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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第四章:live with -1-
70/166

―11―

 ***



 今日は、やけに時間がたつのが早かった。

 考えることが沢山ありすぎて、一体何から考えたら良いのか……。

 結局一日何をしていたのか、はっきりしない。ロッカールームで、コートを着込んでいると、あやもちょうど入ってきた。


「早いのね」

「あやこそ。今日も、予定でもあるの?」

「そうねぇ。予定、か……」


 いって意味ありげに微笑んでから、のんびりと続ける。


「作っても良いけど、最近、ゆっくりしてないから今日はエステにでも行って、帰ろうかなぁ」


 帰り支度をするあやに皮肉めいていったのだけど。軽く交わされてしまった。


「はぁ。昨日あやが家に居てくれたら、私は克己くんちに転がり込むこともなかったのになぁ」

「あらら~。碧音ちゃんは、こうなったのはあたしのせいだとでもいいたいのかしら?」


 思わず出た私のぼやきに、にんまりと笑うと私の顔を覗き込んだ。


 ―― ……別に。


 あやのせいだなんていったりはしないけどさ。


 ちょっと、今思っただけだよ。そう思うと、何だか子供みたいな愚痴をいってしまった自分に恥ずかしくなって、目をそらしてしまった。

 そんな私の様子をみて、ぽんぽんと私の頭を叩くと帰り支度を続けながら、話を続けた。


「そういえば、克己の住んでる……ってあんたも、住んでんだったわね。そこって、なんてマンションなの?」


 ―― ……いや、住むかどうかは。


 そう、口にしかけたけれど、もう、どうせ無駄な足掻きだと思い、飲み込んだ。


「確か『ルイス・キャロル』とか何とか書いてあったような気がする」

「ああ! やっぱり?! そうじゃないかと、思ってたのよ」


 私の返事を聞いてぽんっと手を打つと、あやは勢い良く振り返った。目はかなり生き生きしている。


「高級マンションじゃない! あそこ、賃貸マンションじゃないわよ。確か分譲だったわ。はぁ、克己って金持ちの息子なのは知ってたけど……これは相当ね。碧音!」

「え?」


 一気にそこまでいうと、ぐいっと私の両手をとり、


「仲良くしましょうね」


 と、一言。

 一体何を狙ってるんだろう? 思わず乾いた笑が私の口から漏れる。

 と、そのとき、携帯が音を伝えた。

 その音に二人ともが反応して、携帯を取り出すと、あやのほうがあたりだった。


 電話に出たあやは、何度か頷くと、すっと私に携帯を差し出した。


「え? 何?」

「克己からよ。ったく、携帯の番号くらい教えときなさいよね」


 ―― ……あはははは。


 そういえばそうだった。

 私は昨日知ったけど、私は教えてなかったんだっけ。確かにあやの不満は尤もだ。「ごめんね」小声であやに謝ると携帯を受け取った。

 電話の用件は本当に大したことなくて、今日の夕飯の話だった。

 いや、私たちには、もっと話し合わなくてはいけないことが、ありそうなものなのだが……。結局いつもどおりの会話がなされてしまった。



 ***



「碧音さんって、いつから休み?」


 普段と何ら変わりなく、碧音さんに『X―クロス―』で食事をとってもらいつつ、空になったグラスにワインを注ぎながら尋ねた。

 俺のその問いに、顔を上げると、ちょっと考えて「今週末からだよ」と一言返すと、グラスに手を伸ばす。


「実家とか、里帰りするわけ?」


 次の問いに一瞬碧音さんの動きが止まったように感じたのは気のせいだろうか。


「いや、実家には帰るつもりはないけど。駄目……かな?」

「駄目じゃないけど、碧音さんのことだから、毎年ちゃんと帰ってるのかと思った。でも、違うんなら良いんだ」

「何かあった?」

「ん? 何かってほどじゃないけど、ドライブがてら、ちょっと俺の実家に付き合ってもらおうかと思ってさ」


 何か考えがあったわけでもないが、年末なんて特別用事もないし、良いかと思っただけだったんだけど、碧音さんはかなり驚いたような顔をみせた。ぱぁっと、まだ殆ど飲んでないのに、頬を朱色に変えると、グラスを慌てて取り落としそうになって支えなおす。

 大丈夫かと問い掛ければ、全然平気と返される。声が裏返っているといったほうが良いだろうか?

 小首を傾げたところで、ふと思い至った。


「ああっと、大丈夫。どうせ、実家には誰もいないだろうから。ちょっと、書類に実印がいるから、それをとりに行くだけだし」

「―― ……っ! ああ、そっか。そうだよね! 当たり前だよ。それ以外に一体何があるっていうんだろう。嫌だな。あはは、うん。良いよ」


 わざとらしすぎる……というか面白すぎる。

 俺は溢れてくる笑いを押し留めるのに必死だったが、目の前の碧音さんは「そっか、そうだよ」と重ねつつ、ほっと胸を撫で降ろしたように肩の力が抜けたのが、目にとって見えた。

 いくら俺でもそこまで突然じゃない。

 ……あ、いや、あまり説得力はないけれど……


 こほんっ。

 思わず自分の突発的な行動を思い出して、ワザとらしく咳払いをしてしまった。

 風邪? と可愛らしく首を傾げる碧音さんは、やっぱりらしすぎる。

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