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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第三章:falseness
59/166

―27―

 ***



「私って……馬鹿だよね」


 一言漏らせば、涙は堪え切れなかった。

 そうだ。私は馬鹿なんだ。だからいつもいつも同じ様な結果になって、毎回今度こそって思うのに、結局…… ――


「私が、つまらない女だから。みんな離れていっちゃう」


 気がついたら誰も傍に居なくて、そう、そんなことは分かってた。

 楽しい時間なんてそうそう続くものじゃないことくらい。私にだって、分かっていた。私は、本当に馬鹿で、そこしか見えなくなって、きっとみんな重たくなっちゃって、だから……。


 私は一人になる。


 あやのように美人でもないし、葉月チーフのように頭が切れるわけじゃない。長所なんてないつまらない女で……きっと一生こんな人生しか待ってないんだ。


 そんなこと考えたくなかった、自分が惨めになるだけだし苦しくなるだけだし、割り切らなくてはいけないことなのくらい分かってた。


 ―― ……でも、頭から離れなかった。


「―― ……っく、私が、もっと、良い女だったら、小西さん、だって……ひっ……く、私が……」


 今まで考えまいとしていた分、一気に頭の中に浮かんできて、涙が出て止まらなくて、肩で息をしてしまう。


 心が苦しい。

 馬鹿な自分が好きになれない。

 こんな自分大嫌いだ。嫌い、嫌い、嫌い

 胸が痛い、心が痛い、悲鳴を上げているのに、誰も、助けてくれない。

 誰か、誰か、誰か……私は誰の名前を呼べば良いんだろう。

 とても、辛い……情けない……格好悪い。

 どうすれば、裏切られなくても済むんだろう、信頼に応えてもらいたいなんて、過ぎた望み、なのかな。


「碧音さん……」


 早く、この涙を止めないと克己くんが困っている。

 早く……早く……

 焦ると余計に気持ちが高ぶり、息が上がってしまう。喉の奥が、ひーっひーっと悲鳴を上げる。


「落ち着け。ほら、ゆっくり息吸え」


 そんな私の気持ちを察してか、ぽんぽんっと背中を叩きながら呼吸を合わせてくれる。


 ―― …すぅぅ……はぁぁ……。


 2.3度息を大きく吸うと、少しだけ落ち着いた。それを見計らって背中を擦ってくれる。

 暖かくて大きな手。


「……く……ご……めん……」

「あんま馬鹿なこといってんじゃねーぞ。温厚な俺も怒るぞ」

「え? 誰が……温厚……?」

「俺だ俺」


 そういって、克己くんは憂鬱な私とは違ってどこか、すっきりしたように笑った。そして、ぎゅっと私を抱きしめて、私の頭をぽすぽす叩いて言葉を続けた。


「誰が、つまんないなんていったんだよ」

「―― ……」

「まぁ、馬鹿は馬鹿だけどな」


 ぐすっ……ひどい……。


「良い女の基準なんてそれぞれだろ? 世界中に一人くらい、あんたを良い女だって思う奇特な奴、いても可笑しくない」


 ―― ……それは一体どのくらいの確立で出会うことが出来るのだろう?

 星に手を伸ばすより遠い気がする。


「大体、というか、本当、あんたが悪いっちゃあ、悪いと思う」

「え」

「優しいのは良いけど、限度ってもんがあるんだよ。あんまし、甘やかすと普通の男は駄目になるな」


 だって、私も優しくされたいし、出来れば怒りたくはない。

 何だって許してあげたいし、信じてあげたい。


 そう思うことは間違っていないと思うのに、私はいつもこうなってしまうのだから……間違っている、んだということも分からなくもない。

 私は今きっと酷い顔をしていると思うけれど、続きを促すように克己くんの腕の中から顔を上げた。瞬きをすると目尻がひりひりと痛む。



 ***



「まぁ、今までのは当たりが悪かったとでも思えよ」


 ああ……そうだ……。


 碧音さんが全てを信じたいと本気で思っていることだって分かる。分かるけれど、そんなこと現実的には無理なことなんだ。俺はそのことを、どうしても上手く伝えることは出来そうに無かった。


 どうしてそんなことをいうんだ、とでもいいたそうに碧音さんは俺の顔をまじまじと見つめていた。

 時折、瞬きと同時に涙が頬を伝っている。

 大人になっても、そんな純粋な部分を今だ持ち続けている碧音さんを見ていると心臓の裏側辺りがぎゅっとなって苦しい。


 こういう気持ちを言葉で表すとしたらそれは「愛しい」というそれだろうか。


「碧音さん」

「―― ……うん?」


 碧音さんの頬に伝う涙を手で拭いつつ声をかけた。


「キス、して良いか?」


 俺の問いに目を大きく見開いて、微かに唇が動いたが声は出ていなかった。

 返事は待たなかった。


 どうしても、そうしたいという衝動は抑えられなかったから。


 また、前のように拒絶されても構わない……と思う反面、今なら大丈夫な気もした。弱いところに漬け込むのは良くないと思うが、触れたいと思う気持ちの方が勝った。


「―― ……ん……っ」


 碧音さんから小さく声は漏れたが、つき離されることはなかった。

 むしろ、そんな俺に応えるように背に回った手に力が入った。


 そのまま、彼女をベッドに静かに押し倒し繰り返し口付けた。


 額……瞼……頬……

  唇を伝って……項に……喉もと……。


 アルコールの残っている肌は、直ぐに朱色を帯びて艶を出す。

 服の上から、そっと身体を撫でると、ぴくりと強張ったものの強い抵抗はなく、窺うように顔を覗き込めば首に細い腕が絡められ引き寄せられた。


「……ん、ぅ……」


 僅かに開いた唇から舌を差し入れ、逃げられないことを良いことに深く強く味わった。

 時折、漏れるどちらのものか分からない、熱気を帯びた吐息に妙に高揚した。


 ぷつ、ぷつっと、碧音さんのシャツのボタンを外し、合わせ目から手のひらを侵入させて、そっと触れると、ただ、触れただけなのに微かに漏れた声は熱く濡れていて、ほんの少し引っかかっていたたがを簡単に外していった。

 はらりとめくれた中からは、女性らしく柔らかくしなやかなくびれが姿を見せた。

 ベッドに沈む碧音さんは素直に綺麗だと思った。


 シーツの上に波打つ長い髪も、俺を見つめる大きな瞳も、物言いだげに薄く開いた唇も、そして洋服の上からでは見ることの出来なかった白い肌に、想像以上に柔らかな流線をかたどった肢体。

 世間一般的に“良い女”と称される女を抱いたことがないわけじゃない。ないわけじゃないけれど、そのときのどの感覚とも違っていて、


 俺は生まれて初めて……心からそれを求めた……。

 彼女の心も、身体もすべて……そう……何もかも


 ―― ……欲しいと思った。


「悪い、許して」


 そう、許しを請うてでも触れたいと、そう、思った。 


 ―― ……時は聖なる夜を迎えようとしていた。

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