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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第三章:falseness
54/166

―22―

 ***


 預かっていた指輪を、バッグから静かに取り出しテーブルの上に乗せた。

 その様子を小西さんは静かに見守っていて、私の返事を待っているようだった。


「私、小西さんのこと好きです。とっても」

「―― ……うん」


 静かに、私の言葉に耳を傾けてくれる彼を見るのが辛かった。

 私なら、前置きなんて要らないからっ。とがっつきそうなものなのに、小西さんは私が続きを口にするのを静かに待ってくれる。

 冷静で沈着。

 常に熱に浮かされているようだったのは、私だった。


 私は胸に手を当てて大きく喘ぐ。何度深呼吸しても、息苦しくて堪らない。


「でも、私は、小西さんに必要ないみたいです」

「―― ……え?」

「結婚は、お断りします」

「―― ……ね、ちゃん……」


 小西さんの声は聞こえていたが、聞くわけには行かなかった。彼の声を聞いてしまっては、今、彼の顔を見てしまっては、私の決心に迷いが出る。私は急いで続きを並べた。


「ほんの一瞬でも、そう思って、そう考えてくれただけで、嬉しかったです」

「碧音ちゃん」

「私ではないほうがきっと良いですよ。私、我侭だし、嫉妬深いし。良い子でいるだけじゃすまなくなっちゃう……! 小西さん、モテますから」

「碧音ちゃんってば?!」

「きっと、他に……」


 ―― ……もう、駄目だ……。


「ありがとうございました」


 絶えられなかった、私は一礼して、その場から逃げ出した。

 私がこの間目にしたことは口にするわけには、いかない……彼が傷付く……そうも思ったし追求してもしなくても、私の気持ちは変わらないし、事実は変わらない。どんな理由があっても煮え湯を呑んだ腹は納まらない。


 ―― ……ウィィ……ン……


 静かにエレベータの扉は閉まって、そのまま、音も無く階下に降りて行った。

 彼は追いかけてこなかった。ということは多かれ少なかれ、断られる理由に心当たりもあったということだろう。


 私自身、来て欲しかったのか、どうなのか、本当のところ自分でも答えを出すことはままならなかった。

 ガラス張りのエレベーター内は周りを見渡すことが出来る。

 もう、人気はない。

 オフィスが入っている階は、もう薄暗くなっていて少し不気味だ。


 不思議と、涙が出なかった。


 もちろん、何とか堪えたというほうが確かではあるけれど、でも、今一人こうしていても、いろいろと考えることはあっても泣けないでいた。

 大泣きして、大騒ぎして、盛り上がったら、もっとすっきり楽になれるのかもしれない、でも……。


 ―― ……ガタンッ


 小さな衝撃と共に、扉は開いた。

 私はきちんと向き合って、この事実を飲み込まなくてはいけない。


 さて、これから、どうしようか。

 今日はイヴだし家に帰っても、一人きりだ。一人では、今居たくない。自分が惨めになるだけだ。


 でも、頼りのあやはこんな日にオフなわけないだろうし。


「ぼさっとしてたら、こけるわよ」

「―― ……あや」


 薄暗い正面フロアの入り口に立っていたのはあやだった。

 あやは、いつもと変わらず華やかな笑顔だった。

 その顔をみると、私も何とか笑顔が作れた。


「目が笑ってないわよ」

「そっかな」

「そうよ。馬鹿ねぇ」


 こつっとあやのヒールが床を弾く。

 そんな私を、どう思ったのか定かではなかったが、そういったあやは、静かに私を抱きしめていた。香水の良い香りがした。甘く華やか。とても豪華な香り。あやにぴったりだ。


「嫌味の一つくらいいってやった?」


 小さく呟くあやの声に、私は首を横に振った。あやは、馬鹿ね。と繰り返しくすりと笑いを溢す。


「別に恨み言の一つや二つ、いってやれば良かったのに。すっきりしないでしょ?」

「―― ……良いの。別にたいしたことじゃないし。これで良かったのよ。ところで、どうして、こんなとこにいるの?」

「あんたの馬鹿面拝むために、わざわざ、待ってたのよ」


 わざわざ待ってた、そういったあやに少し笑った。


「ま、ほんとにちょっと顔見たかっただけだから、これから、あたし用事あるし」

「え、ええ~?」


 てっきり、今晩は付き合ってくれるのかと思った。

 ほんとにそれだけだったなんて。らしいといえばらしいけど。あからさまにがっかりした私の肩をにこにこしながらぽんぽん叩きながら、


「思ったより、大丈夫そうで、安心したわ。外寒いから早く行ったほうが良いわよ」

「なーんか、意外と冷たいね」


 そんな悪態を二人でつきながら、正面玄関の自動ドアをくぐった。

 遊歩道の反対側の車道に一台の高級車が、止まっていた。


「あれ、ちょっと早いな」


 腕時計を確認しつつ、車の脇に立っていた男の人に軽く手を上げた。


「じゃ、また明日ね」

「ああ……。うん」


 いつも、通りの挨拶のみで、あやはそちらにかけていった。

 その場所に一人残されてしまった私は、走り去るあやを見送って、ぽつんっと立ち尽くす。


 当然のように訪れる孤独。

 仕方ないよね。今夜はイヴだし、女の子一人でいるのはきっと私くらいだ。


 ちらりと顔を上げると、並木にきらきらとしたイルミネーションが輝き、楽しげな人々が行きかう姿が、目に映った。


 ―― ……はぁ。仕方ない。帰ろっか。


 そう思うしかなかった。

 もし私が小西さんを許して「うん」と、頷いていれば私も今頃はあの浮かれきった人たちに混じることが出来たのだろう。

 

 でも、私はそんな刹那的な喜びは永遠に続かないことを良く知っている。

 これは私が選んだ選択だ。

 これで良かったと自分にいい聞かせて、私はその道へ歩み出た。


 自分の吐く息が白く、胸に入ってくる空気は冷たかった。でもようやく呼吸を取り戻したような気がする。胸のつかえが取れて、やっと四肢に酸素が行き渡る気がした。

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