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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第四章:live with -1-
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―16―

 結局、碧音さんが何を考えていたのかわからないまま、部屋へ戻り食事の準備を済ませて、テーブルに着いた。

 買ってきたばかりのワインのコルクを抜くと、グラスに注ぎ手渡す。

 今日は珍しく、静かな食卓だった。

 かちゃかちゃと、皿とフォークがあたる音がやけにうるさく、部屋に響いていた。


 どうしようもなく、居心地が悪かったが、聞いてもきっと碧音さんは何もいわないだろう。いってくるのを、待つしかないんだ。

 分かっていたけれど、その時間が俺には、とても長くて……とても、もどかしかった。


 食事が終わっても、碧音さんは席を立とうとしない、仕方なく片付けは自分ですることにして、俺は席を立ち空になった皿を運んだ。


 ―― ……ザァァァァァ……


 手に暖かなお湯がかかる。


「ねぇ。克己くん」

「―― ……んー?」


 やっと、碧音さんが重い口を開いた。

 きゅっ、と水道を止めて振り返ると、碧音さんの俺をまっすぐ見つめる瞳と重なった。碧音さんのその目をみると、心なしか俺は緊張した。


「あのね」

「うん?」


 見つめていた瞳は伏せられた。軽く下唇をかむ仕草を見せる。


「私、克己くんのこと」

「―― ……うん?」


 両膝の上においてあった手に力が篭ったのが見て取れた。

 そしてまた、大きな瞳が俺を写した。


「克己くんのこと、信じても、良い?」


 ―― ……びっくりした。


 あんまり、深刻そうな顔をしていうから何をいい出すのかと思えば……

 ふっ。と、緊張のほぐれた俺は思わず笑ってしまった。そして、返事をするために、俺は碧音さんの隣の椅子へ腰掛けた。


 その様子をずっと、目で追っていた碧音さんは俺が座った方へ向き直った。


「それで碧音さんは、俺になんていって欲しいんだ?」


 俺もいい加減ズルイが、碧音さんの質問だって十分にズルイと思う。

 そんな捨て犬みたいな目で見られて、信じて良いかだなんて、良い以外どう答えろっていうんだ。即答しそうな自分を抑えるのにどれだけの労力を遣っていると思ってる。

 でも、俺の切り返しに不安げに瞳を揺らす碧音さんを見ると、ちょっと拙かったかと罪悪感が湧いてしまう。


 俺ばっかりこんなの、絶対、ズルすぎる……。

 


 ***



 ―― ……私、何ていって欲しいんだろう。


 分からなかった。

 どうして、そんなことを聞いてしまったのか、口にしてしまったのか。

 自分でもよく分からない。

 ただ、確認したかった。


 私はなんなのか。どうすれば良いのか。


「碧音さんは、俺のこと信じられない?」

「―― ……分かんない」

「そうか。分からないか……」


 分からない。

 思わずそう答えてしまった私に、克己くんは悲しそうに目を細めると話を続けた。


「まぁ、俺も正直分からない。『好き』って、どんなことなのかよく分からないしな。でも、碧音さんのことは大事に思ってるし。傍に居て欲しいし、同じ空気を吸っていたい。そして、何より……」

「―― ……?」


 そこでいったん言葉を置いた克己くんは、大きく深呼吸を一つした。


「俺も、碧音さんのことを信じたいんだ」


 ―― ……信じたい。


 そんなこといわれたのは初めてだった。みんな信じてくれているものだと思っていた。

 でも、私がどうしようと、迷っているのに、克己くんが信じてくれるわけもなかったんだ。「疑わしい」ということがまだなかったから、こうやって、口に出さないと分からなかったけど。


 何度も変わる家庭環境の中で、克己くんが誰かを信じるということに、一体どれほど、不信感をもっていたかということに、私はもっと早く気がついてあげるべきだった。


「私も……」

「―― ……うん」

「私も、信じたい」


 そう、信じられないわけじゃなくって、ずっと信じたかったんだ。

 でも、今までのことが私の気持ちを曇らせて、


 これで良いのか?

 このままで、良いのかと? 


 疑問ばかり投げかけていて。


 信じたい。


 そう思う気持ちを隠してきた。


「馬鹿だな」


 そういった声も暖かくて、ふんわりと柔らかく抱きしめてくれる腕も、胸が苦しくなるくらい温かくて、優しくて……。

 堪えていた気持ちが溢れてきて、どうしようもなくって、私は涙が零れた。


「そんなこと、考えてたのか?」

「―― ……うん」


 ―― ……それだけじゃないけど。


 私は、それを口にすることは出来なかった。

 私が、克己くんを信じるということは、必ず訪れることへの心の準備が必要だということになってくる。


 だから、私は、迷って迷って迷ったうえで


 それでも、今の私は、この克己くんの腕を離すことは出来そうにない。例え、傷が増えたとしても。


 そう。


 そういう結果にたどり着いたんだ。


 ―― ……どうか、神様お願いします。


 私の、この平和で平凡な時間をほんの少しでも、わずかでも、長く長く、感じさせていてください。

 そう、願うしか私にはどうすることも出来なかった。


 “好き”という魔法の言葉はしまって、曖昧なままのこの関係を私は続ける決心をした。 



 ***



 きゅっと背中に回った腕に篭る力に答えるように、俺も腕に力を込めた。

 “好き”とか“愛している”とか馬鹿の戯言のように繰り返してきた。だから余計にその言葉の持つ意味が分からなくて、簡単に言葉に出来なかった。


 ただ、この人だけは、俺が初めて“信じたい”そう思った人に違いはなくて……その先に“愛”があるなら、いつかきっとキチンとそう口に出来る日がくるだろうと、それこそ……俺は、馬鹿みたいに、信じ始めていた。

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