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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第三章:falseness
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―8―

 暫らく目を閉じた碧音さんを眺めていたが、それがとてつもなく意味のない好意であることに気がついて苦笑した。

 そして、脇においておいた、読みかけの本を手にとりページをめくる。


 それにしても、早紀の奴どうして、俺の家をつきとめたんだろう。部屋の番号まで知ってたわけだから、なかなか侮れないな。


「彼女、か……」


 どうして、彼女……恋人というほうが適当なのか? なんて必要なんだろう。


 別に一人でも生きていくことに不自由なんてしないだろう。

 なのに何故わざわざ、ただ一人の誰かと時間を共にすることが必要なんだろうか。そこに一体どんな意味が存在するのか。


 “ろくな恋をしていない”そういわれたこいつは、何故新しい恋に走るのだろうか。


 嫌な思いも沢山しただろう

 沢山泣いたりもしただろう

 我慢もしてきただろう


「―― ……ん」


 本を捲る手を止めるとやっぱり俺はまた、碧音さんを眺めていた。その視線に気がついたのか、丁度タイミングが良かったのか……碧音さんは「ん」と小さく唸って目を覚ました。


「ふぁ。寝ちゃったよCM長いから。って、もう半分以上終わってる」


 欠伸をしながら身体を起こして、ぶつぶつ文句をいっている。

 CMって、んな長くないだろう。勝手に一人で寝こけてるお前が悪い。


「克己くん」

「あん? 俺は起こしたぞ。起きなかったのはお前の勝手だろう」


 案の定、起こさなかった俺への不満を溢されるのだろうと思い、先に口にしたが、的を外したのか「え?」と可愛らしく小首を傾げたあと、ふるふると首を左右に振った。


「そんなこといってないよ」

「ふーん。じゃあ、何だ?」


 重ねて問い掛けた俺に、碧音さんは「何でもない」そういって視線はTVに移した。

 何がいいたかったんだろう?

 まぁ、別に本人がそれで良いのなら言及するつもりもないが。


「ねぇ、克己くん」


 しかし、どうも、いわなくては気が済まないらしい。

 呆れたように嘆息したあと問い直した俺に碧音さんは少しだけ逡巡したあと「えっと、その」といい辛そうに続ける。


「何だよ」


 不機嫌そうに眉を寄せて凄んでも、碧音さんは気にならないのか恐がる様子はなく「うん」と頷いた。


「さっきの子。どうして、あんなことになったの?」


 そして、いきなり確信に迫るわけか。俺は言葉に詰まった。理由は簡単。俺にもわけがわからないから。説明しろといわれても説明できない。


「克己くんって、特定の彼女とかいないの? あの子はそういう関係じゃないんでしょう?」


 こいつもその話か。

 その話には飽き飽きしているんだお前まで持ち出すなよ。不機嫌に眉間の皺を濃くすると、碧音さんは、はたと気がついたのか「違う違う」と顔の前で両手を振った。


「怒ったんだったらごめんね? 別にそのことが悪いとか、そんなことじゃないんだけど。前にさ、私、克己くんのこと怒らせちゃったことあったよね」

「あったか? そんなこと?」

「うん。私が、ひっぱたいちゃった日。誰のことも本気で好きになったことないんじゃないか。とか偉そうなこといっちゃって」

「ああ。そんなこと、あったな」


 そんな話の流れであんなことになったんだったかな。

 もう、俺の記憶には凄く前の事のような気がする。


「実際のとこ。その辺どうなの?」

「どうなのって?」

「誰かを好きになったことある? ってこと」


 どいつもこいつも一体俺に何の文句があるっていうんだ。そんなことばかり聞きやがって。

 俺は益々むっとしていた。


「じゃあ、あんたのいう『好き』ってなんなわけ? どういうのが、好きで。どういうのが嫌いなんだよ。俺が、納得行くように説明してくれ」


 怒るつもりはないが、思わずきつい口調になってしまう。

 そんな俺の顔をまじまじと見つめていた、碧音さんは少し目を細めた。

 その表情はひどく優しげで慈愛を含んでいて、それを向けられた自分がひどく子どものような気がした。


「そうだね。『好き』って、どういうことなんだろう。その価値観とか、感じ方ってやっぱり人それぞれだと思うけど、私は大切にしたい人のことかな。守ってあげたいと思うし、何よりも信じてあげたい……そう思うことかな」

「で、裏切られるわけか」

「人が真面目に答えてるのに、実も蓋もないようなこといわないでよ。それに裏切られるって表現はちょっと違うわ。その相手が私を大切に思って傷つけたくないから『嘘』をつくのよ。だから、その裏切りは優しさなわけ」


 骨の髄までお人好しで出来てるのかこいつは……。そんな風にいわれると続ける言葉が見つからない。見付からないけど、こういう奴は馬鹿を見る。何度も何度も、きっと……。今だって……盲目過ぎる。男を見る目はあやのほうが断然上だろう。経験値が違う。そして、俺は同性を見る目がある。こいつは……ただ馬鹿みたいに相手の言葉を鵜呑みにしているだけだ。とても御しやすい、馬鹿な女。

 馬鹿だ……何も知らずに笑っていられる。

 

「俺がもし、好きだといったら?」

「え?」

「小西と別れなくても良い、俺とも付き合って欲しい。そういったらどうする?」


 ちょっと意地悪をいってみた。こいつは何も知らない、知らないからその気持ちは揺らがない。俺の言葉に碧音さんは小動物のような丸い瞳を瞬かせこちらの真意を探ろうとしている。

 悪いけど。俺はポーカーフェイスは得意だ。なんでも顔に出る碧音さんとは違う。本心なんて探らせない。そのくらいの処世術は持っている。


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