―5―
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私は、お土産片手にご機嫌だった。
今日は多少冷えるけど、空はうんと高くて清々しいくらい晴れ渡っていた。
気分が良い。
けど、ちょっと迷子になってもいた。
「確かこの辺だったんだよね」
小さな声で独り言。徒歩圏内だったのは確かなんだけど、あの日は動揺してたし、帰りはタクシーだった。住宅街だから、一戸建てはもちろんだけどマンションも多い。こういうところは土地勘がないと自分がどこを歩いているのかよく分からなくなってしまう。
はあ、と溜息を一つ吐き。きょろきょろとしていると、先の角から克己くんの声が聞こえた。
「だから、どうして?!」
「悪かったっていってるじゃないか」
―― ……なんだか。間が悪そうだなぁ。
明らかに、揉め事中のようだ。私は角から出たところで足を止めた。
すらりとした、長身。後姿の綺麗な女の人と揉めているようで、女の人はかなりな御立腹だ。
これは出直したほうが良さそうだなぁ。
くるりと方向転換して、きた道を帰ろうとした。
「何余所見してるのっ?!」
「いや、なんでもないからあんまり大きな声ださないでくれ」
「何? あの女が知り合いなわけ?」
―― ……びくっ!
なに? なに? なに??
矛先は私に向いてしまったのかな?
カツカツカツと、ピンヒールがアスファルトを蹴る音が聞こえた。
仕方なく私は振り返る。
―― ……わぁ。綺麗な人。
あやまでとはいかないけど、モデルさんみたい。でも、凄く怒ってるみたい。思わず非現実的な現状に、あさってなことを考えてしまう。
どんっと肩を押されて詰め寄られる。本当に私が克己くんと無関係だったらどうするつもりなんだろう? 八つ当たりも良いところだと思うんだけど……。
「あなた誰よ!」
「え? いや、ええ?」
それでもあまりに突然なのと、その女性の気迫というか勢いに気圧され、しどろもどろになる。
「その人には関係ないだろ。他人にまで迷惑かけるなよ。悪いけど、俺はお前が考えてるような男じゃないし、全く覚えもない。もう、帰ってくれ」
苛々とした強い足音を立てて克己くんは歩み寄ってくると、ちらりとこちらを見ることもなく、対峙した女性に告げる。
―― ……二人とも怖い。
なんだか怯えが入ってしまって、行くことも引くことも出来なくなった私は、ただただ呆然と立ち尽くしてしまっていた。そのことに気がついたのか、克己くんは一歩だけ私の方へ進み出て、がしりと手首をつかみ、ぐぃっとマンション側へと引っ張った。
「あんたも、さっさと通り過ぎちまえよ! ほらっ」
―― ……わわっ!
バランスを崩しかけて、おたおたした私と擦れ違い際「先に行ってろ」届くか届かないか、分からないくらいの声で克己くんは呟いた。
「―― ……もう、我慢できない……」
常軌を逸した声が聞こえた。私はこれまでこんなに強い怒気を感じたことはなかったし、低く唸るような声はとても正気だとは思えなかった。
カチカチ……ッ……。
「克己くん! 後ろっ!」
「!!」
私は一瞬声を失った。
聞き覚えのある音に、まさかと顔を上げれば、陽光を受けて煌いた白刃が克己くんの腕を走り鮮血が散った。
我が目を疑ったが、彼女が手にしているのは普段私も使うことの多い、普通のカッターナイフだ。でも、道端で、しかも人を相手に使う代物ではない。
それなのに、その刃は克己くんに向けられて……。
ぽつ……ぽつ……っ
克己くんの腕を流れ落ちる赤い血が路面を黒く染める。
それを目の当たりにして、彼女はやっと自分のやってしまったことに気がついたのか、慌てて手にしていたカッターを投げ捨て、驚愕の表情を見せ、泣きながら踵を返してさってしまった。
―― ……カツ……ーン。
去り際、何かを落としていった。
痛みは少ないのか、克己くんはその落し物に歩み寄って腰を折ると拾い上げた。どうやら、シルバーの指輪のようだ。
「ああ。早紀だったのか」
小さくそう呟くと、こちらへ向き直り、マンションへ入っていく。
「克己、くん?」
「早く来いよ」
どうすれば良いのか分からなくておどおどした私を顎で招く。私は慌てて克己くんのあとに続いた。