―9―
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「克己。大丈夫ですか?」
カウンターで突っ伏していた俺の肩をマスターが揺らした。ぼんやりする、頭を起こして辺りを見回す。残骸は残っていたが、人は散っていた。
「あれ? あいつら帰ったのか」
「ええ。克己のこと起こしてたみたいですけど。よく眠っていたみたいで」
「そっか……っと。片付けしないと」
カウンターの椅子から立ち上がると一瞬ふらついた。俺そんなに、飲んだっけ?
「良いですよ。今日は疲れたでしょう。片付けは私たちでやっておきますから。また、明日お願いしますね」
「……あー……うん、悪い。そうさしてもらう」
確かに、今夜は疲れた。
マスターの優しさに甘えることにして、帰り支度をした。その間、携帯にも目を留めたが、着信もないようだ。
碧音さんは何やってるんだろう。
自分でまいた種には違いないし、何度も思うように後悔はしてない、でも、正直不安になっていた。
あやの方が、先に帰ってしまっていたし、路頭に迷っていたら。って、そんなことは、ないか。でも、部屋に来ていない可能性はないわけじゃないし。
外に出ると、うっすらと路面に雪がかかっていた。それを見た瞬間、背筋が寒くなって、身をこわばらせた。
一気に酔いが覚めるかと思ったが、まだ顔は熱い。
―― ……早く帰ろう。
兎に角、帰ってみれば何もかもハッキリするわけだから、それで良いか。
そう、自分にいい聞かせて帰り道を急いだ。
―― …… ――
マンションの下からでは、部屋の明かりなんて確認出来るわけもなく、俺は玄関フロアーでとりあえず部屋の呼び鈴を鳴らしてみた。
『―― ……』
―― ……無音。
インターホンにでる気配はない。
もしかして、本当に来ていないのだろうか。だとすると、一体どこへ行ってるんだ?
一気に血の気が引いてくるような感じに襲われた俺は、慌てて自分の持つ鍵で部屋へと急いだ。
***
―― ……カチャ。
微かにドアの開く音がして、私は目を覚ました。どうも、リビングのソファの上で眠ってしまっていたようだ。
まだ、夢うつつな自分の頭を無理矢理起こして、上体を持ち上げた。
玄関で、人の気配がする。
きっと、克己くんが帰ってきたのだろう。
ああ、そうだ。私は、怒ってたんだ。
一瞬、出迎えに行かなくてはいけないものかと、腰を上げそうになったが、座りなおした。私がわざわざ「おかえりなさい」と迎えると思ったら大きな間違いだ。私だって、怒るときは怒る。
「ああ」
私の姿を確認してかどうか知らないけど、帰ってきた克己くんは、何かをいうわけでもなくそう声を漏らした。
すたすたと、歩み寄って来る気配を後ろに私は振り向かなかった。
「―― ……ちょっ!!」
隣にどっかりと、腰を下ろしたかと思うと、無言のまま抱きしめられて押し倒されてしまった。私は思わず息を詰めたけど克己くんから漂うアルコールの香りに眉を寄せる。
「お酒臭い。克己くん酔ってるの?」
その問いに答えることはなく、人の耳元で大きく息を吐くとその延長のような息声で
「―― ……良かった」
そう安堵の声を漏らした。
その後は、何をいうでもするでもなく克己くんの動きは止まってしまった。
「ちょ、克己くん? 克己くんってばっ」
がくがくと肩を掴んで揺すっても反応はない。
「うそ……寝ちゃったの?」
もちろん、私の声に反応はない。
かわりに聞こえてきたのは彼の寝息だった。
―― ……やれやれ
帰ってくるなり、これで私は怒るタイミングをなくしてしまった。何とか克己くんの腕の間から逃げ出すと、小さく溜息を吐いた。
「真っ赤な顔しちゃって」
ソファの上で、すやすやと眠る彼は、まだまだ子供のようなあどけなさも併せ持っているように見える。
「幸せそうな顔して」
ぷにぷにと頬をつついても全く動きはないくらいだから仕方ない。
そう思い立った私は、寝室から毛布を引っ張ってきて、とりあえず克己くんにかけておいた。
「今日のところは、休戦ということにしといてあげる」
さっきまでやんでいた粉雪が、やんわりとした月明かりの下に、しんしんと降り積もっていった。
ホワイトクリスマスの夜は静かに更けていく。
***
―― ……っ
寝苦しさに目を覚ました俺は、一瞬どうして自分がリビングのソファで寝ているのか理解出来なかった。
「……?」
―― ……何で、毛布なんてわざわざ持ち出して寝てたんだ? 帰ってきたとこまでは……あ、そうだ……
急に思い出して身体を起こすと、すぐに確認したいことは確認出来た。
俺の足元の方に腰掛けたまま、毛布の隅っこに包まって彼女は眠っていた。気持ち良さそうに規則正しい寝息をたてて。
「ベッドで寝てれば良いのに」
そんな碧音さんを見て、微笑ましい気分を感じつつ彼女が目を覚まさないように抱き上げると、寝室に移動した。
碧音さんは一度寝たらなかなか起きないタイプらしい。
ベッドのスプリングが沈む感触に身を捩ったものの、目を覚ます気配はなかった。
そっと、髪を梳いても、目元にキスをしても起きない。
起きないと分かっていても、出来るだけ静かにその隣に身体を滑り込ませて、静かに瞼を落とす。誰かの気配を心地良いと胸を撫で下ろす日が来ると思わなかった。
外はまだ夜明け前の静けさを維持していた。