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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第三章:falseness
36/166

―4―

 気がつけば約束の場所まで小走りになっていた。遠くに小西さんの姿が見えて、浮き足立つともっともっと早くなる。


「お待たせしましたっ」


 少しだけ上がった息を整えながら小西さんの前に立てば、柔らかい笑みが向けられる。


「ゆっくりで良いっていったのに、走ってきたの?」

「え、あぁ……えっと、気がついたら走ってました」


 なんだか凄く恥ずかしいような気がして、私は赤くなる頬を隠すように顔を逸らしてそう告げれば、小西さんにくすくすと笑われてしまう。


「食事どうする? 何か食べた?」


 そう口にして自然と小西さんが隣に並ぶと、ゆっくり歩き始めた。冷たい風に混じって、ふわりと甘い香りがする。お酒? かなぁ。

 ちらりと隣を仰ぎ見れば、小西さんと目があった。小西さんは、ふと気がついたように「ああ」と溢して私の手を取った。大きな手に包み込まれるとほっとする。手が繋ぎたいって意思表示ではなかったのだけど……そう取ってもらえたことは幸運かな。


「小西さんは、もう、食事済んだんじゃないんですか?」

「え? どうして」

「甘い香りがするから、お酒かなと思って……」


 気がついたままを口にすると小西さんは苦笑して空いた手で前髪をかきあげた。


「ごめんね。付き合いで少し飲んでたんだ」

「良いですよ。私もX―クロス―で少し飲んでいたところだったんです。家に帰ったらばたんきゅーってなっちゃうと思って」


 にこにこと口にすれば「最近忙しかったもんね」と笑顔を向けられる。

 結局、私たちは家の近くのお店で料理をテイクアウトして部屋に戻った。明日、私は休みだけど、小西さんはそうではないようで、あまり連れまわしては可哀想かと思ったから。それに一緒ならどこに居ても私は嬉しい。


「そういえば、イルミネーションが綺麗なところがあるって同僚に聞いたんだ。碧音ちゃん好きだよね、そういうの」


 今度行ってみようか? と続けられて私は二つ返事で頷いた。その返答に、小西さんも微笑み返してくれて、次に休みがあうのはいつだったかなーとケータイをいじる。

 私はその隣に腰掛けて、グラスに注いだ麦酒をちびりと傾ける。グラスまでキンキンに冷やしておいたから冷たさが喉に痛いくらいだ。真夏でもないのに……。

 冷たいっと眉を寄せた私の頬に小西さんの大きな手がかかる。その手に促されて隣を仰ぎ見ると、とても近い場所に小西さんの顔があった。

 空いた手が私の手の内からグラスを抜き取ってローテーブルに載せる。


「ん……冷たい」


 軽く唇が触れ合って、私の下唇の上を舌が這うとそういって微笑まれる。反射的に謝罪を口にしようとしたけど、それは声にならなくて……。


「直ぐに暖かくなるよ」


 いって、小西さんの暖かな舌先が口内に割りいってきて、冷えた舌を絡め取る。頬を滑っていた手のひらは頭の後ろに回り強く引き寄せられ、深く、深く絡みつく。


 ―― ……ぽすっ


 ソファにゆっくりと押し倒された私は、小西さんの首に腕を絡めて離れてしまわないように強く抱きついた。



 ***



 ピンポンピンポンと五月蝿いチャイムで目が覚めた。

 昨日は遅かった。だから、朝はゆっくりとするつもりで……ぼーっとしつつ何度瞬きしてもいまいち目が覚めない。それなのにチャイムは諦めない。五月蝿い。誰だ。何もこのチャイムも部屋中に響き渡る必要もないだろうに……。

 ベッドサイドにおいてある時計を確認して、ぼすっと顔を枕に埋めた。昼はとっくに過ぎていた。


 ―― ……そういえば……。


 ふと昨日の碧音さんを思い出した。今日くるといっていた。このしつこいインターホンは碧音さんだろう。一応“約束”してしまっていたわけだし、居ると思ってるんだろうな。

 俺は一度深く深呼吸してベッドから抜け出した。


 ぼんやりとしたまま、リビングまで出てきてインターホンに出る。


「悪い。今起きたんだ」

『そうなんだ』


 ……あれ?


 そのときやっと、はっきり目が覚めた。

 スピーカーから聞こえた声は、あいつではなかった。

 聞き覚えがあるような、ないような。


 ―― ……一体誰だ?


 何で、俺の家を知っているんだ。


 時計はもう13時を過ぎていたし、碧音さん以外と今日約束したつもりはない。わけの分からないやつを部屋へ通すのは絶対に嫌だ。


 仕方なくその誰かを、追い返すために俺はロビーへ降りていくことにした。


「おはよう」


 悪い。思い出せない。

 そうは思っても、そんなことを口にすることは出来ない。


 ロビーまで降りた俺に声をかけてきた女を、邪魔になるからとマンションの外まで連れ出したのは良いが……さっぱり分からない。何とか思い出そうと上から下までとりあえず目を走らせた。


「もしかして、私のこと忘れちゃったわけ?」


 返す言葉も無かった。

 あからさまに苛立ちを隠せないでいるその女のことを俺自身思い出そうと必死だったのだが。


「あの日は、あんなに優しかったじゃない。なのに、その後連絡はないし、友達も貴方の連絡先も教えてくれないし」

「―― ……悪い」


 当たり前だ、あいつらはそんなに馬鹿じゃない。

 他人にそう安々と他人の個人情報を漏らしたりはしないはずだ……。それなのに今こいつはここに居る。あとでもつけられたんだろうか? 時々あるんだよな。本当、勘弁して欲しい。

 寝起きで虫の居所の悪い俺は、大きく溜息をつき「で、何?」と先を急がした。


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