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桜の下で君を待つ  作者: 汐井サラサ
第三章:falseness
34/166

―2―

「よくここにいるのが分かったな。」

「ん? 分かるさ。俺は克己くんのストーカーだからな」


 にこにことそういってのけると、俺の肩を抱き寄せた。

 全くつまらないこといわないでくれ。

 透がいうと、微妙に冗談に聞こえない。あまりのタイミングの良さに本気で疑いそうになる。

 それにしても前々から思うのだが、どうして透は俺に好んで寄ってくるんだろう。特に縁があるってわけでもないのに、ここに入ってからずーっと透には付き纏われているような気がする。


「で、何で、透まで俺の彼女がどうのこうのって話になるんだ?」

「俺は、真みたいな理由ではないけどな。何かさ、お前感情に欠けてるんだよなぁ。何でも淡々とこなす割には何一つ真剣になってるもんがないっていうかさ。そこには……『愛』……が必要なんだよぉ」


 ―― ……がばっ!


「ぐぇ!」


 いきなり透が抱きついてきたため、俺は蛙がつぶれたような声を出してしまった。

 ぬぁ……透に『愛』について語られるとは思わなかった。


「ああ、そうだ。真」


 俺に引っ付いたまま、真へ話は移った。まだ不機嫌を引きずっていた真は、普段よりも数段無愛想に返事をする。


「何だ?」

「お前さ。瑠香ちゃんのこと、あんまし分かってないんだな」

「どういう意味だよ」

「ほら見ろ。こんな仏頂面なんだぞこいつは」


 ぐいっと俺の顔を真へ向ける。だから俺を引き合いに出すなってば。


「そんなの関係ないだろ?」

「いや、関係あるさ。瑠香ちゃんはこいつのこの顔を気にしてただけだぞ」

「ていうか、ちょっと待て。俺の顔ってどういうことだよ」

「ほらな。こんな顔ばっかししてるだろう? どうしてかって心配してたんだとよ。この前は、お前が来てない方を悲しんでたぞ」


 ますます、腑に落ちない。


 確かに、一番最初に会ったときから、瑠香が真のことをまだ好きだということは俺にだってわかった。で、俺の顔がなんだっていうんだ。

 一体俺がどんな表情してるっていうんだ? 確かに透みたいに笑ったり、怒ったりすることは多少少ないかもしれないが……それが何だっていうんだ。


 それが俺に足りないっていいたいのか? 感情の表現なんて個人の自由だし、みんな違うんだ。

 そんなことでどうのこうのと……他人に迷惑をかけるわけでもないはずだ。透にだってとやかくいわれるべきことじゃない。

 今度は俺が不機嫌になる番のはずなのに、俺は結局それ以上の話を透から聞くことは出来ずに不完全燃焼に終わった。



 ―― …… ――



「うん。絶品」


 俺は店に出す、サラダにかけるドレッシングを作っていた。今日はホイールトマトも使ったんだけど、これもなかなかいけるな。

 ちょっと辛口の酒に合いそうだ。


 ―― ……あいつがきたら喜びそうなんだけど。


「…… ――」


 ふと脳裏に浮かんだ台詞に苦い顔になる。酒好きは他にごまんと居るだろう。寄りにも寄ってあれじゃなくても。複雑な自己突っ込み。


「克己。オーダー入ってますよ」


 フロアーからマスターの声が届いた。

 ひょいと顔を出すと、マスターにオーダー表を渡された。その向こうにはあやが座っていて、にこにこと手を振っていた。

 あいつ、毎晩飲み歩いて大丈夫なのか。

 しょっちゅう顔をみるぞ。


「―― ……で、今日は飯食いに来たわけか」

「そ。ここなら、あんたが話し相手してくれるでしょ」

「話し相手が欲しいなら、優にでもやってもらえば良いだろう。俺じゃ話は続かないぞ」


 オーダーの中にあった、ワインをグラスに注ぎつつそんな言葉を交わした。


「そんなこといわないでよ。碧音が一緒だったら、何にもいわなくてもそこにいるじゃない」

「別に、そんなつもりはないけどな。まぁ、あいつはあやよりは、美味そうに食うな」

「あら、あたしだって、美味しいと思って食べてるわよ。だから、良く通ってるでしょ……っていっても、あの子には確かに敵わないかもね。幸せそうに食べるから」


 そうそう。

 そうなんだ、だから作り甲斐もあるし感想を聞きたくなるわけだ。辛味とか甘味とか、どのあたりが境界線なのかとか、試したくもなるし。


「何だよ」


 ふと、気がつくとあやが人の顔を見てほくそえんでいた。


「いやぁ。克己でもそんな嬉しそうな、愉しそうな? 顔することがあるんだなぁ……て思ってさ。やっぱし碧音はすごいなぁ」

「だから、何で、あいつが引き合いに出て来るんだよ」

「え? だって、そうじゃない? 認めなさいよ。あの子に惹かれてるって」

「何で、そこに行き着くんだよ。あやがそうなって欲しいと思ってるだけだろうが」


 今日は透や真と、そんなこんなでうだうだしたら、正直いってうんざりな話題だった。だから、そのまま噛み付いてしまったのに、あやは軽く肩を竦めただけで特に気分を害した風でもなく箸を進める。


「そりゃそうだけど。それだけで、あんたが変わる? あたしの策略にはまって?」


 そして、あやはますますふてぶてしい顔をして笑っていた。


「じゃぁ、そのまま、あたしの策略にはまってれば良いわ。悪いようにはなんないだろうし」

「男がいるのにか?」

「あら、月並みのこというのね」

「ほっとけ。常識人なだけだ。で、そいつの話だけど。風邪、治ったのか?」


 とりあえず、話の流れ的にそのことを聞くしかなかった。

 あやは、グラスの中のワインを回しながら、俺の話に乗じた。


「風邪? 週明けには良くなってたわよ。ここんとこ、仕事の方が忙しいみたいなのよね。葉月チーフ人使い荒いんで有名で、なかなか下につく人がいなかったのよ」

「で、碧音さんに押し付けたわけか」


 何となく雑用をこなしつつ、話を繋いだ。


「―― ……ああ。そう、押し付けたわけじゃないけど。あの子がやるっていうなら、役付き的には昇格なわけだから、やるにこしたことはないわよ。思ったとおり上手く使われてはいるみたいだけど。あの子ならなんとかやってのけるわ」

「かってるんだな」

「そうね」


 ゆらゆらと揺れるグラスの中身を眺めつつそう呟いたあやには少し意外だった。あやは容姿もさることながら、多分、仕事も他より抜きん出て出来るタイプだと思う。

 そういうやつはあまり人を立てることを知らない。


 ……それは、俺も、か……。


 そう行き着くと自嘲的な笑みが零れた。

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