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―― ……ん?
正月料理っぽいものを、2.3品用意しておこうと思い、下ごしらえをしているときにエプロンのポケットの中で携帯が鳴った。
着信音で相手は分かる。碧音さんだ。退屈したからと、電話をしてくるような可愛らしいタイプではないから、何かあったのだろう。
「何かあった?」
受けた早々、そう口にしたら案の定だった。
『克己くん。あのね、ちょっと申し訳ないお願いが出来ちゃったの。本当に申し訳ないんだけど』
「うん? 何?」
慌てた感じの声に俺は一抹の不安を覚える。
『あのね。私の実家から真葛さんがくるのよ』
「―― ……うん、それで? 真葛さんって誰?」
『ああ、私の母親のことなんだけど。でね、彼女が泊まりたいって』
―― ……なんだ。そんなことか。
身構えていた分、拍子抜けだ。
碧音さんのことだから色々散々手を尽くしてもどうしようもなかったのだろう。最終手段として仕方なく。というのが強く伝わってくる。
「ああ。泊まってもらえば、良いだろ?」
『―― ……う、ん。それでね』
俺は腑に落ちない気持ちを抑えて、ぴっと携帯を切った。
話の内容は何となく分かった。分かったけど、いまいち、合点がいかない。
いかないけど、碧音さんがそうしたいというのなら、俺には何をいうことも出来ない、とも思う……し……。
俺、何か駄目か?
***
「はぁ……。相変わらず、碧音ちゃんの淹れる珈琲は美味しいわね」
結局、本気で何度もホテルに泊まることを勧めたのだけれど、真葛さんの勢いに押されて泊めることになってしまった。あらかじめ、そうなることも想定して呼んであった、あやと三人でリビングでくつろいでいた。何だか妙な気分だ。
「あやさんも、ごめんなさいね。この子が二人のとこに転がり込んでるなんて」
「いえ。良いんですよ」
「真葛さん。そんなことは良いの。で、どうして、こっちに来たの? 突然。何かあったんでしょ?」
―― ……そうなのだ。
私は、どうしてもいろいろと考えると、克己くんと一緒に暮らしているということを、真葛さんにいうことは出来そうになかった。学生だからとかそういう理由ではなくて……なので、申し訳ないことというのは、そういうことだった。
あやに、私の代わりをしてもらう……そのことで、もちろん、克己くんが機嫌が良いわけないのも、分かる。けど、今の私には、そうしておくことしか思いつかなかったんだ。
「う~ん。別に何もないわよ。親が娘の心配して、何が悪いの?!」
「分かったわ。弘雅さんと喧嘩でもしたんでしょ?」
あんまり、得意満面にそんなこというから、すぐに分かってしまった。
真葛さんは私の指摘に、勢いよく立ち上がったのに力なく座り込んでしまった。
「何? 弘雅さんって?」
あやの基本的な質問が飛んだ。
「父親だよ」
あやの言葉に静かに答えると溜息を吐いた。夫婦喧嘩は犬も食わないとはよくいったもので、うちの二人の喧嘩も、そんな感じなんだろう。兎に角、今日はもう仕方ないとして、家に電話をいれて、明日弘雅さんに、迎えに来てもらおう。
うん。それが良い。
私は一人納得して力強く心の中で頷いた。
「まぁ、良いよ。じゃあ、真葛さんは先にお風呂でも入ってきたら?」
「ええっ?! 喧嘩の理由も聞いてくれないの?!」
「聞かないよ。ほら、早く」
「あ、あたし聞きたい」
しまった、ニコニコと笑顔のあやが興味津々で、首を突っ込んできた。
***
―― ……家が賑やかだ。
マスターに客が来ることを話して、早めに引き上げた俺は、玄関を開けてちょっと躊躇した。
一体何人増えたんだ? いや、二人だろ? あやと、碧音さんの母親と……で……。何で、こんなに賑やかなんだ?
俺は恐る恐る廊下を抜け、リビングへ続くドアを開けた。案の定、三人の視線が集中した。
「おかえり、克己」
先頭切って立ち上がったのは、あやだった。
「―― ……うわっ。そっくり……」
そんなあやの後ろ手に居た二人を交互に見つめて、思わず声が漏れてしまった。笑っちゃ駄目だ。
親子ってこんなに似るものなのか?
思わず呟いた俺から、申し訳なさそうに視線をそらすと、碧音さんからも
「おかえり」
という、小さな声が聞こえた。
「今日、何か早くない? 『X―クロス―』まだやってるでしょ?」
「ん? ああ、碧音さんの親が遊びに来てるっていうから、早めに切り上げたんだ」
あやの質問に答えつつ、着ていたコート類を脱ぐと、真葛さんとやらに小さく頭を下げた。真葛さんはそんな俺に気を悪くする様子もなく、にこやかに自己紹介をしてくれた。
中身もきっと、似たり寄ったりなんだろうな。
そう考えると妙に可笑しい。
「克己。お腹すいたわ。あたし今日何も食べてないのよ」
―― ……ったく。あやのやつ。すっかり、彼女気取りだな。ん? いや、あやはいつもこんな感じか。
「何か作る。待ってろよ。……で、真葛さん? で、良いですか?」
「ええ」
「何か、嫌いなものとかあったら聞きますけど?」
とりあえず、ないとは思ったが、聞いてみたが予想通りの答えだった。
にこにことそういった、真葛さんは、本当に仕草まで似ていた。
「ほら、真葛さん。二人の邪魔になるから、あっちで、座っててよ」
そういうと、碧音さんは真葛さんをリビングのソファまで、文字通りずるずると引っ張っていった。