―18―
……ぱく……。
味が無い。
舌がおかしくなっていて、味覚がほとんどなかった。
仕方ないか。でも、ちょっと残念。
それにしても、何で弥生ちゃんが一緒なんだろう。
弥生ちゃんとあやって仲良かったかなぁ?
急に良くなったのかな?
そして、それを確信付けるようにパーティション越しに伺えるのは楽しそうな様子だ。
―― ……良いなぁ。私もあそこに加わりたいよ。
「調子が良くなったらいくらでも遊んでもらえば良いだろ」
プリンを片手に克己くんが再び入ってきた。って、いうか克己くんは心が読めるんだろうか?
―― ……むぅ。
思わず眉間にしわを寄せる。
声には出してなかったと思うんだけど。
「お前が考えそうなことだ」
―― ……やっぱり分かるんだろうか。
お皿をうけとりつつ、首を傾げた。
「熱はさがってるみたいだな」
食べ終わったお皿を下げつつ確認がはいった。確かにさっきまで、苦しかったのに今は何となく楽になった気もする。薬も全部吐いちゃったと思ったけど少しは効果があったのかも知れない。このままずーっと下がって、治れば良いのに。そう思いつつスプーンを運ぶ。
あれ、このプリンすっごい滑らかでおいしい。味は良くわかんないけど。
わざわざ、作ってくれたんだ。
***
「ああ、良いよ。そのまんまで」
―― ……と、いわれたものの。良かったのか、本当に?
俺たちはあれから、もう1時間ほど居座って、あいつの部屋を後にしていた。
こいつらときたら、散々散らかしてそのまんまにして、出てきやがった。俺もちょこちょこは片付けていたんだが、おいつかなかったんだ。
「じゃぁ、僕は電車で帰るよ。また、週明けね」
「はいはい。さっさと帰んなさいよ」
「相変わらず冷たいなぁ。泉は」
困ったように眉を寄せぼやくようにそういったあと小西は俺の方を向いて口を開く。
「……じゃぁ、克己くんにも世話になっちゃったね。今日はお疲れ様」
にっこりと、そして頭を下げて手を振りながら、駅への道を曲がっていった。
「で、ちゃんと、弥生はいっといたの?」
それを確認してから、あやがちょっとキツイ口調で弥生に声をかけると、一瞬弥生の肩がこわばった。
「はい。ちゃんと、謝ってきました」
「で、碧音はなんて?」
「その……もう良いよって……。あ、わたし、家あっちなんで。これで……」
慌てた様子でそれだけ告げると小走りで去ってしまった。それを見送ったあやは、やれやれと溜息を吐くと俺のほうを見た。
「昨日、碧音らしくない失敗しておかしいと思ったのよ。だからちょーっと調べて、かまかけたらあっさり落ちたわ」
憎々しげにそう告げたあやは、もう一度溜息。そして続けた
「全く……弥生が仕組んでたのよ。本当は今日出勤したら、ちゃんと話させようと思ってたんだけど。精神的にあの子ちょっと脆いのよね……熱出してるっていうし」
碧音さんの熱は多分雨に濡れたせいだと思ったことは伏せた。
黙っている俺をどう受け止めたのか知らないが、あやはちょこっと肩を竦めた。
「まぁ、克己には興味ない話よね」
いや、関係は無いが興味はあった。
昨日失敗した。とか、いっておいおい泣き崩れていたやつだろ?
あやの話に返事こそ返さなかったがなんとなく納得した。
「ああ。そうだ。これ」
「ん? 何だ」
急に思いついたようにあやは握りこぶしを突き出すと、俺の手に何かを握らせた。
手の中のそれをまじまじと見つめた……
―― ……鍵?
首を傾げた俺に、あやは相変わらず不遜な態度のまま顎で俺を使う。
「早く行って、片付けといて」
「は?」
「あんたねぇ、あの子は今風邪で寝込んでいるのよ。動かしたらかわいそうじゃない」
てことは、これは碧音さんの部屋の鍵ということか。
「お前。最初からそのつもりで」
俺が最後までいい終わらないうちに、あやの人差し指で言葉を切られた。
「ふふ。見破れなかった。克己の負けよ。早く行って」
何が負けなんだ。
俺は一体何に負けたといわれているんだ。
腑に落ちないのはやまやまだが、確かにあの部屋をあのままにしておくことは気の毒なので、俺はしぶしぶ来た道を引き返した。