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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第四章:live with -1-
71/166

―12―

 ***



 あれから、決まったことといえば、高熱費と食費を私が持つってことくらいだった。

 部屋はあやのいった通り、持ち家だったようで、その辺のことは分からないということだった。だから、今のところ私にはどうすることも出来なかったわけで、根掘り葉掘りは流石に諦めた。

 それに年も押し迫ってきたということもあって、どうしてもその手の手続きは年明けまで伸ばされた。


 ―― ……結局、押し切られたままになってしまうことになってしまったんだけど。


 それはそれ、なんとか、割り切れない部分も割り切って共同生活をすることになった。

 そこで、全ての家事全般を克己くんにやらせても悪いと思い、食事の後片付け――とはいっても、食器洗い乾燥機がやってくれるので下げてくるくらいなんだけど――とか、掃除等々は私がすることにして、今、やっとその夕食の後片付けが終わったところだ。


「―― ……よし」


 最後にテーブルを拭いて片づけを終えた私は、珈琲を淹れる事にしてサイフォンにお湯を注いだ。

 まぁ、一人分入れるのも、二人分淹れるのも変わらないので二つカップを用意して椅子に腰掛けた。


 ―― ……今年もいろいろあったなぁ。


 ふと、そんなことを考えて、溜息を吐いた。

 そんな一年の締め括りにこんなに大きな事件が起きてしまうなんて、私は幸か不幸か落ち着かない限りだ。


 明日からは、やっと、冬期休暇に入るわけだし、少しはゆっくり考えることが出来るかな。

 こぽこぽと、カップに満たされる琥珀色の液体から昇るほろ苦い香りをゆっくりと吸い込み、胸を撫で下ろす。お酒も好きだけど、珈琲も好きだ。バリスタになれるとは思わないけれど、それに近い知識が欲しいくらいだ。


 シンクまでお盆を取りにいくのが面倒で、両手にカップを持って廊下を進む。

 部屋のドア越しに微かにキーボードを叩く音が聞こえていた。刹那、邪魔にならないかと、不安にもなったけど折角淹れたんだし。それに邪魔なら邪魔だと克己くんなら気負いなく口にするだろう。

 そう思うことにして、思い切ってドアをノックした。


 ―― ……コンコンッ


「ん~、何?」


 中から返事が聞こえてきたので、ドアを開けようと思ったけど、気がついたら両手はカップでふさがっていた。

 私ってば、本当に何やってんだろう。えっと、右手にカップを寄せて、いや、ちょっと溢しそうだ……あっついし……一度戻って、いや、それじゃ、ピンポンダッシュと変わらない……。

 あとの返答がなかったため、痺れを切らした克己くんが、かちゃりとドアを開いてくれた。


「ええっと、休憩でもしない?」


 何とか、ドアを開けようとしていた私は、実に間抜けな感じに映ったのだろう。そんな私を見て小さく笑った克己くんは、両手に持っていたカップを両方受け取って中へ入った。


「私、居ても大丈夫?」

「ん? そのつもりで、二つ持って来たんだろ? その辺座れよ」


 折角気を遣って聞いてあげたのに、身も蓋もないような返答をされてしまった。


「冗談だよ。ほら、折角淹れたのに冷めるぞ」


 ちょっと、不機嫌そうにデスクの向かい側においてある2Pソファに腰をおろした私に、カップを渡した克己くんは面白そうに笑っていた。


 ―― ……笑い事じゃなんだけど。


 で、当の克己くんはというと、カップの中身をすすりながら、パソコンの前に座りなおしていた。


「克己くんって、目悪いの?」

「いや、そんなに悪いってこともないけど、ちょっとだけな」


 普段かけていない眼鏡を宛がっていた克己くんは、少し恥ずかしそうに微笑むと眼鏡を外して、目頭を押さえた。


「ふ~ん。眼鏡かぁ」

「ん、何?」

「頭良さそうに見えるなぁと思って」

「――― ……ばっか。俺は頭良いんだよ。碧音さんがしたってそう見えるとは限らないぞ」


 飲もうとした珈琲を噴出しそうになりながら、克己くんは大笑いしていた。


「―― ……べ、別にかけようかなんて、いってないでしょ。私、目は良いんだからね」

「いいたそうだったけどな」


 そしてひとしきり笑ったあと克己くんはまだ溢れてくる笑いを飲み込むように口元を押さえて


「明日にでも、行ける?」


 と、前置きもなく、私に確認を促した。もちろん、直ぐに何の話かは察しがつく。


「行けるけど、そんなに笑うことないじゃない」


 ―― ……全く……失礼極まりない……。


「でも、私がついて行って良いの? ご実家にご迷惑掛からない?」


 当然の心配をした私に克己くんは間髪いれずにきっぱりと答える。


「掛からない。ただのドライブだと思ってくれて良いって。気が引けるなら車で待っててくれても良いから」

「そか……うん。分かった」


 それ以上それについて言葉は交わされることなく、私はカップの中身を飲み干して、サイドテーブルの上に乗せた。



 ***



 ―― ……カタカタカタカタ。


 部屋の中には俺の叩くキーボードの音しか響いてはいなかった。

 本当にさっきまで、なんやかんやといいながら、本棚をあさっていた碧音さんは、ソファの上でお休みのようだ。


 良く寝るよなぁ。真面目な話。


「おい、風邪ひくぞ。寝るんなら、ベッドで寝てろよ」


 ぺちぺちと、軽く頬を叩くとうっすらと目を開けたが、すぐにその瞳は閉じられてうわ言のように告げられる。


「克己くんは? 寝ないの?」

「いや、俺はもう少ししたら寝るから、先に寝てろよ」

「じゃあ、良い。ここで寝てる」


 ―― ……お前は子供か。


 まるで子供の「ねくじ」だな。

 俺は小さく溜息を吐いて、何とか碧音さんを寝室に運び、再びデスクに腰掛けた。


 ―― ……ピーー……ッ


「最悪……。何でここで固まるかな」


 はぁ、散々だな。画面の暗くなったパソコンを眺めて深く息を吐いた。そのとき不意に、さっきのカップが目に止まった。


 碧音さん。もしかして、寂しかった、とか?

 そんなことはないか。今まで一人暮らししてたんだもんな。


 一瞬頭の片隅によぎった感情を否定しつつも、俺はそれ以上レポートの続きをする気にもなれず、結局寝ることにした。


 ―― …… ――


 シャワーを浴びて寝室に戻れば、碧音さんは運んできたときとほぼ同じ状態で横になっている。寝相はかなり良い。

 布団を挙げて、滑り込むようにするりと隣に寄り添えば、こちらへことんと寝返りを打った。


「碧音さん」


 頬に掛かった髪を流しながら声を掛けても、目を覚ましそうにない。

 警戒心の常にないその表情は、俺を少しだけ不機嫌にさせる。

 さっきまであった眠気はどこかにいってしまった。無防備すぎるその頬に、瞼に口付けてもくすぐったそうに、口元を緩めるだけ。

 何か甘い夢でも見ているのだろうか?


「……ふーん」


 面白くない。


 そっと首筋に唇を寄せて軽く食み、それでも反応が鈍いから、強く吸い付いた。


「んぅ……ん」


 これで流石に、夢の淵から目を覚ました碧音さんは、声にならない音を漏らし首を逸らす。白く曝け出された喉元になおも吸い付けば喘ぐような、でも掠れた声が漏れる。

 この時期なら、大抵のあとは洋服で隠れてしまうから気兼ねしなくて良い。


「ぁ、……っつみ、くん?」

「起きて、碧音さん。しよう」


 ぷつぷつとパジャマのボタンを外した隙間から手を差し入れて、腰を撫で引き寄せて、唇を重ねる。軽く歯を立てて吸えば答えるように首に腕が絡みつき、引き寄せられる。深く強く誘い込まれる口付けは、とても官能的で胸が高鳴り苦しさすら覚える。


 他人と肌を重ねることは多々あったが、こんな風に感情的になることはなかったから、正直いつも自分自身に戸惑う。でも、それを悟られたくはないから、いつも強引に組み敷いてしまう。

 それがまるで子どものようで、少しだけ自己嫌悪だ…… ――。

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