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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第四章:live with -1-
60/166

―1―

 ―― ……不思議な気分だった。


 本来、こういうときは、決まってそいつの部屋か、ホテルかのどちらかだった。

 何故と問われれば、その後に来る間がたまらなく嫌なんだ。

 何かを話すわけでもなく、するわけでもなく。ただそこに居るというだけの時間が……ウザったくて仕方ない。


 そんな俺の感情とは対照的に女はやけにそういう時間を好む。

 だから、時間を気にする必要のある場所を選でいたわけだけど……。


「―― ……ん……」


 小さな声を出して寝返りを打った碧音さんの髪を撫でる。細くて柔らかい髪は指の間をするすると抜けて行き心地良い。


 元より他人を家に上げていることのほうが不思議だ。俺としては有り得ない。それなのに


 ―― ……こんな時間も、悪くない。


 そんなことを思う自分が余りにらしくなくて、脳裏に過ぎったその言葉に自嘲的な笑みを零した。

 しかし……そう感じさせる力がこいつにはあった。

 こいつは今、どんな気持ちなのだろう。


 誰かの気持ちを推し量る、なんてこと今まで考えたこともなかったから皆目検討もつかない。


 大した事じゃない、そういったのは本人だ。しかし、その大した事じゃないことで、あんなに苦しんでいたのも間違いない。


 一人で居たくなかった今日だから、拒絶されなかったのか。

 それとも、今日がクリスマスだからか。


 こいつなら、後者もありえるな。

 考えると何だかおかしかった。


 でも、隣で気持ち良さそうに眠っている碧音さんを見ていると、そんな細かいことはどうでも良いような気がしていた。


 今さえ良ければ……。


 それは俺の基本思考だ。大切なのは今だ。明日でもなければ、昨日でもない。

 しかし正直なところ、今日は今日で終わって欲しくはなかった。明日にも、明後日にも……少しでも長く続いて欲しいような気がしていた。


 そう思う、この気持ちは、どうすれば良いんだろうか。


 俺はそんなことを考えていると、いつの間にか眠っていた。


 ―― …… ――


「―― ……まぶしぃ」


 小さな機械音を響かせる時計を止めた俺は朝日の差し込む窓に、遮光カーテンをかけた。

 ふと心配になって振り返ったが、碧音さんはまだ、夢の中らしい。


 もう少し、寝かせておくか。とも考えたが、今日は平日だ。


「起こしたほうが妥当だな」


 ポツリと呟いた俺は、すやすやと良い子に眠る碧音さんの顔を覗き込み、鼻をつまんで口付けた。


 ―― ……そして数秒。



 ***



「―― ……っふ、んーーっ!!」


 がばっ!!


 突然の夢からの覚醒に、心臓がはたはたと高鳴っていた。

 そんな私を見てか、隣で子供のように楽しそうに笑う克己くんが座っていた。久しぶりに穏やかで優しい夢を見ていたような気がするのに……その内容がちっとも思い出せなくて少し悔しい。

 

 ―― ……ああ、そうか。


 昨日は……克己くんと一緒だったんだっけ……。


「頭、痛……っ」


 ずきずきと、頭がうずくので、こめかみに指を当てて唸った。


「そりゃ、あんだけ飲んで、あんだけ動けば頭も痛いだろ」


 ―― ……動けばって……。


 その一言に、突然昨夜のことが脳裏に蘇り顔が紅潮したのが分かった。


「もうっ! つまんないこといわないでよ! ただの二日酔いよ!!」


 手元にあった枕をつかみ投げつけたが、軽く受け止められ、投げ返された。ぼふっと顔を直撃され息がつまる。


「避けろよ。そのくらい」


 むせこんだ私に、笑いを堪えきれない克己くんはくつくつと笑いながら立ち上がり、ドアノブに手をかけた。

 私はその様子をぼんやりと眺めて、克己くんってこんな風に楽しそうに笑う子だったかな? と、ふと思う。

 いつでも斜に構えてて警戒心が剥き出しで誰にも踏み込んで欲しくない一線を引いていて、でもどこか寂しそうで……。それが克己くんで……


「そうだ。朝飯食う?」


 振り返りつつ、そう訪ねられたので返事をしようと思ったが、私のお腹の方が反応が早かった。


「分かった分かった。だから、その腹黙らせとけよ。今日、仕事だろう? 風呂でも入ってこいよ」


 そういうと克己くんは部屋を出た。


「―― ……また、笑ってたな」


 枕を抱え込んだまま私は、ベッドにまた倒れこんだ。


 はぁ。


 それにしても、私ってば何やってるんだろう。

 私ってば、こんな奴だったかなぁ。

 そりゃ、克己くんのことは嫌いじゃないけど。


 弟みたいなもんだし。


「う~……」


 自分でも良くわかんないよぉ。


 ごろごろと、ベッドの上を転がった。


「遊んでないで、さっさと起きろ!」

「はぁい」


 なかなか、寝室からでてこないから、もう一度、様子を見に来た克己くんに一喝入れられてしまった。 私は、ぐりぐりとこめかみを押さえて、頭痛を堪えながら寝室を出て浴室へ向かった。


 勝手知ったる他人の家……迷うこともない。

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