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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第三章:falseness
55/166

―23―

 ***



 ―― ……ああ! もうっ! おっそい!!


 もう、待ってられるか! 凍死するぞ。

 大体。約束もしていないのに、待ってるなんて変質者のすることだろ?!

 俺何やってんだよ。あやにこれ以上踊らされて堪るかっ!


 こんなに、待ったのは生まれて初めてだ。我慢ならなくなった俺は勢いよく立ち上がった。


「あれ? 克己くん」


 タイミングが良いのか、悪いのか、いつもの素っ頓狂な声が聞こえて、そちらへ視線を移すとようやっと待ち人来たり。碧音さんがそこには立っていた。

 じっと表情を伺うに、泣いた後もないようだし、でも、一人みたいだし。


 ―― ……どうなったんだ?


 いきなり現れた碧音さんを前につい、言葉を失ってしまった。不思議そうに見上げてくる小動物的な瞳に、うっと詰まる。


「こんなとこで、待ち合わせでもしてたの? 風邪ひいちゃうよ」


 何もいわない俺に碧音さんは心配そうな顔で、問い掛けてくる。他人の心配している場合じゃないだろうが……本当に馬鹿。


「―― ……だよ」

「ん? なんて?」

「だから、あんた待ってたんだよ」


 これを、いわないと待ち損のような気がしてつい白状してしまった。

 その一言を聞いた碧音さんはますます、不思議そうな顔をして俺を見上げて、瞳を瞬かせる。その瞳に、街路樹に掛かったイルミネーションが映りこんで、きらきらと綺麗だった。


「まぁ、細かいことは良いとして、寒いし。早く行こう」


 俺は、碧音さんの手をとって、半ば強引に足を進めた。


「え? 何が良いの? 何で、私を待ってたの?」


 俺に引きずられるように足を進める碧音さんは、後ろから質問攻めをしていた。そんなことに答えろといっても、何て説明しろっていうんだ。


「あ~……っと、あれだ。今日は、イヴだし。今あんたは暇だし、一人だし。俺も暇で一人だから。そういうことで、良いじゃないか」

「どこ行くの?」

「あ……っと。どこか、行きたいとこ、ある?」

「ううん。特に思いつかないけど?」

「じゃあ、俺の部屋」


 その一言で、碧音さんの足は止まった。察するに…… ――


「いや、もうあんなことしないから。悪かったよ。あの時は」


 とりあえず素直に謝ってみた。しかし、碧音さんは無言で、俯いてしまった。


「ええっと。もう一回。もう一回だけ、信じてもらえないか?」


 思い切って低姿勢に出てみた。

 これには、ある種の自信が有った。


 この人はきっと信じて欲しいと願う奴を意味もなく切ったりしない。暫らく顔は上がらなかったが、仕方ないなと前置いて顔を上げたときには、


「行こっか」


 と微笑んでもらった。断られるかもしれないということを、微塵も頭に入れていなかった俺は何とか胸を撫で下ろした。



 ***



 私の手を握っていた克己くんの手は冷たかった。


 一体いつからあんなところに居たんだろう。そのうえ私も待っていたなんて、案外克己くんだってお人よしじゃない。そう思うと何だか可笑しかった。


「おい? 入らないのか?」


 そんなことを考えてる私に、ドアを開け放って克己くんは待っていた。


「ああ、ごめん……あれ? 誰か居るの?」

「いや、誰もいないけど?」


 玄関に入ると、誰も居ないはずのリビングから、微かに明かりが確認できたような気がしたんだけど? そう思いつつ、私は腰を下ろして、レースアップブーツを脱いでいた。その横に克己くんがスリッパを用意してくれる。


 「よっ」っと、やっぱしブーツって脱ぎ着が面倒だよね。何とか、ブーツを玄関の脇に並べて振り返ると、そこに克己くんの姿は無く、美味しそうな良い香りが漂ってきていた。


「わぁ。どうしたの? これ、克己くんも結構クリスマスとか楽しんじゃうくち?」


 リビングのドアを開けると歓喜の声を上げた。

 テーブルの隣に置いてあった、白いクリスマスツリーが物凄く綺麗で、冷え切っていた私の気持ちをほんの少し暖めてくれたからだ。


「そんな風に見えるか?」

「―― ……見えない?」

「だろ。じゃぁ、ま。座れよ。シャンパンでも飲もう」


 そういって克己くんは私に椅子を引いてくれた。

 何だかちょっと、感じの良いレストランのようだ。


 ―― ……ぽん…っ


 コルクはクロスでふさがれていたため、小さな音を立てただけだった。


 グラスに注がれるそれは、やや黄金色がかっていて、注がれる衝撃でいっそう細かい気泡が上がり綺麗だった。細い脚を持ってゆらりと揺らせば、気泡にクリスマスツリーの明かりが反射して、キラキラしている。


「これ、この前、飲みそびれてた『リュイナール』だよ。マスターがくれたんだ」

「わぁ。そうなんだ。飲んでみたかったんだよねぇ」


 嬉々として私はそれに口をつけた。


 美味しい。


 洋ナシのような白い果実の香りが、ぷんとして、口の中で柔らかく広がっていく。

 私が、シャンパンに舌鼓を打っている間に、克己くんが、ディナーの準備をしてくれた。

 そして、一通り克己くんの手料理をご馳走になった。おいしかった。前菜から始まって、ちゃんとした、コース料理のように用意してくれていて、どれも残さず食べられる量で……。


 はぁ、きっと克己くんは、良い奥さんになるよ。


 ―― ……って、良い奥さん? では問題かな。


 そんなことを考えて思わず笑ってしまったら見咎められた。


「何一人で、笑ってんだよ。気持ち悪いな。そうだ、ケーキも焼いたんだ。食う?」

「うん。食う」

「まだ食うのか? そのうち、転がった方が早くなるぞ」


 克己くんが、食べるかって訊いてきたくせに。感じ悪いんだから。とはいっても、ケーキを切る克己くんはどこか楽しそうだ。

 一人で鬱々と過ごすことになっただろうことを想像すると、ここに来て良かった。克己くんに予定がなかったということは些か信じがたいけれど、それでもこうして時間を割いてくれたことは素直に嬉しい。


 一夜限りのお姫様気分。ってところかもしれないな。


 ふふっと一人ほくそえんで、私はまたグラスを傾けた。

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