、ちょっと変わってるでしょ。それに、弘雅さんって結構厳しいから。うち、普通の家とちょっと違うのよ」
「ふ~ん。まぁ、普通と違うのは、あんた見てれば分かるけどさぁ」
「そうそう、って……それどういう意味よ……」
あやのやつ。話をそらしたな。意図してあやが話題を逸らしたことが若干憎らしくはあったが、これ以上引っ張っても碧音さんを困らせるだけで、今これ以上碧音さんがこのことについて話すことはないだろう。
そう、見切りをつけた俺は最後の枕をぽふっと定位置において、二人を残したまま寝室をあとにした。
そして、黙々と残っていた夕食の後片付けを始めてしまっていた自分にがっくりと肩を落とす。
俺って、貧乏性なのだろうか。
いつの間にか、所帯染みてじっとしていられなくなってしまってる自分にふと気がついた。