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そのあと無防備にも、再び眠った碧音さんの隣でぼんやりと本のページを捲る。最終ページに栞が挟んであったから読み終わったものなのだろう。
枕元にあった赤銅色のアンティークな時計に視線を走らせる。戻ってきてから一時間半くらい過ぎたころだ。碧音さんの枕元で短い電子音が規則正しい音を響かせた。
よく眠っていると思ったのだけど、その音への反応は早かった。
いつも気になってしょうがないんだろう。
ある意味、可愛そうな話だ。
音の犯人は携帯のメールだったようだ。
受信メールを確認した碧音さんは幸せそうに再びベッドにもぐりこんだ。
別に覗く気はなかったのだけど、開いていたし、放り出されていたので嫌でも内容は確認出来た。
「なるほど。これだけで良いのか」
やっぱし、俺には理解出来ないということが良くわかった。
アホだこいつは。騙されて泣け。
『早く元気になってね』
たった、それだけで、そんだけ幸せそうに出来るような常春の脳みそしか入ってないなら、一回全部出して入れ替えたほうが良い。絶対だっ。
なんだか、俺は必要以上に苛々として、何でこんなとこに腰降ろしているんだと、不愉快極まりない気持ちになった。
ちらりと、覗く碧音さんの後頭部を睨みつけて、もう帰ろう。そう思ったのに、なんとなく、このままにしておけないあたり、俺も、もう結構なアホだな。
***
PPP……PPP……
「ん~……」
私は、いつも通りに鳴る携帯のアラーム音に起こされてしまった。
あふぅ。
眠い。でも昨日までよりは身体が楽になった気がした。調子が戻ってきたのかな?
克己くん帰ったんだ。ちらりとベッドの脇に視線を走らせて、ぽつと思う。
いつ帰ったんだろう? 声くらいかけてくれたら良いのに。
一人暮らしも長いから、誰かに看病して貰うなんてこともなくて、だから少しだけ嬉しかったのが本音。心の中だけでありがとうと告げると同時に、お腹がぐぅ……どんだけ腹ペコなんだ私。がっくりと肩を落とし、鳴り響くお腹の音を納め空腹を満たすため、わずかな期待を込めて、冷蔵庫を開けた。
「あった」
正直、すっごい嬉しかった。
昨日のプリンがまだ残っていた。
早速それをお皿にあけた。
あ、カラメルソースは別にしてあるんだ。
その隣に置かれていた、器からスプーンでソースをすくってとろりと垂らした。
「美味しそう! 克己くんありがとう」
いただきまーす! と、気分良く、一口目を頬張った。
昨日は食感しかわかんなかったけど、今日は味がはっきり分かる。
口の中にやんわりと広がるカスタードとカラメルの調和……
―― ……ああ、幸せ。
「ん」
と、そのとき、ふとパソコンの電源が入っているのに気がついた。
私、消してなかったのかなぁ、てことは一昨日から? まさか……。
慌てて、パソコンに近づくといつもと違うのに気がついた。
スクリーンセーバーが伝言板に変わっている。
『Look at once!』
「―― ……?」
誰だこんな悪戯したのは。
そんなに急がせたって……もぅ……。
私は言葉無く、マウスを振った。
ぱっと画面が切り替わると、メモ帳にメッセージが書かれていた。
克己くんからだ。
そこには、手短に冷蔵庫の中身と――まぁ、すでに確認してしまったけど――病み上がりにいい食事のレシピ等が書かれていた。
そして最後に …… ――
私はそれを確認して僅かに頬を緩めると電源を落とす。
思わず歌とか口ずさみそうになるのを堪えて、薬を飲むため水を汲みにシンクへと向った。
『調子が良くなったら。また、その馬鹿面見せに来いよ。美味いもん食わせてやるから』