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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第五章:live with -2-
76/166

―1―

 ***



 ―― んー……?


 今朝もいつもどおり、良い匂いで目が覚めた。でも、今朝のはちょっと違うかなぁ。

 私は寝ぼけ眼のままリビングの方へ出てきた。その先には、早起きした克己くんがエプロン姿でお鍋をかき混ぜていた。


「おはよう。何作ってるの?」


 ―― びしっ!


「おはやくない!」


 振り向きざまに、おたまを突きつけられて突っ込まれてしまった。いわれてちらりと時計に視線を走らせる。


 ―― ……て、ああ……10時過ぎてるんだ。そりゃ早くはないな。あはは……。


 曖昧に微笑んだ私は「それで?」と質問の答えを促した。克己くんはもう一度お鍋に向き合うと完結に応えてくれる。


「おせちの準備してるんだよ」

「ほう。おせち?」


 ひょっこりと覗き込めば煮豆だ。つやつやと綺麗。


「まぁ、二人だからそんなにたくさん作らないけど、何かリクエストあったらいってもいいぞ?」

「んー。栗きんとん」


 手を伸ばしかけた私の手の甲を、ぺしっと叩いてその場を離れると克己くんは話を続ける。私は叩かれたことを無視して一つ摘む。美味しい。


「だから摘むなよ。ほら、さっさと、顔洗って。栗の皮を剥く。―― ……了解?」


 振り返った克己くんに、どん。と、ダイニングテーブルの上に、栗と皮剥き機を、ぽんっと乗せて私の顔を見た。


「了解」


 と私は軽く返事を返して顔を洗いに洗面所に向かった。

 それにしても、本当、克己くんって、まめだよねぇ。世の主婦だって、家でおせち作ったりしないだろうに。

 いつものことだが、感心しながら、歯ブラシを咥えた。


「―― ……出来た。もう、無理手が痛いよ」



 ***



 ―― ……はぁ。碧音さんに頼んだ俺が馬鹿だった。


「……分かった。もう良いから」


 俺からは溜息しか出なかった。結局、ボウルの中身を確かめたら10個あるかどうかだ。

 まぁ、栗の皮はぐのは結構大変だけどな。


「私、お飾りとか買ってくるよ。ね? そうしよう」


 少しは申し訳ないと思ったのか、ぽんと手を打つと、そういってコートとバッグを手に持った。


「何か買い忘れない?」

「こっちは大丈夫だけど、人が多いから、気をつけろよ。後、遅くなるなら連絡いれろ」

「―― ん。了解。」


 この間のことがあったので、ちょっと素直だった。「行ってくるね」とにっこり、微笑んで、部屋を出て行った碧音さんを確認して、俺は続きに取り掛かった。



 ***



 ―― ……そんなこんなで、正月三が日は平和そのもの、最初こそばたついたものの、同棲生活も安定して平和だった。


 ぼんやりと、お正月の特別番組を眺めながら、私は冷酒をすすっていた。

 克己くんはといえば、バイトに出ている。今日から『X―クロス―』は営業を始めるらしく忙しいようだ。

 昼間から、呼び出されて、あわただしく出て行った。


「―― ……退屈」


 どこに回しても特番ばっかりで、あんまり面白くない。その上、手酌酒とあってはますます面白くない。私のぼやきは独り言に変わっていた。


 ―― ……RRR……RRR……RR……


 ちょうどその時、携帯が鳴った。

 あやからのお誘いだろうかと、ほくほく顔で手に取ると、発信元は「公衆電話」だった。一体誰だろう。不信感を隠せないまま、しつこくなる電話に痺れを切らして電話に出た。


『遅いじゃない?! 何やってたの? 碧音ちゃん!』


 その一方的な会話の声にどこか聞き覚えがあって、ほんのり、酔っていた頭が急に冴えた。


「ま……ま、真葛まくずさん?!」

『そうよぅ。碧音ちゃんてば、今年も帰ってこないんだもん、心配しちゃうじゃない』


 どうにも気の引き締まらないテンションは相変わらずだ。私は寝転がっていた身体を起こして、面倒臭いという体を隠すこともなく返答する。


「―― ……で、何の用事?」

『冷たいなぁ。んん。今日はさぁ。碧音ちゃんのことが心配で遊びに来たのよ』


 調子の良いその語り口調。私は、真葛さんの突拍子もない話に半ばめまいを覚えつつも、気を取り直して、気持ちを保った。


「あのねぇ。真葛さん? 遊びに来た……て? 何? 今どこにいるの?」

『ん? 駅だよ。ちょっと、観光してから、そこ行くね』

「ええ?! 駄目だよ。私、もう、あそこに住んでないし」

『え? じゃぁ、どこに住んでるの?』

「―― ……ええっと。友達のとこで同居させてもらってるのよ」


 嘘でもないけど、咄嗟に同棲しているなんて言葉は避けた。


『ふぅ~ん……。良いよ、どこででも、寝られるから』

「―― ……え、ちょ、泊まる気っ?!」

『それじゃ、また後で電話するわね』

「ちょっ!!」


 ―― ……そういう、問題じゃない。


 いいたかったがそれをいう前に、電話は切られていた。

 これは弱った。

 さて、どうしたものか……。

 私は、酔いのさめた頭を働かせて、とりあえずもう一度受話器を握りなおした。


「良かった。今年は日本にいるのね」

『はい? 今は、海外だって携帯使えるのよ?』

「え? いないの?」


 私が、電話をかけた相手はあやだった。このところ、年末は決まって海外にいっているので、正直捕まるとは思っていなかった。


『はいはい。居ますよ。日本にね』

「何だ。意地悪いわないでよ」


 とりあえず、あやに事の次第を説明して、ひとまず受話器を置いた。

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