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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第四章:live with -1-
63/166

―4―

 ***



「良かったの? 約束断って」

「ん? 断ったわけじゃないわよ。数時間遅らせただけ。だって、あんたたち見てるほうが楽しそうなんだもの。逃す手はないわ」


 ―― ……楽しそうって。


 そういって楽しそうに笑うあやを横目に、私は少々不安を感じていた。私たちは、約束どおり『X―クロス―』に向かっていた。

 もう、暗くなった空を見上げていると、ひんやりとした空気が肺の中に入り込んできて、体の芯から冷やしていく気がした。


「これが終わると、もう年末だねぇ。今年は雪降らないのかなぁ」

「あれ、あんた知らないの? 昨日の夜、ちょっと降ってたのよ。積もったりまではしなかったけど」

「ええ?! そうなの」

「そうよ、でも、昨日のあんたには、そんなこと関係ないか」


 そういって、あやはにこにこと微笑んだ。

 でも正直にこにがにやにやに見える。確かに外を見る余裕も何もなかったのは本当だし、そう思うと私も後ろ暗い。何ともいい返す言葉も見つからなかった。

 通い慣れた雑居ビルの前につき、エレベータに乗り込んで『X―クロス―』のある階に下りたのだが、お店の外に貸切の札がかけられていた。


「あれ、貸切になってるねぇ」

「折角きたんだから、克己に電話してみなさいよ」


 そういわれて、携帯を探りだしたがそのとき重大なことに気がついた。


「あ、私、克己くんの携帯の番号しらない」

「ええ? あんたってば、どこまで、おまぬけなの。良いわよ、あたしが知ってるから」


 呆れ顔でそういったあやは、自分の携帯を取り出し、連絡を取ってくれた。って、あやの携帯って一体何件登録されてるんだろう。そのグループ分けも一体どうなっているんだろう。

 そんなことを考えていると、ちゃっちゃと、話を終えると同時に、店のドアを克己くんが開いて出てきた。


「寒いだろ。早く入れよ」

「そうよ。凍えちゃうじゃない、紛らわしいことしないでよ」


 悪態をつきながら、あやがそのドアを潜った。

 その後に続いて私が店内に入るのを見計らって、静かに克己くんはドアを閉めた。その態度に別段変わった様子もなく、ここへ入るまで正直、少し緊張していた自分にちょっと恥ずかしくなった。

 きっと、大したことではなくて、きっと今朝のも気まぐれだったのだろう。話が纏まらなければ、あっさりと流れていく程度のこと。真剣に取り合うまでもなかった、のかな。そう思うと胸に苦い思いが湧いてくる。


 「貸切」の理由は、店内の半分くらいで、学生? かなくらいの子達が、楽しそうにパーティと洒落こんでいることにあったようだ。


 でも、何か、どっかで見たことあるようなメンバーだなぁ?


「悪いな。うちの学校の奴らがどうしても、っていうから。マスターは許さないと思ったんだけど、何だか今日、妙にマスターの機嫌が良くって、難なくOKが出たんだよ」


 カウンター席に着くと、おしぼりを手渡しながら克己くんが状況を説明してくれた。ふ~ん、だから、見覚えがあったのかな。何となく納得して、私は、まだ暖かいおしぼりにホッと一息吐いた。


「それなら、私別のところで」

「なんで?」

「なんでって、貸切でしょう。部外者がいたら嫌でしょう?」


 別に他意もなくそういったのに、克己くんは尚不思議そうに首を傾げる。


「どうせあたしたちなんて見えてないって、大丈夫じゃない?」


 あやにこつんっと肘で叩かれて「そう?」と腰を落ち着ける。まあ、確かにこの状況で一人二人増えてても大人しくしてれば気にもならないか。



 ***



「で、昨日の続きみたいになるけど、適当に持ってきたんで良い?」

「続きねぇ?」

「五月蝿いな。あやがそうしろっていったんだろ。文句あるのか?」


 俺の言葉に少々絡んだあやに、言葉を返すと「いいえ~」と一言返事が返ってにんまり、ほくそえまれてしまった。

 ちらりと、碧音さんのほうを見たが、全く耳に入っていないようで、幸せそうにおしぼりで両手を包み込んでいた。


 ほんと、微妙に抜けてるんだよな……。


 小さく溜息を吐いた俺は、そのまま、どちらの返事も聞かないまま、奥へ引っ込んだ。


「克己。お友達が呼んでるよ」


 裏で、碧音さんたちに用意しておいた、料理を温めなおしていたら、優が俺を呼びに入ってきた。あんな、奴らほっとけば良いんだけど、ここで騒がれて、マスターに迷惑をかけることになってしまっては俺も居づらくなる。


「これ、頼めるか?」

「いいよ。あやさんたちに?」

「そう。順番は、あっちから順に出していってやって」

「はいはい。でも、今日のマスター機嫌良いよね」

「ああ。そうだな。貸切なんて思わなかったしな。何か良いことでもあったんじゃないか?」

「克己みたいに?」


 ―― ……何?


 突然の優の一言に一瞬身体がこわばった。俺、何か変なこといったか? したか?

 目を白黒させてしまった俺を面白いものを見るように、眺めながら優は言葉を続けた。


「克己も可愛いとこあるんだね」

「なっ!」

「ほらほら。早く行かないと、お友達が待ってるよ」


 ころころと笑いながら、優は俺をフロアーへ促した。不本意にも顔が紅潮してしまう。ったく何か納得行かないな。しぶしぶ、俺はあいつらの所へ向かった。

 今日のメンバーは多かった。十人以上はいるだろうな。知ってる顔といえば、いつもの奴らくらいのものだけど。人の顔と名前は、余程頻繁に会うか印象深いかじゃないと覚えられない。みんな同じに見えるし、必要性も感じない。


「ほら、克己もここ座れよ」


 透に腕を引っ張られ隣に腰を下ろしてしまった。


「て、瑠香も来てたのか。ああ、真も一緒なんだな」


 見慣れた顔の中に二人の姿を見つけて何だかホッとした。そんな俺に二人はお互いに顔を見合わせた後、俺に向き直って微笑んだ。丸く収まって、本当に良かった。二人を見ていると微笑ましくなるのはどうしてだろうか。


「あのぅ。古河さん、私、春奈です。初めまして」

「ああ、そう」


 にこやかに俺に近づいてきた、春奈という女にそっけなく返事をすると、差し出されたグラスも受け取ることなく席を立った。


「俺は、まだ仕事中なの。分かる? 透も邪魔すんなよ」

「へーへー。分かりました。じゃあ、店員さん。シャンパン追加お願いします」


 さらりといった俺の嫌味を軽く笑い飛ばした透に、少し感謝してその場を離れた。カウンターに戻ると碧音さんの姿がなかった。


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