―7―
空き巣にでも、あったんだろうか?
借金のかたに根こそぎ?
って、借金なんてないない。
じゃあ、私は、酔っ払って他の部屋にでも入ったんだろうか?
部屋のドアから、頭を出し、ドアの横にかけてあるプレートで番号を確認する。
―― ……間違いない。
じゃあ……これは? 一体……?
部屋の中は、空っぽで、寒々しい空気がそこには流れていた。
「ああ、白羽さん。今帰ったの? お仕事忙しいのね」
「え? あ、はい」
動揺しまくっている私に、ご陽気に声をかけてきたのは、ここの大家さんだった。
年齢はよくわからないけどぽっちゃりとした、その体系に何となく、安心感のあるおっとりとした感じの人だ。旦那さんと二人でここの一階に住んでいる。
「それにしても、急なお引越しだったわねぇ」
「え? 引越し?」
「わざわざ、合鍵返しに来てくれたんでしょ? 今は便利ね。本人が居なくても、引越し屋さんがやってくれるのね。ああ、ちゃんと、女の子ばっかり、来てたから大丈夫よ」
大家さんが、一体何を私にそんなにも楽しそうに話しているのかよく理解出来なかった。
引越し? なんだそれは。私にそんな予定は全くなかった。何より私は、ここを気に入っていた。ちょっと古いけどそこにだって、愛着を感じていたのに、今日明日で引っ越してしまうなんてこと微塵も考えてない。
「それにしても、白羽さんに弟がいるのは聞いてたけど、あんなに二枚目、ああ、最近はイケメンっていうのかしら? だとは思わなかったわ。あたしが、後10歳若かったらほっとかないわね」
―― ……弟? 二枚目? ええ?
「はい。これ新しいとこの鍵預かったわ。で……」
白い封筒を私に手渡すとかわりに私の手に握られていた、部屋の鍵を抜き取られた。
事態を把握できないまま、私はその封筒を静かに開けた。
「―― ……あ」
「うん? 大丈夫? ちゃんと、場所分かるの?」
封筒を開けたまま、硬直してしまった私に、大家さんが心配そうに声をかけてきた。
「え、ええ。分かります」
「そう、じゃあ、大丈夫ね。では、お世話になりました」
深々と頭を下げる大家さんにつられて、私も頭を下げてしまった。そのあと大家さんは「じゃあ、もう遅いから。気をつけてね」と軽くいいながら、自分の部屋へと帰って行ってしまった。
部屋の中は空っぽだし、鍵も返してしまったし、私にはこの鍵の部屋へ向かうしか、選択肢は残されていなかった。
外の冷たい外気で、血の昇った頭を冷やしながら、小走りで私はそこへ向かった。星の出ていない空からは、ちらほらと白い結晶が落ち始めていた。
しかし、そのときの私には、そんなことを気に留めるほどの余裕はなく、もちろん、身体に残ったアルコールは冷め切っていた。
はぁはぁと息を切らして、辿り着いた先は、見慣れた部屋だ。
―― ……だから「今日は遅くなる」なんてこといったのね。
正直、頭にきていた。
本人の了承もなく勝手にこんなことをして、本来なら、何かの罪にでも問われるんじゃないの?
ぽちっと、部屋に明かりをつけると、ダイニングテーブルの上に、置手紙と、プレゼントらしき包みを発見できた。
―― ……くぅっ! こんなに勝手なことをしておいて、こんな形で謝るつもりなの?
イライラとする気持ちを、落ち着かせその紙を開封した。
『連絡先 090 ○2○4 36××』
―― ……け、携帯番号……だけ?
あまりに、簡潔すぎて乾いた笑が漏れた。
全く、何考えてるんだろう。
溜息を吐きながら、そばの椅子へ腰を降ろして置手紙の傍の箱を手にした。別に宛名もないけれど、この状況からして、私宛だろう。というか別に違ってもこのくらいしたって良いはずだ。私は怒っている。
自分で自分にそう免罪符を渡して、真っ白な箱にかけられた真っ赤なリボンを解くと、リボンと同色の宝石ケース。中からはプラチナのクロスペンダントが姿をあらわした。隅には小さなカードがあって、メリークリスマスと私宛だと書かれてある。
そっと、中身を取り出して、しゃらりと翳す。シンプルだけど、素材が良いのだろう。質量感があり、しっくりと肌に馴染む感じだ。
そして、室内の僅かな光彩を反射させてキラキラと煌くプラチナに、思わずうっとりと瞳を細めてしまう。
「可愛い」
―― はっ!
しまった。
思わず怒りを忘れるところだった。私ってば、意外に現金なんだから。慌てて、ネックレスを元のように寝かし、開けたケースの蓋を閉じた。
とりあえず、何もすることもなく、克己くんも帰ってくる様子もない。
仕方ない、お風呂でも借りよう。
外は寒かったし、身体も冷え切ってしまっている。ゆっくり、湯船にでもつかりながら、これからどうするか考えるのも悪くないかもしれない。
勝手知ったる他人の家。とはよくいったもんだ。すたすたと浴室へ向かう中、ふとそんな言葉が思い浮かんだ。




