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「今日も、待ち合わせか?」
週に二度も三度もここを待ち合わせ場所にするあやに、少々呆れ気味の俺は思わず嫌味の一つもいいたくなる。
「うん。でも、今日の相手はあんたも待ちかねてる子よ。ホント久しぶりでしょ」
なるほど……ていうか、誰が誰を待ちかねてるって? さらりとそういってのけたあやに一抹の疑問を心の中で投げかけた。
でも、それで、いつも待ち合わせのときは、カウンターは避けるのに今日は自らそこへ腰掛けたわけだ。カタカタと振ったシェイカーの中身をグラスに移すとあやの前に差し出した。
「ほい。フローズンカシス」
「ありがと。でも、この間まで何度誘っても付き合ってくれなかったのに、何かあったのかしら?」
「さぁ? 俺にはわかんねぇよ」
あやのいうことは分からないが、確かにここ一ヶ月ほどここへは顔を見せていない。
きっと、もう二度と足を運ばないだろうし、顔を合わせることもないだろうと俺自身諦めていた。謝るかどうかいろいろ考えたところで、本人と顔を合わせないと意味がない。
しかし、あやの話を聞くと今日は自分からここを選んで、誘ってきたというし……確かに疑問だ。
「何があったのかと思って、珍しく先に到着しちゃったわ」
ホントあやって碧音さんのこと好きだよな。
いつものあやからはそんなとこ想像できなくて思わず笑ってしまう。
***
「良し。忘れ物はないよね」
バッグの中身を一通り確認した私は、最後に例の箱もそっと忍ばせて部屋を出た。
足取りは軽かった。
小西さんに返事を出す予定の期日は明後日に迫っていた。私の中の答えはもうすでに出ていた。
そのことを私はどうしても、誰よりも先にあやに伝えておきたかった。
少しも不安がないといえば嘘だけれど、きっと大丈夫。そう自分にいい聞かせて頷いた。
きっと、笑顔で
―― ……おめでとう…… ――
そういってくれるはずだ。
私は僅かな不安とそれ以上の期待を胸に『X―クロス―』へ急いだ。
久しぶりに足を向けた雑居ビル。
エレベータを降りたところで、ガラス越しにカウンターに座るあやの姿が確認出来た。
珍しいな。私より先に来てるなんて。
そのあやの話し相手をしているのが優さんなのにほっとしている自分がいることに、ふと気がついたが私は足を止めなかった。私がここを選んだんだから、別に克己くんと顔を合わせても構わない。そう思っていたはずなのに、会わなくて済むのならそのほうが良いかもしれないとか思っていた。
「今日は早かったんだね」
「って、あんた来るなり失礼ねぇ。あたしだって、いつもいつも遅れるわけじゃないわよ」
一言目に悪態をついたが、にこやかにかわされ私は隣の席に陣取った。でも、あやは基本的に遅れてくる。それが標準だ。
「で、今日は何事?」
「その話は、一杯飲んでからにしようよ。優さん、私は、えっと……シンガポールスリングでも、もらおっかな」
人差し指をくるくると回しつつそういった私に、にっこりと微笑んで頷いてくれた。
ふぅ、と息を大きく吐いた。
なんだか、ちょっと緊張してしまう。
「優。克己に何か作ってもらって、お腹空いてきたわ」
「何でも良い?」
「良いわ。任せる。あと、連れが来たのも伝えておいて」
私の様子を見てか、突然そんなことをいったあやに少し焦ったが、別に焦るほどのこともないかと、思い直して、もう一度大きく深呼吸した。
今日はここのお客さんだ。
克己くんはお店の人だし一対一になるわけじゃない。なったとしても私が気に病むことはない。この間のはちょっとした悪戯の延長線上的なものだろう。私は結局そう思うことにした。機会があれば謝るけれど、特に克己くんが気にして居ないようなら私も気にするのはやめにした。