―25―
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それにしても、よく飲んだな。まぁ、この間に比べたら、そんなでもないか。
「これも、もう良いか」
きらきらと光っていたツリーの電源を抜くと、急に部屋の中が寂しくなったような気がした。さっきまで、碧音さんは何の話をしていたんだっけ。
これといった話でなくてとめどない話を一人でずっと喋っていた。
今はもう、その声も聞こえない。
そう思うといやに部屋の中が静まり返っていることに気がついた。
といっても、基本的にいつもは、こんなもんだ。だからこれが普通。そうは思うものの今日は特別静かなような気がする。
「あいつ、生きてるかな」
今日はかなり酔ってたみたいだからな。いや、今日も……か。
俺は一通り片づけを終わらせて、碧音さんの様子を見に寝室へ戻った。部屋の前に立つと、妙に静かなのに気がついた。
そう思うと急に不安になって、ばんっ! と乱暴にドアを開けた。
「―― ……なんだ。寝てたのか」
姿を確認すると、安堵の思いで胸を撫で下ろし、様子を伺いに近寄った。
あんなに激しくドアを開けたのに目が覚めないとは、よっぽど寝入ってるんだな。
静かに碧音さんが眠ってる隣に腰をおろした。微かに、ベッドがきしんで、目が覚めてしまうかと思ったが、平気そうだ。
「―― ……っ」
寝言か……?
何かいったような気がして、顔を覗き込んだ。
うなされているのか? 眉間に皺が寄せられているように見えるし。
「おい? 泣いてるのか?」
頬に涙のあとが窺えるように見えて、悪い夢でも見ているのかと思うと思わず俺は手を伸ばした。軽く頬に触れても目を覚ます様子がない。
眉間の皺は尚濃くなるばかりだ。
「おい。起きろ。大丈夫か?」
妙な焦燥感に襲われて、ゆすってしまった。
一瞬、びくっと身体を強張らせたが、何とか目は覚めたようだ。ぼんやりとした目で、俺の姿を確認しているようだった。
「あ……れ……?」
「あれ? じゃ、ねーよ。大丈夫か? 夢でも見てたのか。泣いてたみたいだけど」
「う……ん。大丈夫。泣いてなんて……夢なんて……」
夢の続きでも見ているように呟きながら、上体を起こした。暫らく無言で、俯き目頭をぐぐーっと押さえたあと、ほぅと一息ついて顔を上げる。
「ん。大丈夫。さて、一眠りしたし、そろそろ、帰ろっか」
「帰ろっかって。平気なのか?」
「何が? 大丈夫だよ。もう、立てると思うし。そんな酔ってないよ」
にこりと、そういった碧音さんに胸の奥がざわつく。俺がいいたいことくらい、分かりそうなものなのに、はぐらかすように微笑まれると子どもは黙っていろといわれているような気がする。
「そっちじゃなくって」
つい、不機嫌そうな声を出してしまった俺に、碧音さんは気分を害するようなことはない。表情を崩さないまま「今日のこと?」と口を開く。
「―― ……大したことじゃないんだよ。うん。一つの恋が今日終わった。ただ、それだけなんだから。それに……私が、選んで、私が、考えて、出した終わりなんだから」
自分の膝頭を見つめつつぽつぽつと溢す。そして、顔を上げた碧音さんはやっぱり笑顔で……
「ね? どこにも、誰にもいっていくところなんて、ないんだよ。だから、私は大丈夫」
俺はそれを直視することが出来なかった。
そんな風に、割り切れるわけないじゃないか、割り切れないからあんなに無茶な飲み方して……本当は苦しくて辛くて泣きたいんじゃないのか?
俺は一瞬にしていろんなことを考えたが、どれも口にすることは出来なかった。
***
克己くんは黙り込んでしまった。
きっと、いろんな言葉を捜して、なんていって良いのか、まとまらないんだろう。
そう思うと、ほんの少し、愛しいような申し訳ないような気分になって、こっちのほうが、苦しくなる。
言葉って……難しい……。
―― ……だから、何となく……。その優しさに縋りたくなった……。
「甘えても良い?」
「え……?」
「もし、まだ、帰らなくて良いといってくれるなら、もう少しだけ」
「もう少し?」
「傍に寄っても構わない?」
手を伸ばした先に誰かがいてくれるのは嬉しい。特に自分の感情ですら良く分からなくなってしまっているときはそうだ。
私にも分からない。
私は、今、何を思っているんだろう。
自分からなくしたものの大きさに気がついているの?
何も分からないし、何も考えられない。
だから、触れてくれる腕が欲しくて、温かさと安らぎが欲しかった。
「って、ごめん! 私、何いってんだろ」
ぼんやりとそんなことを考えていたら、とんでもないことを口走ってしまったような気がする。私は慌てて取り消すと立ち上がった。
いくら人恋しいからって、巻き込む相手を間違っている。というか、ここまでしてくれただけでも有り難い話なのに、私、どこまでずうずうしいんだ。
真っ赤になった顔。火が出そうとはこのことか……。