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「良いけど。脱いだほうが良い?」
そんな私をからかうように笑いながら、やっと克己くんが口を開いた。
「いやいやいやいや、そのままで良いよ」
頭と手が千切れるんじゃないかと思うほど激しく否定していた。
「って……え、良いの?」
「そんなことで、良いんなら」
そういって目を細めた克己くんは、いつもとは違ってとっても柔らかい表情をしていた。
私は、まだからかわれているんだろうか?
「で、でも、その、えーっと、彼女さんに悪いし」
「いないの知ってるだろ。嫌味か」
「いえ、違いますけど……」
「ほらほら、ぎゅっとしてやるから」
克己くんはどこか楽しそうに笑いながら、ベッドの端に腰掛けて、ぱんぱんと自分の隣を叩いた。
じりっと後ずさりそうになった私に、ぐんっと腕が伸びてきて私の手を掴まえてしまう。
「何、怖がってんだよ。自分でいい出したんだろ?」
「う~……。そうだけど……」
まだ、私は酔ってるんだろうか、頭の中に心臓があるように、どくどくと五月蝿かった。
「ったく、そのくらいでそんなに緊張したらこっちまで緊張が移っちまうだろうが」
いいつつ、克己くんは私の腕を掴んだまま、ベッドの上に上がってしまう。もちろん、私はそれに引きずられるわけで……ぽすんっ、ころんっと、履いていたスリッパが床の上に転がってしまった。
そして、そのまま枕を背もたれにして、座りなおして私の腕を引き寄せた。
克己くんが立てた片方の膝が私の背もたれになり、お腹の上を長い足が横断する。完全に掴ってしまった。あわあわとしている私の腕を解放すると、片方の腕で肩を抱き、空いた腕でそっと頭を自分の方へと引き寄せてくれる。
―― ……とんっ……
と、腕の中に収まった私の耳元で克己くんの心臓の音が聞こえる。
規則的に、優しく耳に届くそれに静かに目を閉じて聞き入ると、さっきまで頭の中まで移動していた私の心臓を元の位置に戻してくれた。
「で、このままで良いわけ? どのくらい傍に寄るのが希望?」
そんな私に克己くんの無粋な言葉が耳に届く。私は苦い笑いが込み上げたがそれを押し込んで呟いた。
「―― ……これで十分。少し話をしよう」
克己くんの背中に腕を回し、胸の中に顔を埋めた。それにあわせるように、克己くんの腕が私の後ろで組まれた。印象的に、慣れてるなと思ったものの……
暖かくて、穏やかで心地良い。
人のぬくもりに甘えてしまう私は、やっぱり馬鹿だと思う……。
でも、もう暫らく感じることはないと思っていた暖かさは、麻薬のように私を虜にする。
***
「あや……知ってたんだよね」
「ん……?」
「小西さんのこと。だからきっと、あんな風だったんだよね」
「いって欲しかったか?」
突然、あやの話から入った碧音さんに恐る恐る尋ねた。友達だったらいって欲しかった。そう思っているんじゃないかと思った。因みに俺も知っていた。でも特に気にしてなかった。
やや黙したあと、碧音さんは小さく首を左右に振った。
「あやは、正しかった。あのときの私に何をいっても、きっと確認できないことは信じたりしなかった。逆に、どうしてそんなことをいうのかと、あやのことを否定してしまったかもしれない。やっぱり、あやが正しかったと気がついたときには、もうあやには近づけなくなっていたかもしれない」
そこまで、話して小さく溜息を吐いて、言葉を続けた。
「あやは、私以上に私のことを知っていたんだと思う」
次いで、もう一言……
「克己くんもね」
「え」
「知ってたんだよね」
俺はかける言葉を探しても、見つからなかった。
ぽつりぽつりと俺に告げる言葉は俺には重たくて、何ていってやれば、こいつが救われるのか思いつかなかった。
そして、暫らくの沈黙が続いた。
後ろに回された腕に時折力が入るのを感じても、身体はなんともないけれど、心が軋んだ。きっとまだ、気持ちに整理のついてないところがあるのだろう。そんなの当たり前、だよな。多分。
俺は誰かに真剣になったことなんてないから、碧音さんの気持ちを本当の意味で分かってやることは出来ない。し、分かる。なんて軽率なことを口にしてはいけないと思う。
だから、ただ、碧音さんの好きなようにさせ、同じように回した腕に力を込めた。ワインのせいか、くちなしの花のような、芳醇な甘い香りがする。
十分に待った。
落ち着けば、もう少し踏み入ったことも、本音も聞けると思った。でも碧音さんは、全部飲み込んだままだ。
痺れを切らすのはやはり俺らしい。
「―― ……他には?」
「え?」
「他にいうことはないのか?」
突然の俺の言葉に、顔を上げた。
視線が少しの間絡んだが、すぐにもとの位置に顔を埋めてしまう。そして、また少し腕に力が篭った。




