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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第四章:live with -1-
72/166

―13―

 ***


 翌日遅い朝食を済ませた私は、マンションの玄関口で克己くんを待っていた。


 てっきり、電車で行くんだと思っていたのだけどドライブになるらしい。

 私は、もちろんペーパードライバーも良いところなので、まだ免許を取って間もない克己くんが運転した方が、無難だろうという結果に達し、今に至る。


 ぼんやりと、そんなことを考えていると、私の前にセダンがゆっくりと止まった。シルバーメタリックなそのボディは何か、かなり高級そうだ。


 ―― ……誰に借りたんだろう。もしかして、持ってたとか?


 目の前に止まった車を前にして、一瞬いろんな考えが頭の中をよぎった。つい、ドアに手を掛けることも忘れていたら、助手席の窓が静かに降りた。


「早く乗れよ」

「ああ、ごめん」


 思わず止まってしまった時間を取り戻して、私は慌てて乗り込んだ。

 ばたんっとドアを閉めたところで、克己くんに「ちょっと、」と腕を引かれ運転席側に身を乗り出す。

 克己くんの冷たい手が首筋に触れて首を竦めた。


「じっとして」


 笑いを含んだ声で告げられて、くっと息を詰める。そして、襟元を正すと髪を一束前に流して、そっと離れた。


「……もしかして、見えてた?」

「ん。次は気をつける」


 う……。

 生真面目にそう答えられて、私は椅子に座りなおすと赤くなる顔を隠すように膝頭を見つめる。そして、かちゃりとシートベルトを締めたところで、車は静かに走り始めた。 


 克己くんの家は、高速に乗って小一時間のところだった。

 街中からほんの少し離れていただけなのに、たどり着いた先には、落ち着いた閑静な住宅街が緩やかな坂道の両脇に広がっていた。

 その坂道を登りきったところで、車は静に止まった。


「―― ……わぁ」


 想像以上にご立派な家……いや、もう、お屋敷。が、どんと構えてあった。


 外門が静かに開いてそれを潜って進むとシンメトリーで作られた庭が広がって、奥の立派な建造物も、ぴしっとしたシンメトリー調で、きっとどこかの有名なデザイナーが設計したのだろうな。


 ―― ……はぁ。うちの家とは正反対だなぁ。


 うちの家なんて、これでもかといわんばかりの日本家屋だから、完璧に近い西洋建築への憧れは正直強かった。


 ―― ……キッ。


 玄関の前で、車は静かに止まった。


「すっごい、家だねぇ」

「そうか? 馬鹿みたいに無駄に広いだけの家だぞ。まぁ、とりあえず入ろうぜ」


 大きな玄関の扉が仰々しく開くと、これまた、中の内装にも目を見張るものがあった。

 物凄く物珍しくて、ついついきょろきょと行儀悪くしてしまう。そして、広々とした玄関フロアーの奥の一つのドアが開くとその先から、スーツ姿の男の人が姿をあらわした。


 誰も居ないといっていたけど、お父さんかな? それにしては、ちょっと若い? ような気もしないでもないけど。


 その男の人がにこやかに、歩み寄ってくると克己くんは、私の視界からその人が見えないように立ち位置をずらした。


 少々人見知りの気のある、私にはそうしてもらえると大変ありがたかった。


「ああ、お帰りなさいませ。克己様。お電話でも下さったらお迎えにあがりましたのに」

「必要ない。どうせ、親父は居ないんだろう?」

「ええ。本日は、英国の方へ……学会が……」

「あんたが、ついて行ってないってことは、そういうことなんだろう? ったく、いい歳して……」


 ―― ……そういうこと? どういうことだろう?


 普段の不機嫌さに拍車の掛かった調子でそういい捨てた克己くんの台詞をほんの少しだけ不思議に思ったけど、どの家庭にも一つや二つは問題があるんだろうと思って、あえて聞くのはやめた。


「珍しいですね。克己様がお客様をお連れになるなんて」


 私に気がついたその人は、にっこりと微笑みつつ私に軽く会釈した。私も慌てて襟元を押さえて頭を下げる。


「はじめまして。橘 一臣といいます。克己様のお父様の秘書を勤めさせていただいています」

「あ、えっと。白羽 碧音です。はじめまして……橘さん」


 ―― ……あああ。私ってば気の利いた言葉の一つも出てこないよ。


 にこやかに握手を求めてきた彼の手を握ると、次の言葉が何一つ思い浮かばなかった。


「ほら、俺の部屋いくぞ」


 そんな私に助け舟を出してくれたのは克己くんだ。固まってしまった私と橘さんとの間を割って、二階へ続いている、階段へ歩いていった。

 私は橘さんに軽く会釈して、慌てて克己くんの後を追った。


「ふわっ。外観だけでなくって、部屋も広いんだね」


 二階の廊下の中ほどにあった、観音開きのドアを開けるとそこは高級ホテルのスイートのようなところだった。

 いや、まぁ、庶民の私は泊まったことないですけどね。テレビで見る程度です。


「んあ? まぁ、無駄に広いだけだな。普通に考えて一人にこんな空間必要ないだろう。もう、ここも誰の趣味か分からない部屋になったしな」

「―― ……?」

「て、そんなことは良いんだよ。疲れたろ? 何か飲むものでも持ってくるから、そこらに座ってるか、そこいらへん漁ってても良いぞ」

「え? 良いの?」

「ああ。別段みられて困るようなものもないしな。それに興味深げな顔をしてるし」


 ―― ……あはは。


 すっかり、読まれてしまってるな。

 そこまでいうと、克己くんは私一人を、部屋に残して、出て行ってしまった。



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