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「美味い?」
「うん。美味い」
ほんと、よく食うよな。痩せの大食いとは、よくいったもんだ。
まぁ、どれも美味そうに食うから食わせ甲斐もあるけどな。
幸せそうにケーキを食べている碧音さんを眺めつつ、俺は残り少ないシャンパンを空けた。
「で、あやにでも、頼まれたの?」
「え?」
突然の質問に、ちょっとどきっとした。
「いや、まぁ」
そして、咄嗟に上手いいい訳も思いつかなくていい淀む。そんな俺に、ふふっと笑いを溢した碧音さんは訳知り顔で頷いた。
「やっぱり、そうか。ごめんね。何か心配かけた上に迷惑かけちゃったね」
「迷惑は今始まったことじゃないからな」
―― ……ああ、しまった。
思わず、悪態がついてしまうこの口が憎い。
「っと、話のついでだが、どうなったか聞いても良いか?」
「今日は、やけに遠慮気味だね。別に、隠すようなことでもないし、良いんだけどね。あっと、何か飲むものもらえる?」
「ん? ああ。ワインでいいか? それとも、ノンアルコール?」
「ワインで良いよ」
ったく、酒好きはこれだから。
やれやれと、思いつつワインのコルクを抜き、グラスに注いだ。小さく「ありがとう」と紡がれる声に、こくんっと頷く。
「うん。小西さんのことはね」
「ああ」
「断ったのよ」
「そうか」
「訊いた割りに、あっさりひくよね? まあ、仕方ないんだよね。付き合ってるだけだったら、私も、あのくらい謝ってくれれば許すんだけど」
―― ……へぇ。碧音さんでも許すんだ。
俺の勝手な印象だが、碧音さんはそういうところに潔癖な気がした。
「でもさ、結婚とかってことになると一生でしょ。『酒とタバコと女はやめられない』っていっつもあやがいってるしさ」
―― ……あや。また、おっさんくさいことを。
「私も、それって当たらずも遠からずってとこだと思うし。だから、仕方なかったのよ」
「小西はそれで納得したのか?」
「さぁ、どうかな。私結局いいたいようにいって逃げ出しちゃったから」
「逃げたって」
「言葉のままだよ。自分のいいたいことだけいって、立ち去ったの。だって、それ以上私は彼と話すことはなかったし、何をどう説得や、説明されても、きっと受け入れることは出来ないんだもん」
そんな話を淡々と、何の感情も込めないように語る碧音さんに胸が詰まる。こんなことをそんな風に語れるようなタイプの人間には思えなかった。だから余計、苦しく辛そうに俺の瞳には映った。
片手にしたグラスの中では、ゆっくりと静かにワインが波打っていた。
***
「おい、大丈夫か? 気分悪いのか?」
心配そうな克己くんの、声が頭に響く。
う~ん。
最近どうもお酒に弱くなってきたのだろうか。そんなに飲んだつもりはないというのに、頭がぐらぐらする。
「一人で、こんなに飲んだらアル中になるぞ。立てなくなるのも当然だし、ったく。ほら、掴れよ」
こんなにって、最初のシャンパンとワインを……ん? 一体何本飲んだっけ?
何だかふわふわする頭を起こして考えたが、よく覚えていない。私は、克己くんに抱えられるようにして、部屋を移動した。
「よっこいせ……と、あんな椅子に座ってたら不安定だろ。ここにでも、座ってろ。横になるなよ。吐くぞ」
寝室のベッドの上に座らせて貰った私は、冷えたタオルも渡された。
「ありがと」
「ああ、もう良いよ。俺はあっち片付けてくるから、良い子にしてろよ」
そういわれて、小さく頷いたが、頭を動かすとぐわんぐわんしてちょっと辛かった。
そんな私の様子を見て、克己くんが溜息を吐きながら、部屋を出て行ったのが気配で分かる。行かないでといいそうになる自分の声を殺すのに尽力した。
全くもって、我ながら情けない。
どうしてこう……。
はぁ……冷えたタオルが火照った顔をひんやり冷やしてくれて、気持ちが良い。
でも、今日は、あやに頼まれたとはいえ克己くんが居てくれて良かった。今日一人で居るということに私は耐えられたかどうか自信が無かった。
週末は散々だった。
もう、これ以上涙なんて出ないだろうと思うほど、泣いたし。目は痛かったし、顔はむくんでたし。表になんて出れるような姿ではなかった。
私の選択は本当に間違ってはいなかったのだろうか?
私の出した答えは正しかったのか?
今日はそのことで自問自答繰り返してばかりいた。これから先、あんな人もう、現れないかもしれない。私の選択は間違っていたかもしれない。そう思いたくなくて、なるべく自分は正しかったんだと思い込んでいた。
それなのに、こうして部屋で一人になって、考えることといったら、私は馬鹿だったのだろうか。ということと
「―― ……駄目だ。眠い」
このところ、十分な睡眠の確保が出来なかったから、急に睡魔に襲われてしまった。
克己くんに横になるなといわれたけれど、どうもその約束は守れそうに無い。
ベッドが私を好きだといっている。私においでおいで、って……していて……
―― ……ぽすっ
私は静かにベッドに身を沈めた。ベッドのスプリングが柔らかく私の身体を受け入れてくれる。
凄く気持ちが良い。
このまま、瞼を落とせばきっと次に目をあけるときは朝だろう。
だから、駄目だと分かってる。分かってるけど……瞼の仲が良すぎて、引き離せない……。
眠りたくはない、眠りたくは……夢に、見るのは、分かってるから。




